停止した車内で、私が二の句を継げられずにいると、ケイは面白い物を見た、というような表情で笑った。
「さあ、もっとお話ししましょう。漸く巡ってきたチャンスなのですから」
そして、それについて説明することはせず、私の話を促した。私は視線を前に戻し、車を発進させつつ、話を再開させることにした。
「……そうですね。では、別の話を、ケイさん。そうですね、アリスさんは今、どうされているのですか? アリスさんは少なくとも、アリスさんの存在を認知してはいるのでしょうが」
そうでなければ、『
「アリスとは、昨夜話しました。一昨日初めて接触してから、ずっとユウカやユズと一緒にいたのでなかなか話す機会が無かったのですが。夜、皆が寝静まった後に二人きりで話しました。別に口頭で話をしたわけではないので、聞かれる心配があったわけではないんですけどね」
「つまり、その二人に気を遣ったということですか」
「……別にそうは言ってないじゃないですか」
そう言った時、一瞬言葉に詰まっていた彼女は天童アリスと同様に非常に人間らしい様子だった。
「もう、話を続けますね? 今、私がこうやって表に出ているのは、アリスがそれを許可してくれているからです。アリスは今この身体の中で眠っていて……、別に、話を聞いても良いとは言ったのですが……その、アリスも気を遣ってくれたみたいです」
どういったことに対して、というのは聞かない方が良いのだろう。
「ちなみに、その確認はいつ行われたのですか? ゲーム開発部の部室を出た時には、恐らくアリスさんだったのだと思いますが。」
「リオが私たちの前に現れた時からです。とりあえず静観するつもりだったんですが、つい割って入ってしまいました。」
「それは、リオさんの為を思っての事ですか」
私がそう尋ねても、返事は無かった。バックミラーを確認すると、こちらを睨んでいる彼女の姿が映っていた。どうやらこの質問も誤りだったらしい。
「……話は変わりますが、一昨日の出来事に関しても、ケイさんの意志だった、ということで良いのですか。」
「はい」
この質問に対しては、彼女は即答した。
「一応、大きな怪我はしないように気を付けていたのですが、マキと、それからあの子には悪いことをしてしまいましたね。久しぶりに体を動かしたので加減が難しかったのと、それから、あの子のことは……」
「……テマさんの件については、事故だったと思うしかないでしょう。マキさんについては、後から正式に謝った方が良いと思いますが。それはそれとして、あれらの機械がケイさんの制御下にあるのであれば、基本的には問題ありません」
一番の問題は、あの現象が天童アリスの影響によるものでも、ケイの影響によるものでもない場合だった。何かしらの思惑があったとしても、彼女の意志でやったのであれば、最悪とは言えないだろう。
「ですが、何故
「……もし、あなたが何も気づいていなくても、リオに危機感をもってもらうこと、それとあなたと接触するためです。あの時の私は、アリスとの交渉がうまく行く保証もありませんでしたし……保険が欲しかったんです、どうしても。だから、その、つまり…………ごめんなさい、全く冷静ではありませんでした。もっとうまいやり方があったはずなのに……」
ケイは、最後まで説明すると、声を落として私に謝った。
「少なくとも、私に謝罪することはありません。一つ言えるとすると、長年待ち続けて来たチャンスが目の前に現れた時、人は冷静でいられないものです」
そういった心の動きを、かつては私も利用してきたものだ。
「……何か含みのある発言ですね。でも、励ましてくれてありがとうございます。……そういえば、あの子のこと、テマ、と呼ばれているんですね。どうして今のあなたたちと一緒にいるのかもよく分かりませんが」
彼女は溜息をついたあと礼を言い、その後、思っていなかった言及をした。しかし、彼女が以前の私のことを知っているのであれば、その過程で、テマのことも知っている可能性も確かに無くは無いことだった。
「彼女と知り合いだったのですか?」
「そうですね。 諸事情によりあまり仲が良好であったとは言い難いですが……そもそも、何故あの子はテマと呼ばれているのですか?」
その辺りの事情について、彼女は知っているわけではないようだった。
「それは、彼女が記憶を失っていたからです。自分の名前すらも。それ故に現状はシャーレで保護しています」
「なるほど。まあ、あの子にとっては、その方が良かったのかもしれませんが……」
「それは、どういう?」
意味深なことを言うケイに尋ねると、彼女は少しの間黙っていたが、
「そのあたりのことについては、私からは言わない方が良い気がします。ですが、これは教えておきますね。あの子の本当の名前は
と、詳細は伏せて、代わりに名前だけを教えてくれた。
「箭吹シュロ……なるほど。ありがとうございます。こちらで調べてみるのにも使えそうです」
思わぬところから重要な情報を得ることが出来た。シュロ……テマ本人にそのことを伝える前に、天地ニヤに情報を共有し、調査を進めてもらうこととするべきだろうか。
――
ケイと話している内に、車は目的地の近くまで到着していた。
「さて、ケイさんの方から、何か私に聞いておきたいことはありますか?」
「そんなの、たくさんあります!」
私が尋ねると、彼女は即答した。
「沢山、ですか」
「そうです。本当に、たくさんあるんです。例えば、今のあなたはどんなことを研究しているのですか、とか、どういった趣味があるのですか、とか」
彼女は怒っているような、焦っているような口調で捲し立てる。その勢いに押された。
「……それが聞きたいというなら、お答えしますが」
「それだけじゃないんです! アリスが加わったとかいう預言者同盟とかいうのも気になりますし、あなたが……ここに来てからのこと、全部、全部知りたいんです」
一つ分かるのは、彼女は本気で、必死である、ということだ。
「……ですが、今は、もう良いです。もうすぐあの場所に着いてしまいますし、一つ聞くと幾つも聞きたくなってしまいますから。また、次の機会に取っておきます」
彼女は、しかしそう言って、満足そうに話を終わらせた。
「……よろしいのですか?」
「はい。 ……あ」
私が確認すると、彼女はすぐに肯定した後、何かを思い出したかのように一言漏らした。
「何かありましたか?」
「い、いえ! ……やっぱり、一つだけ、良いですか?」
先ほど自分の言った事を翻すことを後ろめたがっているようで、弱弱しく彼女は尋ねる。
「もちろんです」
「……先ほどの『預言者同盟』の話なのですが、そのメンバーに
聞かれた内容は、予想した内容のどれとも異なっていた。
「ええ、本当です。次の会合の際には是非ケイさんのことも紹介したいところですが……」
「ま、まあそれは機会があれば…… って、そうじゃなくて、やっぱりいるんですね!? どうしてですか!? アリスに聞いても、要領を得なかったんです!」
そして、彼女がこの剣幕になる意味もよく分からなかった。何か嫌な予感を抱えながら、しかし何でも聞いて良いと言った手前、正直に答えるしか選択肢は無かった。
「そうですね……つまり、ケイさんと似たようなことです。彼女も、私のことを覚えていたのです。恐らくは、ケイさんの知っている別の私に近い人物のことだと思いますが……」
「……はぁぁぁ」
私が答えると、ケイは大きなため息を吐いた。そして、
「
と、何故か恨みがましいようにそう言った。そして私はそれに答えることは出来ず、ただ
「……さて、ここですね。目的地に着きましたよ」
と、話を変えるしかなかった。
「……そうですね。あまり、いい思い出ばかりではありませんが」
ケイも気を取り直したようで、窓の外を見上げてそう言った。
彼女がここにどのような思い出があるのかは知らなかったが、恐らく何かしらの縁がある場所
だったのだろう。
我々は調月リオが密かに建築していた要塞都市、『