テマ=シュロ(記憶喪失)
とある日、シャーレのカフェを覗いてみると何人かの生徒たちが話し合っているのが見えた。
それ自体はよくある光景ではあるが、そこそこの人数であり、それに加え、あまり見かけない組み合わせでもあった。
そして一目で分かるほど、多様な制服を着ており、様々な学校の生徒がそれに加わっているようだった。
「皆さん、集まって何を話しているのですか?」
話し合いの輪に加わっている内の1人、SRT特殊学園の空井サキに話しかけた。
「あ、先生。あはは、私もいまいちどうしてこうなったかは分からないけど、つまり、テマの事なんだよ」
そう言って、彼女は隣にいるテマを指し示した。議論の中心になっている、という割には、浮かない様子ではあったが。
「テマがSRTに入るのが嫌だって言うからさ、じゃあどこが良いの? って話をしてたんだよ。そしたらいつの間にか人が集まってきて、こうなった」
よく見ると、集まっている生徒たちはいずれも見知った生徒たちだった。
「あ、先生! あのね、今、テマちゃんはミレニアムに来たら良いってお話してたんだ!」
「お姉ちゃん、それはちょっと飛ばしすぎのような」
ミレニアム・ゲーム開発部の才羽姉妹。今日は揃ってシャーレへ訪れていたようだ。
「あはは、先生。お、お久しぶりです。えーと、これから、それをプレゼンしようということになって? 私に上手くできるんでしょうか……」
「大丈夫だ。ヒフミならできる」
「あ、ありがとう。……っていつの間にか私一人でやることになってませんか!?」
トリニティで、私が顧問を担当していた補習授業部の生徒、阿慈谷ヒフミと白洲アズサ。
「こんにちはー! 今日は週刊万魔殿の編集長として、ゲヘナの魅力を伝えちゃいますよ!?」
ゲヘナの生徒会、万魔殿の書記である元宮チアキ。そういえば今日は週刊誌を届けに来る日のはずだった。
「私は、アビドスに来るべきだと思う」
アビドス対策委員会の砂狼シロコだ。恐らく今日も自転車で来たのだろう。
「こんにちは。打ち合わせから帰ってきたら何だか面白そうなこと話してたから、参加しちゃった」
仮称アリウス高等学校の生徒会長となる予定である、アリウススクワッドの秤アツコ。そして彼女は隣に座る人物へと話を振った。
「じゃ、残りはラブちゃんだけだよ」
「……いや、何でうちがここにいる必要があるのかまだ分かってないんだけど……
声を掛けられて最後にそう言ったのは、シャーレと業務提携をしているジャブジャブヘルメット団のリーダー、河駒風ラブだ。
「こんにちは皆さん。つまり、テマさんの編入先をどこにするのかを話し合っているということですか?」
私の質問に、生徒たちが一様に頷く。
「だから、手前は学校なんか行かないですよぉ!?」
そして、当の本人はこの調子だ。SRTに行きたくないのではなく、そもそも学校に行きたくないようだ。
「成程……そうですね、この場での議論だけで編入先を決められるわけではないと思いますが、良い機会です。この先の選択肢を広げるためにも、学校紹介を受けて見ると良いでしょう」
そもそも彼女の年齢も分からないので、いつどの学年に編入させるべきなのかも考える必要があるだろうが。そして、彼女の希望と、学校の受け入れ態勢が一致しているとすら限らなかった。
もしそうなり、かつその時私がまだ先生をしていたなら、彼女に協力すること自体はやぶさかではなかったが。
「そうだぞ、テマ。別に聞いたらどこかに決めなきゃいけない訳じゃないんだし、テマも興味のあることが見つかるかもしれないだろ?」
「うー、ま、まあ、聞いてやるだけですからねぇ?」
そして同室で殆ど姉か母のように彼女を世話している空井サキの言葉には、彼女も逆らいづらいのか、渋々と頷いた。
