小鳥遊ホシノがいないという情報の他にも、複数の生徒たちから様々な連絡が来ていた。
理事の部隊が襲撃してきたという報告や、戦況が優勢に進んでいること、元理事の姿は見えないこと。そして、小鳥遊ホシノのことをよろしく頼む、という内容。
戦況については、概ね予想通りで、トリニティからも砲兵隊が演習という名目で支援を行ってくれているようだ。
そういうことであれば、こちらとしても任された任務を全うするべきだろう。小鳥遊ホシノの行先には心当たりがあった。
予想通り、カイザーPMC基地内の実験施設に小鳥遊ホシノは向かっているらしい。遠くから確認したところ、カイザーPMC基地は混乱に陥っている様子だった。
入口周辺で戦闘が行われた形跡があり、外からでも慌ただしくしているのが確認できた。もちろん正面から入るような真似はせず、近くに唯一存在する廃墟のような建物へ入る。
何故基地の近くに廃墟が1軒だけ残されているのか。この廃墟に偽装された建物は、基地からの非常脱出口になっており、それは基地内の実験施設のある建物の地下に繋がっている。
「何で先生がそんなこと知ってるの?」
鬼方カヨコが訝しげにこちらに当然の疑問を投げかける。
「情報提供者がいまして」
「ふーん。そもそもホシノがここにいるってどうやって分かったのかも知らないけど……まあいいか」
ありがたいことに彼女はそれ以上追及することは控えてくれたようだ。
「さて……では、カヨコさんはこちらで待っていてください。ここからは私一人で行きます」
「は? どうして? 私、護衛なんだけど。これ、基地に繋がってるんでしょ? 危ないってわかってるよね?」
珍しく焦った表情で詰め寄る彼女に、どう言い訳をするか考える。
「大丈夫ですよ。想像通りであれば、今から向かう先にカイザーの兵士はいないはずです」
「だとしても、私が先生から離れる理由にならないでしょ」
「……カヨコさんには、ここで外を見張っておくという役割をしていただきたいのです」
私がそういうと鬼方カヨコは暫く私を睨んだ後、
「……分かった。でも、戻ってくるのが遅かったら追いかけるから」
そう言って諦めてくれた。
一人になり、脱出経路を逆走しながら歩いている間、私は考えていた。何故自分が、一人で小鳥遊ホシノに向き合うことに拘ったのか。いつもの『使命感』が働いたのだろうか。そんな気にもなったが、よくわからない。
ただ、そうしなければならないと思ったのは事実だ。例えば『先生』が私の立場だったとして、この場で一人で向き合う事を求めるだろうか。それは理屈が通らない。そもそも理屈が通る存在ではないが、どうしてもそう思ってしまう。
実験施設の非常口の扉。この経路の終着点が見えてきたころ、私に一つの考えよぎった。以前の時間軸で小鳥遊ホシノに取引を持ち掛け、虜囚の身としたのは私だ。つまり私のこの考えは、私自身の
私がそのような考えになることはあり得ないと切り捨てようとしたが、扉を開ける時になってもその考えは消えなかった。
非常口のすぐ隣にある実験室、その扉は開かれていた。そしてやはり、そこには小鳥遊ホシノがいた。以前の時間軸で彼女がそうであったような縛られた状態でなく、昨日の空き教室と同じように立ち尽くしていた。制服であった昨日とは違い、戦闘を前提とした姿になっていたのが異なるが。
背後に誰かいることに気付き、彼女が振り向く。
「誰? ……あれ、先生? ……見つかっちゃったかー」
小鳥遊ホシノは昨日とは違い、どこか振り切ったような、落ち着いた様子だった。
「ごめんね。先生、みんなに心配かけちゃったよね。緊急事態だって分かってたんだけど……どうしても気になって」
私がかける言葉に悩んでいると、小鳥遊ホシノは続けてそう口にした。
「メール、ですか? ホシノさんにも届いていた?」
「私『にも』? 先生にも来てたんだね、あの変なメール。うん、実は3回目なんだー」
やはり、私に届いたメールと同様のものが彼女にも届いていたらしい。それも3度も
「昨日と、今日以外にもあるのですか?」
「うん、実は私が先生に会いに行ったとき、あったでしょ。ゲヘナの風行委員の子たちが来た日、その前の日にも来てたんだ。変な場所へ行くように指示するメール。それで、行ったら知らない記憶が頭の中に現れる」
