「あ……」
テマのいつも通り、以上に元気な挨拶に、才羽モモイが面食らう。
「モモイ、シャーレに来てたのね。昨日はありがと」
そして、テマと一緒にいた高倉クルミも、才羽モモイに気付き声を掛けた。
「う、うん……」
才羽モモイは、咄嗟にうまく言葉を出すことが出来ずに、ただ頷くだけだった。テマと高倉クルミが顔を見合わせる。
「モモイちゃん。どこか痛いんですかぁ?」
「やっぱりあの時、どこかぶつかってた!? ごめん、ちょっと余裕が無くて」
そして、2人して彼女を心配そうに見ながら口々に言った。
「そ……そうじゃないよ! 私は元気! だけど、その……二人に、ちょっと言わなきゃいけないことがあって。その……ご、ごめんなさい!」
才羽モモイが、目を瞑って謝った。テマと高倉クルミが再度、顔を見合わせた。
「……?? 何でモモイちゃんが謝るんですかぁ?」
「そうよ。モモイが謝ることなんて無いでしょ。寧ろこっちがごめんね。何か変な空気にしちゃって」
「あ!? へ、変な空気ってどういうことですかぁ!?」
「いや、あれは変な空気だったでしょ。」
「ぐぬぬ」
私が想像していたよりも、2人の中で昨日の出来事は余程消化できているようだった。特にテマは自分のことであるにもかかわらず喉元を過ぎれば軽口を叩ける程度には平気らしい。
才羽モモイも暫く呆気に取られていたが、気を取り直したようにして口を開いた。
「えっと、ほら。テマちゃんを怖がらせちゃったし、ヴェリタスに行こうって言ったのも私だし……」
「別にだれも反対しなかったし。テマがあそこで泣いちゃったのは、まあ、誰にも防げなかったと思うわよ」
高倉クルミが返すと、テマも複雑な顔をしたが、頷いた。彼女たちは、本当に才羽モモイが何を謝りたいのかが分かっていないようだった。
「えーと、そ、そうかもだけど! 私は、ミレニアムとかアリスの事、嫌いになってほしくなくって!」
そして、才羽モモイの口から漸く出てきたそれが、恐らく彼女の本音だった。彼女自身に非があろうとなかろうと、彼女は自分の好きなものを友達に嫌いになってほしくない、ということを伝えたかったのだろう。
「んん? 何でですかぁ?」
テマがまた首を傾げる。それは恐らく、単純な疑問。
「だって、折角学校見学に来てもらったのに、あんなことになって……」
「?? だから、どうして手前がミレニアムとかアリスちゃんのことを嫌いになるんですかぁ?」
テマが疑問に感じていたのは、何故嫌いになってほしくないか、ということではなく、何故嫌いになるのかが分からない、という事だった。
「え? だ、だって……」
「ミレニアムの学校見学は楽しかったですし、あれを起こしたのも、
「……え? アリスじゃない……?」
まだ何かを言いかけていた才羽モモイを遮るようにテマが言った言葉に、戸惑っている。恐らく、同じ違和感を私も感じていた。
「うん……? あれ? 何かおかしいですねぇ?」
そして、言った本人も首を傾げていた。
「……いや、あれはアリスだったでしょ。何か操られてたというか、変な挙動になっていたみたいだけど、多分あれはあのロボが何かしてて……」
高倉クルミがそれを受けて、自分の考えを話す。客観的に見た時、確かにそれが真実のように見えていた。才羽モモイも昨日の時点でそのように感じているようだった。
「うーん……まぁ、どっちにしてもアリスちゃんのこと、別に嫌いではないですよぉ? ……昨日のことは、何であんなに怖くなっちゃったのか分からないので、それは気になりますケド、でも、あねさまが一杯遊んでくれたので大丈夫ですよ」
そして、テマ自身も今自分が言った事をそこまで気にしてもいなかった。しかし、謎の多い彼女の言葉だからこそ、それがただの言い間違いだとはあまり思えなかった。
兎も角、彼女達の言い分はそのような物であり、才羽モモイの本音は、結局のところただの杞憂でしかなかったようだ。
