一度にそこそこの量の古書が入ってきたというのもあってなのか、それとも元々そうなのかは分からなかったが、古関ウイについて古書館の奥に進むと、広い空間があった。ここが修復作業を行う場所になっているのだろう。
「あんたも手伝いなさい、シミコ」
「え? いいんですか? 前は
古関ウイが笑顔でこちらを見ていた円堂シミコに言いつけた。円堂シミコは嫌がっているようではなかったが、不思議そうな顔をした。
「あれは、……一応
「安全確認……? 何だかわからないけど、心配してくれたってことですか?」
円堂シミコが尋ねると、古関ウイは返事をせずに嫌そうな顔をした。恐らく間違ってはいないのだろうが、それを伝えることが億劫、あるいは気恥ずかしかったのだろう。
そして安全確認をする、ということは彼女は本、特に一部の古書には危険が存在することを十分理解しているということでもある。
「以前、これらが所蔵されていた地下書庫を確認したとき、シスターフッドのサクラコさんとマリーさんによって浄化を行っていましたので、その辺りについては問題ないと思いますよ」
先日のことを思い出しながら、2人に伝える。
「シスターフッド……まあ、
「はい、了解です」
そして、2人はアリウスの地下書庫に保管されていた古書の修復を始めた。と言っても二人のやっていることは、それぞれがまるで異なっていた。
円堂シミコの方は、手際こそ異常に良かったが、私の知るレベルでの本の修繕であった。つまり、汚れをふき取り、乱丁などをチェックし、場合によってはカバーを解いて、再度糊付けするなどだ。壊れかけの本が、復活していく姿を見るのは心地の良い物でもあった。
一方で、古関ウイのやっていることは、修繕というレベルの物ではなかった。明らかに焼けがひどくなっており、殆ど読むことの出来なくなっている紙を、紙質の近い新品の物に写し取る、などというのは序の口で、意図的にインクで黒塗りにされている部分があるものや、腐食しており、本としての体裁を保っていられないものすら、彼女は復元の見通しを立てているようだった。
その方法は不明、というより、理解しようと思って出来るものではないと考えられた。
彼女は確かに
いずれにせよ、理解できないものであることに相違なかった。
過去、とある廃墟から、殆ど原型をとどめて居ない古代の資料を見つけたことがあった。解読は諦めていたが、もしその時私が彼女の存在を知っていれば、何としてでも彼女に協力を依頼しただろう。
「ど、どうですか、先生。……退屈でしょう?」
一時間は経過しただろうか。ある一冊の本の修復を終え、仮の本棚にそれを置きに来た古関ウイから話しかけられる。
「まさか。非常に貴重な物を見せていただき、心躍るばかりです」
「えぅ……そ、そう言っていただけるとありがたいですが……」
人づきあいになれていない彼女は、やはり褒められ慣れていないのだろう。戸惑った様子の彼女だったが、私は今しがた彼女が本棚に置いた古書を手に取る。表紙の言葉と元の状態を考えると、かなり古い時代のものだろう。
「あ、それは……」
一瞬、古関ウイがそれを止めるかのような声を上げる。歌住サクラコから咎められたことを思い出したが、先ほど彼女は安全だと言っていた。
そのまま本を開くが、結局彼女は言いかけた以上のことを言おうとはしなかった。
中は想像通り、比較的年代の古い物だった。とはいえ、期待していたようなアリウスがトリニティと袂を分った頃の時代、というほどでも無い。そして、先ほど古関ウイの言った通り、意識して読むと、その筆致からは怒りが伝わってくるような感覚を受けた。
内容に関しては、精査が出来るほどの予備知識が無いが、アリウスの立場が正しいという観点であることはもちろん、内容の殆どがトリニティやゲヘナへの罵詈雑言が多くを占めていることから、公平性の担保はとてもじゃないけどできないものだ。
「……成程、ウイさんの言っている意味がよく分かりましたよ。これを書かれた方は、憎悪に飲まれていたことでしょう」
