ミレニアム校舎から逃げるように車を走らせながら、耳から聞こえて来ていたゲーム開発部の部室前の状況を整理する。私たちが非常階段を降りてすぐからだ。
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『おい、どうするんだよ? 追いかけるのか? 強引に抜けるのも戻るのもちょっと骨が折れるぜ?』
美甘ネルが、調月リオに尋ねる声。
『……その必要性はないわ。戻りましょう、ネル』
『あん? いや、お前が良いって言うなら良いけどさ……』
調月リオが踵を返し、歩き始めたのを音から察することが出来た。
『あ、アリスのことは諦めてくれたってこと?』
『そういう訳では無いわ。ただ、追いかけても意味が無いからそうしない、というだけの話』
才羽モモイの声も入ってくるが、足音が続く。
『会長! またどこかへ行くんですか? 何でいつもそうなんですか? 私、リオ先輩に話したいことが沢山あるんです!』
早瀬ユウカの声が聞こえ、調月リオの足音が止まった。
『ごめんなさい、ユウカ。このことが終わったら、ゆっくり話しましょう』
そして、彼女の言葉が聞こえ、彼女と、そして美甘ネル。2人の足音だけがその後に続いた。
暫くの間、2人の足音が続く。階段を降り、外に出ている、というところだろう。
『ホントにあれで良かったのか? あれじゃお前の印象悪くなっただけだろ? 先生もあのチビにも逃げられちまったし』
美甘ネルの尋ねる声。
『私の印象が悪くなることは承知の上よ。私の、いえ、私たちの目的を果たすために必要な事だからやったのだもの』
『それで失敗しちゃ世話無くねえか……? ん? 私たち? あたしのこと言ってるわけじゃないよな…… おい、まさか』
『ええ。この件は先生が提案し、先生とヒマリと私の3人で計画したことよ。これから、ある場所で合流する予定よ』
『はぁぁぁっ!? そんなこと……おい、最初から言っとけよ!?』
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調月リオが声色を変えずに美甘ネルに情報を明かしたところまでを確認し、通話を切る。目的地へと到着するまで、こちらの会話に集中するためだ。
後部座席に座っている天童アリスは、これまで一言も言葉を発していなかった。
しかし私には、彼女と話す必要があったのだ。
「さて、少しお話しましょうか。まず、そもそものことですが……
「……どうして、そんなことを聞くのですか?」
彼女は私の質問に、文面だけ見れば当然の返事を返した。しかし、いつもの天童アリスを知っている者からすれば驚くほどに、感情に動きが無い回答であり、それは殆ど私の質問への答えでもあった。
「……今まで、いくつか思い当たる点はありました。最初は、そうですね、廃墟で、工場のAIが『覚えていますか?』と尋ねて来たことです。当時は、アリスさんへの問いかけかと思いましたが」
あの時、私も、そして天童アリス自身もそう思い、回答に窮していた。しかし、恐らくあれは……
「しかし一昨日、同じ内容の文面が私に届いた時、同じ人物が私に対してメッセージを送ってきている、ということを確信しました。そのほかにもいくつか示唆的なことはありましたが、今まさにアリスさんを動かしている別の存在がいる、ということを確信したのは、つい先ほどのことですが。『アリスは魔王ではない』という発言は、あの場でアリスさんが言う台詞としては余りに違和感がありましたから」
私が説明を終えると、ミラー越しに見える天童アリスは、暫くの間、黙ってうつむいていたが、やおらに顔を上げた。それは天童アリスの表情としては見たことの無い、怒っているような表情で
「相変わらず、自分のこと以外では随分察しが良いのですね、あなたは」
と、天童アリスの声で、そう言った。
「……」
咄嗟に言葉が出てこなかった。実際にそうであるだろうと予想はしていても、実際にそうだったときに何と声を掛けていいものだろうか。この人物は、天童アリスではなく、そして私のことを知っていた。
「……何とか、言ってください。私の事を覚えていないことは理解しています。それでも、私にとっては久しぶりにあなたとお話が出来ているのですから」
しかし。私が黙っているのを見て不安そうな表情に変わる彼女を見て、私は「彼女が敵ではない」ということを理解した。それが全く理に適っていないと、分かっていながら。
「すみません。少し、驚いていました。それで……そうですね。何から話しましょうか。……まず、あなたのことを何と呼べば?」
私が言葉を選んで尋ねると、彼女は天童アリスの天真爛漫な笑みとは異なる微笑みを浮かべ
「そうですね。あなたが決めてください……と言いたいところですが、
と、言った。
──
「では、ケイさんとお呼びしましょう。……色々と聞きたいことはあるのですが、あなたの目的、などは後にしましょうか。どちらかというと、私はあなたが何を知っているのか、という点に興味があります」
複数の名前を名乗った彼女に、便宜的に名前を選んで話しかける。
「そうですね。全てを明かすことは難しいですが、話せる範囲でお話しますよ。それが、私に与えられた役割ですから。何が聞きたいですか?」
ケイは私に聞き返す。何から聞くべきか。そんなことは勿論、決まっていた。
「では、ありがたく。ケイさん、確認です。あなたは過去の……この世界を複数回繰り返して経験している、ということでよろしいでしょうか。それも、鮮明な記憶を持ったまま」
根本的な部分だ。私のことを知っている、というだけでは彼女の行動を語ることは出来ない。彼女は何かを知っていて、そのために行動しているように思えていた。
「……はい。もっとも、私自身がループしている、というよりは、未来からの情報同期を、この私が受け取った、というのが正しいでしょうか。今廃虚と呼ばれている施設が、本来の役割を失ってから暫くのことですから、少なくとも100年以上は前のことですね」
ケイは俄かには信じがたいことを淡々と語る。
「それからすぐ後に、もう一度同期がありました。全く別の記憶だったので、暫く混乱していましたが、考える時間は十分にありましたからね。私に存在する3つの記憶は、それぞれ別の世界の記憶だろうと結論付けました」
彼女の話は予想していたよりもやや複雑で、そして説得力のある実感のこもった話しぶりだ。私は口を挟むことなく、続きを待つ。
「この世界の他に、モモイが私にケイ、と名付けた世界と、あなたが……いえ、もうあなたと彼を同一視するのはやめましょう。きっと、あなたにとって迷惑ですから。あの人が私をKEYと呼んだ世界が存在している、という事です」
「成程……。ある程度推測はしていましたが、ケイさんが二つともについて認識がある、とまでは思っていませんでした」
私が彼女にそういうと、また小さく微笑んだ。
「それで、3つの世界の記録が統合されて、結果として今の私の人格になりました。ベースはどれも同じようなものなので、そんなに苦労がありませんでしたが、基本となったのはKEYの方、と言うべきでしょうか。それは……」
ケイは、そこまで話して、口を止めた。思い悩むような、何かを確認するような、あるいは誰かを悼むような、そのような表情で額を押さえて、それからまた口を開く。
「つまり、私をケイと呼ぶ世界の人格は……
彼女の言っているのは、私がB世界と名付けた、つまりあの『先生』が存在している世界のことだろう。彼の影響は多大で、それだけにその記憶を持っている人物からすると、この世界は耐え難いものなのだろう。
「それから、何年もかけて、ずっと、準備していました。殆どの動力源を失っていた私は、僅かな力で細々と、準備をしてきました」
「……」
目的地はまだだったが、一度車を停車させ。振り向く。鏡越しに聞くのは、失礼に当たるとおもってしまったのだ。
「一人で、頑張ったんです。先生。……やっと……お話できましたね」
そうして彼女の言葉と、感情を受け取ったにもかかわらず、私の口からは、何も出てこなかった。