「そっか……よ、よかったぁ~~!! 昨日から、ずっとどうしようどうしようって考えてたんだよー……」
才羽モモイが安心したのか少し涙声になりながら手を膝に当てて肩を落とした。
「そんなに気にしてたのね。昨日は最後ばたばたしてたから、皆の反応まで気にすることが出来なかったの。ごめんなさい」
高倉クルミが苦笑を浮かべて頭を下げた。
「ううん。私が勝手に思ってただけだから」
そして、才羽モモイも顔を上げた。
――
「ところで、アリスちゃんはどうしてるんですかぁ?」
「そう、それも気になってるのよね、あの子、大丈夫なの?」
才羽モモイが落ち着いたところで、カフェのテーブルにつき、続きを話し始める。話題は結局、昨日の事件のことに行きついた。
テマの様子も少なくとも表面上落ち着いている。実際に現場を見ることが無ければ、トラウマを刺激されることも無いようだ。
「えっと、うん……やっぱり、結構落ち込んじゃってるみたい。ユウカが言ってたんだけど、実害としてはアリスが武器貰った時の天井に穴空いた事例とあんまり変わらないって話。でも、やっぱり私やテマちゃんをケガさせそうになったのが響いてるみたいでさ。」
「それに加えて、アリスさん自身の覚えのないところで、というのも大きいでしょうね。それが外的要因によるものであっても、自分が突然そうなってしまう可能性、というのは怖い事でしょう」
自分が自分で無くなってしまうという感覚は、自身の出自がはっきりしていない彼女にとって、かなりの不安要因である、のかもしれない。実際のところ今の私の立場も、自身の出自については彼女と似たような物だ。自身の自認が、過去の自分と連続していない。
「……まあ、そうよね。見るからに良い子だったし、未遂だったとしても、落ち込んじゃうかも」
「うーん……手前はあまり共感は出来ないですが、アリスちゃんが落ち込んでいるのは、何だか胸が痛む気もしますねぇ」
彼女の出自を知らない当事者の二人も、彼女には同情的な立場だった。
「ちなみに、マキさんはどういってましたか? 多少でも怒ったり、怖がったりしていましたか?」
才羽モモイに尋ねる。彼女の怪我の容態も理解していたので、その辺りも知っているだろう。
「ううん。寧ろ、ちょっと落ち込んでたかも。自分たちが誘ったことでアリスを傷つけちゃったのかなって言ってたよ」
それは違うよ、って言っといたけどね。と補足して、彼女が回答する。今回何かしらの被害を受けた、あるいは受けそうになった人物は全員、天童アリスへ含むところが無い、ということだ。
「そうですか。そういう事であれば、テマさんとクルミさんで、もう一度ミレニアムに訪問するのが早そうですね。このままでお互いに気まずくなるのは余りに勿体ないと思いませんか?」
そして、私は私の目的を果たすために3人に提案した。才羽モモイが来たことも、テマと高倉クルミが天童アリスに同情的なことも、私の目的にとっては都合の良い事だった。
「手前は全然構いませんよぉ! 結局見学も中途半端になってしまいましたし、またミレニアムへは行きたいです」
「私も当然問題ないわよ。でも、そうなるとまた調整が必要なんじゃないの?」
「だったら、ヴェリタスにお願いして入校許可証出してもらう!?」
3人にも異論は無いようだ。
「いえ、モモイさん。その必要はありませんよ。実は、明日の分のお二人の入校許可証は既に入手しています。という訳で、早速明日、ミレニアムに訪問しましょう」
「本当ですかぁ!? 手前様、やるときはやるんですねぇ!!」
「流石先生だね! そこまで読んでたんだ!?」
テマと才羽モモイが手を合わせて喜ぶ。ただ一人、高倉クルミだけは
「……まあ、異論は無いけど、準備が良すぎない?」
と、訝しむような表情でこちらを見てきた。とはいえ、ありがたいことにこれ以上追及するつもりも無さそうだ。
事件があって二日後の再訪問は、こうして決まったのだった。