「何かあったの、先生?」
通話を終えると、生徒たちがこちらに注目していることに気付いた。
「何か問題があったようですが、とりあえず行ってみましょう。」
生徒たちは少し不安そうな顔をして頷いた。
――
「申し訳ありません! 折角お誘いに応じていただいのにこのようなことになるとは……」
臨時休業となっていた洋菓子店の中に入るとオーナー兼パティシエが土下座でもしかねない勢いで頭を下げられた。
「謝罪は結構ですが、一体何があったのですか、事故があったとお聞きしましたが」
「そうですわ。私、今日に合わせて
「ハルちゃんさん本気すぎない?」
私と黒舘ハルナの言葉にオーナーは顔を上げた。
「端的に申し上げますと、材料が届かないのです。予定時間になっても届かないので連絡してみたのですが、どうも、道路が通行止めになっているらしく……」
「え、だったら待ってたらなんとかなるんじゃないの?」
「というか、材料が今日届くって、ちょっと余裕が無さすぎるんじゃないですか?」
聖園ミカと河和シズコが尋ねる。通行止めの原因は分からないので何とも言えないが、解消されるなら物は届くということになるし、そもそも河和シズコの言う通り、材料が今日届くというのも少し不自然な話だ。
「そ、それがそういう訳にも行かないのです。実はその材料というのが特殊なものでして、それこそが今回の新作の要となる物なのですが……大変繊細な材料であるため、出荷タイミングから調理するタイミングまで逆算して移動させる必要があるのです……」
「おお。ロマンあふれる食材だね」
「そのせいで困ってるんだってば」
「がーん……」
気の抜けそうな会話が聞こえるが、反応している場合ではない。
「他のルートで購入したりはできないのですか? 材料費が問題であるならば場合によっては私が支払っても構いませんが」
期待せず質問をするが、やはりオーナーは首を振った。
「まだ一般流通していない食材なのです。ミレニアムの農業技術研究部がワイルドハント自治区の山岳地帯の地元農家と共同開発した、『ノーブルチェリモヤ』という品種なのです。私は現地で直接契約し、これを利用したレシピを作ったのです。そのため、今日は特別に取り寄せていたのですが……」
特別な食材で新作を作ったのが仇になったようだ。
「えーと、何だか凄いのを作ろうとしてたんだね……ただの試食会って聞いてたんだけど……」
私の思ったことをそのまま聖園ミカが代弁した。生徒たちの総意と言っても良いだろう。
「皆さまを驚かせようと考えていたのですが……逆に皆様にご迷惑をおかけすることになってしまいましたね……本当に申し訳ございません……」
オーナーが再度謝る。生徒たちが再び、顔を見合わせた。
「残念だけど、仕方ないんじゃない?」
「それで、
そして、2人の生徒の返事が重なった。前者が河和シズコ、そして後者は黒舘ハルナだ。
河和シズコは、驚いた表情で黒舘ハルナの方を見た。そして驚いているのは他の生徒や、それこそオーナーも同じようだった。
「え!? あ、あの、先ほども申し上げました通り、流通していないものでして……」
「それはお聞きしましたわ。ですが、それが今どこかで通行止めになっているのでしょう? それがいつまでにここにあればよろしいのですか? もう手遅れ、という事であれば仕方ありませんが」
黒舘ハルナは至って冷静に、本気でそれを言っていた。そこにはそれ以上言い訳を言うような余地の残されない気迫があった。
「……そ、そうですね。冷蔵庫に入れている状態で2時間ほどでしょうか。常温に戻すと急速に追熟が始まり、15分ほどで食べごろになりますが、それを超えるとすぐに劣化していきます」
「成程……つまり、冷蔵保管できる移動方法で2時間以内にそれを持ってくれば、作っていただける、ということでよろしいですね?」
「え、ええ。勿論そのようなことがあれば当然そうさせていただきますよ」
動揺しながらも、オーナーはそう答えた。
「分かりました。では、パティシエさんは準備に集中なさっていてくださいな」
黒舘ハルナは、不敵に笑いながらそう言った。
――
「ちょっ、え? ハルちゃんさん、何をする気なんですか?」
河和シズコがようやく混乱から解けて口を開いた。
「
黒舘ハルナは笑顔で答えた。何か具体的な方法が思いついているなら既に動いているタイプだろう。
「はぁ!? あ、すみません」
杏山カズサが激高しかけて、初対面の先輩であることを思い出したのか、すぐに謝った。
「まあ、落ち着いてください。そもそも皆さんは、諦めがつくのですか? ここに集まったのは、皆スイーツが好きで集まった、いわば同士だと思っていたのですが。それに、まだそこに食べられるのを待っている食材があるのに、ただここで待っているだけなんて、わたくしには到底できません」
黒舘ハルナが堂々と宣った。美食研究会の部長たる彼女の本心があらわれている発言だった。
「ハルちゃん先輩。よくぞ言ってくれた。そのとおり。目の前の崖が高ければ高いほど、登攀し、頂上へとたどり着いた時の達成感も一入というものだよ。それはきっと、タダで手に入れた物とはくらべものにならない位美味しいはず」
そして真っ先に柚鳥ナツが彼女に賛同した。
「ま、まあ、とりあえず何か方法が無いか探してみるのも悪くないと思いますよ」
河和シズコも、消極的ながら賛同した。
「またナツは変な事を……ま、まあ、やれるだけの事であれば異論は無いけど」
杏山カズサも、柚鳥ナツには文句を言いながらも、反対はしないようだ。
「……」
ただ一人、聖園ミカが無言のままだったが、とりあえず反対することも無いようだ。方針は決まっただろう。
「では、私から一つ提案を。まずは通行止めの原因を調べてみるのはどうでしょう」
生徒たちが自主的に立ち上げたサークルであり、方針が決まるまでは黙っていようと思っていたが、こうなると、多少協力しても良いだろう。
「はい! ちょっと、調べてみる……」
杏山カズサがスマートフォンで調べ始めた。すぐにSNS上で何かの話題を見つけたようで、目が鋭くなった。
「うん、大体分かった。スケバンとヘルメット団が抗争はじめちゃったらしくて、道路が封鎖されちゃってるみたい。……本当、迷惑な奴らね」
そしてすぐに回答をだす。原因はすぐに分かった。
「なるほど。ですが、その場合、普通はそう何時間も封鎖されることは無いはずですわ。何か別の問題があるのかもしれませんわね」
「や、やけに詳しいですね。ハルちゃん先輩」
河和シズコがやや呆れの混ざった勝算をする。
「ヘルメット団……じゃあ、ラブちゃんが何か知ってるかも。ね、先生。ラブちゃんに連絡取れる?」
そして黙っていた聖園ミカが、おずおずと口を開いた。
「ええ、では少し連絡を取ってみましょうか」
彼女の求めに応じ、すぐに河駒風ラブに連絡する。内容は、現在起こっているヘルメット団とスケバンの抗争についてだ。
幸いなことに返事はすぐに来た。
『抗争のことなら把握してるわよ。うちの子達は関係してないけど……』
『もしかして、先生何か巻き込まれたりしてるの? 気を付けて、絶対に関わらない方が良いわよ。あいつがいるらしいから』
立て続けに2回返信があり、こちらもそれに『あいつとは?』 と返す。
『
七囚人の1人にして、伝説のスケバン。私も知っている人物の名を、河駒風ラブが出した。
どうやら、生徒達にとっての壁は、思ったよりも高く立ち塞がっているようだ。