「先生は、その、知っていたんですか? 特異現象捜査部のこと」
特異現象捜査部の部室へと向かう途中、早瀬ユウカが私に尋ねた。私は勿論知っていた。以前私はその部室に行ったことがあったのだ。明星ヒマリと初めて面会したときのことだ。
「ええ、一度訪問させてもらったことがありましたからね。とはいえ、何を主にやっているのかはその時は聞きませんでしたが」
「はぁ……先生もそうなんですね。実は私も正確には把握できていないんです。リオ会長がいきなり創設して、私はその際の書類を確認させられただけ。しかもその部長がヒマリ先輩ってどういうこと? それも、次会った時に問い詰めようと思っていたのだけど全く顔を出さないし」
早瀬ユウカは怒っている、というより拗ねているようだった。自分が蚊帳の外にされていることを歯痒く思っているのだろう。
「ヴェリタスにしても、特異現象捜査部にしても、先ほどのユウカさんの例からすると、例外に当たりますよね。どのような理屈で成立しているのですか?」
一つ気になり、尋ねてみる。すると、早瀬ユウカは溜息をついた。
「ヒマリ先輩も、それからリオ先輩も、個人でミレニアムに多大な貢献をしているんです。というかヴェリタスは全員そうですね。1年生のマキも含めて。皆何かしらの成果を残している。集団としては認められなくても、個人の活動は否定できないんです」
前から思っていたが、彼女はヴェリタスの存在にかなり思うことがるようだ。
「それはそれとして、リオ先輩に聞かなきゃいけないこと、どんどん増えてるんですよね。アリスちゃんを未だに待たせちゃっているのもそうだし、それ以外にも、
「……まあ、リオ会長にも考えがあるのだと思いますよ」
その件に関し、私当たり障りのない事しか言えなかった。
「分かってます。大体、その件もそうなんですよ! 先生がお会いしたいと言っていると連絡したのは私なのに、リオ先輩は直接先生に連絡して、私には何も言わなかったんですよ!? ……嫌われてるんでしょうか、私」
「それは無いと思いますが……」
調月リオのコミュニケーション不足の面倒までこちらで見ることはできない。そもそも、私は彼女と面会した際、早瀬ユウカに連絡を取っておくように言ったはずだが、それも全くしていなかったようだ。
「はぁ……愚痴ってしまってすみません。あ、少しセミナーに寄ってもいいですか? ちょっと持っていきたい物があるので」
「ええ、勿論です」
別の棟に存在している特異現象捜査部に行くために外に出る前に、早瀬ユウカが何かを思い出したように私に許可を取り、セミナーへと向かっていった。程なくして戻ってきた彼女は、先ほどまで持っていなかった紙袋を持っていた。
「お待たせしました、先生。行きましょう」
「ええ。ちなみに、何を持ってきたのですか?」
中身が気になり、尋ねると、彼女は何故か難しい表情をした。
「えーと。服です。新素材開発部からもらったサンプルなんですけど」
「服?」
「そうです。詳しい説明をしようすると難しいので、後で話しますね」
そして、妙なことを言って話を打ち切った。もっとも、この件についてはすぐに明らかにはなるのだったが。
――
特異現象捜査部の部室に到着した。ノックをすると、中から聞き覚えの無い声がした。
それからすぐ、扉が開く。
「こんにちは、先生。初めまして」
出てきたのは、明星ヒマリではなかった。確か、特異現象捜査部には他に一人の生徒が所属していたはずだ。名前は……
「初めまして、じゃないでしょエイミ。またそんな恰好して」
「あれ、ユウカ?」
そう、和泉元エイミ、だったはずだ。ミレニアムの一年生。何故か上半身をはだけさせており、出会いがしらに早瀬ユウカに怒られていた。
「あれ、ユウカ、じゃない! ちゃんと服着なさい。初対面の先生の前で
「えー……暑いし、それに、校則は守ってるよ」
和泉元エイミは暑い、と言っていたが室内からは冷気が漏れ出していた。強めに冷房をつけているようだ。
「校則以前に、公序良俗に反してるって言ってるの! 良い物持ってきたから、それ脱いで」
ドアを閉じもせず、2人は部室の前で言い争いを始めた。人通りが無さそうな場所にあるので問題は無いのかもしれないが……
「え? 良いの?」
早瀬ユウカの言葉に反応して、和泉元エイミは
「それなわけないでしょ!? ジャケットよ、もう殆ど脱げかけて服として意味が無いじゃない、それ」
「うん? そうかなぁ? まあいいけど」
渋々と従っている和泉元エイミを見て、早瀬ユウカは先ほど取ってきた紙袋から、言っていた通り服を取り出した。彼女自身が着ている物に似ているジャケットと、白いシャツのようだ。
「これ着てみなさい」
「えー……暑そう」
「良いから、しゃんとしなさい!」
「……はーい、お母さん」
「誰がお母さんよ!?」
かなりいやいやと言った様子だったが、早瀬ユウカには逆らえない圧のようなものがあるようで、和泉元エイミは文句を言いながらシャツを着て、首を傾げた
「あれ?」
「それ、とっても通気性が良いでしょ? このジャケットとセットで、新素材開発部とエンジニア部がワイルドハントのデザイナーと共同開発した空調服なのよ。外見からは殆ど普通の服にしか見えないけど、中の温度を一定の温度に保ってくれるの。サンプルだからこのサイズしかなかったけど、何とか着れそうね」
そう言って早瀬ユウカはそのまま後輩にジャケットも着せた。
「何故か8度から設定できるのよね、これ。まあ、エイミには丁度いいでしょ」
「おお。あんまり暑くない。」
「それでも涼しい、じゃないのね……」
そう言いながら、早瀬ユウカはジャケットの前を留めるところまでやっていた。彼女はこの学校の後輩全員の保護者か何かなのだろうか。
「うん、似合ってるじゃない。これなら文句ないでしょ?」
そして、最後に姿を確認して早瀬ユウカは大きく頷いた。
「うーん、ちょっと胸がきついかも」
「え!? ちょ、ちょっと位我慢しなさい!」
「はーい……」
後輩からは言われたことが予想外だったのか、最後はやや強引ではあったが、
「エイミ? 先生とユウカが来られたんじゃないのですか? 入口でいつまで……あら」
その時、中で待っていたのだろうもう一人の生徒。特異現象捜査部の部長明星ヒマリが室内から顔を出した。随分と厚着をしているようだ。
「そういう格好も似合っていますね、エイミ。ユウカからもらったんですか?」
「ヒマリ先輩! 先輩は部長なんですから、エイミにちゃんと注意してください。あの格好で先生の前に出てくるなんて……」
楽しそうに和泉元エイミに尋ねる彼女にも、早瀬ユウカは詰め寄った。
「可哀そうじゃありませんか。暑い暑いって言うんですよ? でも、これ以上空調の温度下げたら私が凍えて病気になってしまいますからね」
「二人で過ごしているなら口出ししませんけど、今日はお客さんが来るって分かっていましたよね?」
こちらが挨拶をする前に、またも早瀬ユウカが言い合いを始めてしまった。彼女の意見はかなり真っ当なものなので、仕方なくはあるのだが。
「……
そして、その様子を見て、やれやれとでも言いそうな口調で、和泉元エイミが呟いた。
「だから、誰がお母さんよ!?」
「誰がおばあちゃんですか!?」
その言葉はしっかりと二人の耳に入ったらしく、同時に和泉元エイミのことを睨みつけた。
「どっちがどっちって、2人とも分かってるじゃん」
しかし、和泉元エイミは随分と肝が据わっているようで、先輩2人に睨まれても平然とそう答えるのだった。