突然届いたメール。少なくとも私に届いたメールは不可解なものだった。
差出人は不明。件名は無し。そして本文はただ一文。
『
とだけ書かれていた。目的語の無いこの言葉を聞くのは3回目のことだった。
「偶然とは思えませんが、ともかく私に来たメールでは何かを判断できそうもありませんね。そちらは?」
明星ヒマリにそう伝えると。彼女は暫く無言で端末の画面を眺めてから。
「そうですね……一緒に見てもらえますか?」
そういって先ほどまで『調査依頼』のメールを映していた画面にそのメールを開いた。差出人と件名は私に来たものと同じ、しかし本文は異なっていた。文章ではなく、一つのリンクのみが書かれていた。
「怪しすぎませんか? ヒマリ先輩、まさか開くんですか?」
早瀬ユウカが見るからに怪しいそのリンクについて明星ヒマリに尋ねる。
「いえ、怪しいというかこのアドレスは……」
しかし問われた方は思い当たる節があるようで、少し悩んだ様子ではあったが、そのリンクを開いた。
――
開かれたリンクの先は、何かの映像のようだった。
『それで、例のブツって何なんですか?』
そして、開かれてすぐに聞き覚えのある声がした。黒崎コユキの物だ。
『まあ、すぐわかるって、こっちだよ!』
そして、再び聞いた事のある声がした。これは確か……
「やはり、先ほどのリンクは私がヴェリタスに設置したカメラへのリンクだったようですね」
明星ヒマリはそう言って何かの操作を行う。すると画面が動き、何人かの人物を映した。
声がした黒崎コユキと小塗マキ、そして才羽モモイの姿もあった。また、画角外には他のメンバーもいるのだろう。
『これだよ』
小鈎ハレの声がして、カメラが発言者を追うように彼女のいる方向を映す。彼女が示していた先には、ロボットのようなものがあった。
「ヒマリさん、これは?」
尋ねるが、明星ヒマリは首を振った。彼女もそこにそのような物が置かれていることに驚いているようにも見えた。
『全て、ミレニアムの郊外で見つかったものです』
代わりに音瀬コタマが解説をするのが聞こえた。
『何だか気味が悪いわね。先生にも見せた方が良いんじゃない?』
そして高倉クルミの声。やはり、ゲーム開発部と合流して、その後ヴェリタスへと行ったようだ。
「あの子達、学校案内で何でヴェリタスに行ってるのよ?」
早瀬ユウカの呆れたような声がした。ヴェリタスは建前上は秘密組織であり、少なくとも学外の生徒に見せるような場所ではないだろう。
一見、それはただ平和な日常を映しているようにも見えた。しかし、これを見せて来たのは不明な誰かであり、それには別の思惑があるはずだ。
強烈に嫌な予感がしたが私は、明星ヒマリが操作する画面から目が離せなかった。そしてその彼女もまた、不安そうな表情を浮かべていた。
『うん、先生にも見てもらおうと思って、そしたらモモから今日先生とテマちゃんが学校見学に来るって言うから誘ったんだ。まあ、別行動だとは知らなかったけど』
別行動と分かった時点で、私が来るまで待ってほしかった、というのが正直なところだ。
『ふーん! なんか、思ったのと違ったけど、確かに凄い発見かも!?』
『これが全部じゃないよ。一部は運んだんだけど、少なくとも後20体はあったと思う』
『これはこれで、何かのデザインに参考にできるかも?』
『そうですかぁ? 手前はちょっと不気味で近寄りたくないですねぇ……』
こちら側が感じている不穏さなどまるで感じていないかのような能天気な会話が続いている最中、声が聞こえていなかった天童アリスがひとり、
『でも、これ色々触ってみたんだけど、どうなっているのか全然分かんなかったんだよね』
『へぇ、あの小鈎ハレでもそうなのね』
『私のこと知ってるの?』
『あんたも自分の知名度について……あれ、アリス?』
そして、最初にそれに気づいたのは高倉クルミのようだった。彼女が天童アリスに呼びかけるが、返事が聞こえることは無かった。
『アリス……見たことあります。これ……は』
カメラが天童アリスとロボットを映す。ロボットに触れた少女が何かを呟くが、その言葉はカメラの集音マイクには殆ど届いていなかった。
『アリスちゃん……どうしたの?』