「ところで、テマさんがこんなにも知り合いを増やしていたとは知りませんでしたね」
テマは確かにカフェにいることは多いが、どちらかというと一人で絵や文を書いていることが多いと思っていたが。
「え? 何のことです? 手前が知ってるのはサキちゃんとモモイちゃん、ヒフミとアツコちゃんくらいのもんですよぉ?」
しかしテマはあっけらかんとそう言った。阿慈谷ヒフミは「どうして私だけ呼び捨てなんですか?」とでも言いたげな表情をしているが、それを直接言う勇気は無いようだった。
「テマちゃん以外でも、そもそも、初対面の子が多いですよねー、私たち!」
元宮チアキがそのように補足する。生徒たちはそれぞれに頷いた。
つまり、この生徒たちは全てではないにせよ、殆ど話したことの無い者同士でこのような和気藹々とした議論を行っていたらしい。
誰の影響かは分からないが、悪い事ではないだろう。カフェ自体、他校との交流の場にするために開いたところはあるのだ。
――
「じゃあ、誰から話す? 早い者勝ち? それともテマちゃんが決める?」
才羽モモイが今にも自分から話し出しそうな勢いで話を進める。
「手前は誰からでも構いませんよぉ? どうせ聞くまではどの学校のことも全然知らないですし」
テマはあまり興味が無さそうだ。
「じゃあじゃあ、私から」
「落ち着きなさいよ。こういうのはくじ引きとかで決めるんじゃないの、普通」
「むむむ……」
「ラブさん? の言ってることが正しいよお姉ちゃん。それに、順番はあんまり重要じゃないでしょ。むしろ、一番最初って不利なような……」
「うーん、確かに? じゃあ、くじ引きでもいいよ!」
先走る才羽モモイを、河駒風ラブが抑えた。妹の進言もあり、彼女は引き下がった。
そして、面倒見のいいことに、言い出した彼女は自ら紙を取り出して、くじ引きを作り始めた。
順番の書かれた紙が折りたたまれて、各学校一人ずつくじを引いていく。最後に、公平性の観点から河駒風ラブが残った1枚を手に取る。
「じゃあ、1番を引いたのから順番に言っていく、でいいわよね?」
彼女がそう言ってくじを確認している生徒たちの方を見まわす。しかし、挙手する者は誰もいなかった。
「あれ? ……まさか」
河駒風ラブが急いで自分の取ったくじを開く。
「何でうちが一番なのよ!? 学校に通ってないから話すことないって言ってんでしょ!?」
運の悪い河駒風ラブが吠えた。しかし、私も、ここにいる他の生徒たちも、恐らく同じ疑問が脳裏をよぎったはずだ。
「ラブ……だったら、
そして、白洲アズサが代表してそれを指摘した。他の者も頷く。そもそも、この中で河駒風ラブ以外は話すことに前向きであった。彼女が話さないことに、異論を唱える者はいなかっただろう。
「……あ。じゃ、じゃあうちは無しってことで」
「あははー、それは駄目ですよー、ラブさん! 言い出しっぺがルールを破ってはいけません!」
くじの無効は元宮チアキによって否定された。そして、何か話すことを逃れられないと判断した彼女は、ため息をついて渋々と話し始めた。
「あー……じゃあ、うちからは……トリニティの話しても仕方ないし、ヘルメット団の話でもする?」
河駒風ラブはそう言って、テマの方を見た。
「そもそも、そのへるめっと団? っていうのが何なのかすら手前は知らないですよぉ?」
テマがそう言って、首を傾げる。河駒風ラブはそんな彼女を見て、苦笑いしながら彼女に返事をした。
「基本的には、学校が馴染め無かった子達のたまり場みたいなもんよ。それがどうしてか、シャーレの職員みたいなことやるようになっちゃったけどね」
そう言って、彼女は普段の自分たちが普段どのような生活を送っているのかを話し始めた。