「ああ、成程」
思い返せば、小鳥遊ホシノが妙な言動をしていたのはあの時が最初だったかもしれない。
「1回目はよく分からなくて、ただ何となく先生と前から知り合いだったかのような感覚になっただけだったんだけど、2回目は酷くて、私が別の先生と話してたり、先生のことを黒服と呼んで、嫌っていた記憶。それでそのすぐあとに先生が来たから、どっちが本当の記憶か分からなくて、混乱しちゃったんだ」
「昨日のことはそういうことだったんですね。何となく、分かりました」
私がそういうと、小鳥遊ホシノは少し申し訳なさそうに笑った。
「うん。ごめんね。それで昨日は、あれからずっとモヤモヤしてたんだけど、またメールが来て……また同じようになったらって怖くもあったんだけど、我慢できなくて」
「それで一人でカイザーの基地に押しかけた、と。私が言うのも何ですが危ないですよ」
小鳥遊ホシノの強さは知ってはいるものの、つい口に出してしまう。
「うへ、本当に先生には言われたくないかも。……うん、それでここにたどり着いたら、今まで一番鮮明な記憶を思い出したの。私が取引を飲んでこの場所で捕まってて、後悔しているところにみんなが助けに来てくれる、そんな記憶を」
「私は別の人を先生と呼んでいて、私と取引したのが、私が黒服、と呼んでいた人、見た目は今の先生だったけど」
「そうでしょうね」
「うん。やっぱり先生もそんな感じの体験をしたんだね。それで、はっきりと思い出した記憶について、改めて考えてるところで、先生が現れたってところだね」
そういって小鳥遊ホシノは微笑む。そこまで思い出していて、私に対し、憎しみや敵対心といったものは今は感じない。何故だろうか。
「それで、私に対して思うところはないのですか?」
「うーん? 全然ないんだよねそれが。 だって、私にとって先生は、アビドスの支援にかけつけてくれて、良い提案をしてくれて、セリカちゃんを助けてくれて、私たちのことを考えてくれる人だもん。確かに悪い大人っていうのは、ちょっと否定できないところはあるけど」
小鳥遊ホシノは心からそう思っているかのように言う。
「しかし、ホシノさん。貴女がみた記憶というのは間違いでは……」
小鳥遊ホシノの言っていることに対し、私はつい反論しそうになる。しかし、彼女に遮られてしまう。
「もしかしたら、本当のことなのかも。私が思い出した記憶を先生も見たのなら、そういう世界が本当にあって、私と先生は敵対していたのかもしれない。でも、それは私自身のことじゃないって、そう思えたから、良いんだ」
「……そうですか」
小鳥遊ホシノにとってはそうかもしれないが、私にとっては自分自身のことであり、納得は出来ない。しかし、それは私が気にするべき問題であり、私は彼女の発言を否定することもまた出来なかった。
「ホシノさんがそうおっしゃるのであれば、そういうことにしましょう」
「うんうん、理解ある大人って格好いいよー」
そう言って、小鳥遊ホシノは年相応の笑顔を見せた。
──
そのすぐ後実験室のそとへ近づいてくる足音が聞こえてきた。小鳥遊ホシノもそれに気づき、外に目を向ける。現れる人物は、彼女だろう。
「先生、大丈夫? ちょっと、不味いことになった」
案の定、息を切らした鬼方カヨコが室内に飛び込んできた。
「あれ、カヨコちゃん? 一緒に来てたんだ」
「ええ、護衛を買って出てくれまして」
「うへー、ありがとカヨコちゃん」
鬼方カヨコが息を整え、再び話す。
「ちゃんとホシノと会えたんだ。良かった。でも、少しヤバいよ。こっちの出口が塞がれた。姿は見られてないと思うけど、いきなり建物が爆破されて、慌ててこっちの通路に抜けてきたんだけど、多分、最低でもホシノがここにいることはバレてる。多分、先生も」
「こっちの出口?」
「ええ、この建物から直接外の出口に繋がる非常口があったのですが、残念ながら使えなくなったようです」
私がそういうと、小鳥遊ホシノはわざとらしく驚いたように手を口に当てる。
「ええ! それは大変だ」
「ホシノ?」
演技がかった様子に鬼方カヨコも不思議そうにしているが、
「じゃあ……正面から出てかなきゃだね」
そう言って、小鳥遊ホシノは不敵に笑った。|
22時と23時にも投稿します。