『うわっ!? 何か突然起動したんだけどっ!?』
ヴェリタスの部室が俄かに騒がしくなっていく。その中で、天童アリスが最後の発した言葉は先ほどと違い、はっきりと聞こえた。
『プロトコルATRAHASISを実行します』
そう宣言した彼女は、はっきりと、この隠しカメラを視界に捉えた。
そして、その直後、隠しカメラの映像がブラックアウトした。最後に見えたのは、高倉クルミが近くにいた才羽モモイとテマを庇うような動きをする様子だった。
――
カメラとの接続が途切れた後、轟音と振動がこの特異現象捜査部の部室にまで響いた。
一瞬、室内の誰も言葉を発することが出来なかった。
「……ヴェリタスの部室!!」
早瀬ユウカがそう言って、部室の外に向かって走り出す。私もすぐ後に続く。
「エイミ、お願いします! 私もすぐに向かいます」
「うん、行ってくる」
そして私たちよりも遥かに運動能力が高い様子の和泉元エイミが、部長の指示を聞いてすぐに私たちを追い抜いていった。
考えたいことが多々あったが、今は、とにかく状況の確認と、事態の収束が必要だろう。
私はシッテムの箱の戦闘支援ツールを起動しながら、急いで現場へと向かった。
――
現場に到着すると、そこでは戦闘が始まっていた。ヴェリタスの部室のあった建物は一部が完全に崩落しており、瓦礫となっていた。
そして敵性表示になっているのはやはり天童アリスと5体のロボット達だ。
高倉クルミはシールドを構えながらロボットに応戦しており、後ろに一人人影があるのは、恐らくテマだろう。護衛である彼女は前に出ることが出来ないようで、その場でロボット達を牽制するように戦っていた。
「うわー!? 何でこっち来るんですか!?」
悲鳴を上げながらも応戦しているのは黒崎コユキで、ロボットの内1対を完全に引き付けていた。それでも、まともに戦闘ができている言えるのはゲーム開発部では彼女だけだった。
才羽モモイの姿が見えず、花岡ユズや才羽ミドリは混乱から抜け出せていない様子だ。
そしてヴェリタスの3人もまともに応戦できている様子は無かった。音瀬コタマと小鈎ハレは少なくとも前線で戦うタイプではなく、小塗マキは攻撃を受けたのか、少し距離のある部分で倒れているのが確認できた。
つまり、私より先に到着した和泉元エイミが最前線で一人戦っているという状況だった。
「先生! 私もエイミの方に行きます! 支援をお願いできますか?」
「勿論です。よろしくお願いします」
早瀬ユウカは到着までに覚悟を決めていたのか、敵側に立っているのが天童アリスであったとしても、鎮圧に向けてすぐに行動に移った。
まず、この場の数的不利になってしまっている状況をどうにかしなければ。端末を通し小鈎ハレに話しかける。
『ハレさん。大丈夫ですか?』
『先生!? あっ、うん! 私は大丈夫だけど、マキが! あとアリスがおかしくて!』
『私も見ていましたので、状況は大体理解しています。ハレさん、すぐに動かせる戦闘ドローンはありますか? 最悪、戦闘用でなくても構いません』
焦った様子の小鈎ハレに確認する。状況はよくは無いが高倉クルミも和泉元エイミも戦闘能力が高く、攻め手には欠いているが今すぐ戦線が破綻する状況ではなく、早瀬ユウカも加わりうまく立ち回れているようだった。
『え!? えーっと、うん。部室の奴はダメみたいだけど、別のところにおいてある奴が何台かあるよ! すぐ来させるね!』
小鈎ハレも私の指示を聞いて少し落ち着きを取り戻したのか、すぐに私の指示を理解し、彼女のサポートドローン『アテナ3号』へと指示を出していた。
「うわぁー!?」
その時、黒崎コユキが叫んだ。逃げまどいながら戦っていた彼女が、瓦礫に躓いて転んでしまったらしい。
ドローンはまだ到着してこない。彼女を守ることが出来る人物はこの場にはいなかった。指示が間に合わない。
そう思った時、一度だけ聞いた事のある声が聞こえた。
「僭越ながら、助太刀いたします」
「初めまして。先生。ミレニアムサイエンススクール。C&C所属。コールサイン04。飛鳥馬トキです。まずはこの場を収めることにいたしましょうか」
現れた生徒は慇懃にそう名乗った。