先日のテマ編入先会議、という名前のプレゼン大会の後、私はテマに体験入学をさせる準備を進めていた。
ミレニアムはセキュリティが厳しいため、私がシャーレの業務の一環として行くのとは異なり、テマや、他校の生徒が訪問するとなると多少の手続きは必要となる。
そのため早瀬ユウカとスケジュール調整や協議を行う必要があった。
とはいえ、彼女はシャーレへと訪れてくる頻度が高いので、相談するのに困ることは無かった。
「ということで、
シャーレの事務室で、早瀬ユウカから許可証が渡された。ミレニアムにしてはアナログな方法だとは思うが、テマが自分のスマートフォンをもっていないため、そういう方法をとる必要があったのだ。
2人分、というのは勿論私とテマの分、という訳では無い。私は私でミレニアムで用を済ませる必要があるため、テマを引率する人物が別で必要だったのだ。
「ありがとうございます。当日は3人で訪問するので、よろしくお願いします」
許可証を受け取り、早瀬ユウカに礼を言う。
「はい、私も楽しみにしていますね」
彼女は微笑んで、元の事務作業に戻った。
――
それから一時間ほど経ち、必要な仕事や連絡を済ませ、一段落が着いた。それは、早瀬ユウカも同じようだった。
「……先生がミレニアムに初めて訪問してくださったときのことを、思い出しますね」
「そうですね。あの時はまだ右も左も分からない状況で、ユウカさんのように協力的な生徒が他に殆どいなかったので、とても助かりました」
今でこそ河駒風ラブを始めとするヘルメット団員や、不知火カヤやSRTの生徒など、協力体制をとれている生徒が増えてきているが、ミレニアムのゲーム開発部の仕事をした頃は、頼れそうな人物は殆どいなかった。
「そ、そうですか? それなら、良かったです。でも、シャーレは、あの時よりとても良い物になっていると思います。先生のお陰ですね」
こちらの礼へお返しをするように、彼女は私にそう言った。しかし、あまり実感は無かった。
「そうでしょうか。これだけの施設がありながら、空きも多いですし、利用方法については常に悩んでいますが。」
訪れる生徒が増えてきてはいるが、所属校には偏りもある。認知度は上がっているだろうが、シャーレの施設をどのように活用するか、については課題点であった。
「……ふふっ」
暫くあっけにとられた様子であった早瀬ユウカから、不意に笑いがこぼれた。
「何かおかしかったですか?」
「いえ……やっぱり、変わったと思います。先生も、ここも。最初にお会いした時のこと、覚えていますか? あの時は、先生の頭の良さとか、そういうのは感じ取ったんですけど、話していて何となく思ったんです」
いつの間にか、話がミレニアムに訪問したころの話から更に前、私が先生になってしまった頃の話に遡っている。
「どういうことを?」
「えっと、その、たぶんこの人は、私たちには
「……成程」
間違ってはいない。学術的興味はあったが、それは彼女の言っていることとは訳が違うだろう。
というより、彼女が今それを言ったということは、今はそう見えてはいないということだろうか。
私とて自分の内心の変化に気づいていないわけではないが、見透かされているとは思っていなかった。
「あ、ごめんなさい! その、冷たかったとか、そういうことを言いたかった訳じゃないんです。むしろ、親切だったと思います。実際、先生は会ったばかりの私にいろいろ教えてくれましたし……ただ……」
黙っている私が機嫌を損ねていると思ったのか、早瀬ユウカは少し慌てているようだった。
「いえ、ユウカさんの言うことに思い当たる節はあります。少なくとも当時の……先生になったばかりの私には、余裕がありませんでしたし、先生であるという自覚もありませんでした。」
そもそも、キヴォトスの生徒にとってみると、私は殆ど
「でも、今は違います。先生は、私たちのことを真剣に考えてくれているんだなって、思います。特に、お手伝いじゃなくて、ここで働かせてもらえるようになった頃から」
「……ユウカさんを怒らせてしまったのも、その頃でしたね」
エデン条約の調印式の日のことについて、私が彼女に不誠実な対応を取っていたことに起因する出来事だ。
「そ、そんなこともありましたね。でも、今思えばあれも、先生が私のことを考えてくれていたから起きたことだと思いますし、お詫びにお菓子買ってきてくれたんですよね。ふふふっ、思い出してもちょっとおかしいですけど」
早瀬ユウカがそう言って再び笑った。そして言葉を続ける。
「シャーレも、どんどん変わっていきました。アリウスやSRTの子達がここで暮らすようになったかと思えば、記憶喪失の女の子、テマちゃんも連れてきて、随分にぎやかになりました。他の学校の生徒と交流することなんて、今までは滅多にない経験だったんですよ? でも、今ではすっかり日常になってしまいました。先生のおかげです。私はそう思っています」
彼女は再び
「……雑談しすぎちゃいましたね。明日も早いから、お仕事、終わらせないとですね」
「そうですね。明日は、テマさんの体験入学の日ですからね」
早瀬ユウカの発言に同意して、再び仕事に集中する。程なくして早瀬ユウカは仕事を終わらせ、明日の再会を約束を帰っていった。
――
翌朝、シャーレの入口
「まだですかぁ、もう、置いていっちゃいますよぉ!?」
「あんた行き方わかんないでしょ? というか、入校許可証は先生が持ってるんだから一人で言っても入れないわよ」
「すみません、丁度先方に連絡していました。行きましょうか」
テマと高倉クルミが話しているところに合流する。
「それにしても、随分嬉しそうですね、テマさん。余程ミレニアムに興味がわきましたか?」
「どうでしょうかねぇ?」
私の質問を彼女ははぐらかしたが、明らかに機嫌が良かった。
「この子、お出かけ自体が楽しみなだけだと思うわよ。すっごいウキウキして準備してたってサキが言ってたし」
「う、うるさいですねぇ。そもそも、なんで一緒に行くのがクルミちゃんなんですかぁ? 手前、サキちゃんが一緒に来ると思ってたんですけどぉ?」
「何よっ、何か文句あるっての!?」
同年代が言い争いをしているようにしか見えないが、高倉クルミに頼むことにしたのは、空井サキとも相談して決めたことだ。
彼女が自分を差し置いて、一番に候補に挙げたのが高倉クルミだった。
「私がクルミ先輩にお願いしたんだよ、テマ。今日は楽しんで来いよ。後AIあな、あんま迷惑かけないようにな」
偶々通りかかったのか、それとも見送りに来たのか、現れた空井サキが、テマを嗜める。
「サキちゃん! むー……まぁ、サキちゃんが言うなら、信頼してやってもいいですよぉ」
「だから何でアンタそんなに上からなのよ。言っておくけど私、1対1ならミヤコやサキには負けないわよ」
テマは高倉クルミのことがいやなのではなく、単純に空井サキのことを慕っているだけだろう。高倉クルミとしては面白くは無いだろうが、それで護衛がおろそかになるようなことは無いだろう。
「それじゃ、いってらっしゃい。先生も、気を付けてな」
そうして、空井サキに見送られ、3人でミレニアムへと出発した。