本を元の棚に戻しながら、率直な感想を述べると、古関ウイは虚を突かれたような顔をした。
「え……先生。それを読めるのですか?」
何故か狼狽えている古関ウイの姿を見て、数秒考えたが、原因が分かった。
「ああ、つまり、
「うぇっ!? え、えっと、その……す、すみません」
こちらが怒っているとでも思ったのか、古関ウイが頭を下げた。
「謝る必要はありませんよ。寧ろ、ウイさんのようにお若いのに読めることの方が驚きですが……これを読めるのは単純な話で、私の研究内容がこの時代以前のことを調べる必要が多かったから、というところにあります」
「研究……?」
古関ウイが首を傾げる。
「あ、さっき言いかけていた話ですね! 結局、どういった研究をされていたんですか?」
円堂シミコが話に入ってくる。比較的状態の良かった本を十冊以上抱え、本棚に置きながら話を聞いていたらしい。
「そうですね、説明は少し難しいのですが。神秘の研究をしていました。お二人は、神秘とは何かを知っていますか?」
生徒に対し、これまで私の過去研究について話したことはあまり無かった。理解を得られるようなものでもなかったし、その研究にキヴォトスの生徒を利用していたという事実もあったからだ。
しかし、研究に興味を示すこの二人にであれば、浅い部分を話しても良いかと思ったのだ。
「神秘、ですか。うーん、超常の事、というような意味ですよね。常識では計り知れないというようなこと、という意味ですよね」
円堂シミコが辞書的な意味を回答した、勿論、間違ってはいない。
「そうですね……それに加えて古代語の知識も必要とする、となると、伝承や歴史書に残る超常現象などのオカルト的なこと研究していた、という事でしょうか」
古関ウイは一段踏み込んでいたが、やはり、足りなくはあった。感じていたことではあるが、キヴォトスの生徒たちは、自分の周囲で起きている超常現象について無頓着に過ぎる。彼女のやっていた修復技術こそまさにそれである。
あるいは、それに違和感を感じることが出来ない仕組みとなっているのかもしれない。いずれにしても、古書に危険が眠っている可能性を知っている以上、超常現象自体を否定しているわけではないはずではある。
「お二人とも、素晴らしい回答です。ですが、私は歴史学者だった、という訳でもありません。過去を知るのが目的ではありませんから。例えば、研究の一環としては、そういった神秘……という方は語弊がありますね。『超常現象』などの
「実用化……? つまり、先生は……そういった超常現象を意図的に引き起こせる、ということですか?」
古関ウイが半信半疑と言った眼でこちらを見る。
「勿論……と言いたいところですが、そう大したことはできません。 精々、お守りを作るようなものです。こういったものですね」
以前作戦で使用した予備の髪飾りを二人に見せる。丁度、トリニティ生徒用の物が余っていた。
古関ウイと円堂シミコが顔を見合わせる。そして、先輩は溜息をつき、後輩はほっとしたような笑顔になった。
2人はただの
「今日の見学のお礼として、これはお二人に一つずつ差し上げます。戦闘の際などに着けておくと効果が発揮されると思います」
「え……」
「い、良いんですか?」
予定には無かったが、既にある程度の生産能力はあり、生徒に渡すように作っているので問題は無い。
「勿論です。そこまで貴重な物でもありませんから、些細なお礼として受け取っていただければ助かります」
「…………は、はい。そういうことなら、受け取っておきます」
「ありがとうございます! 大事にしますね!」
改めて私が促すと、反応に差はあったが、2人は文句を言わずに受け取った。
――
その後も暫く、修復作業を見ながら、好みの本の話などをして過ごし、シャーレへと帰ることにした。
古関ウイの技術については、今後彼女の助力が必要となる場面が出てくるかもしれない。
そういう意味でも、今日の訪問は有意義なものになったと言えるだろう。