2人で車を降り、以前と同じように無機質なロボットによって案内されたエリドゥの中の建物の一室。
しかし、そこで私たちを迎えたのは調月リオではなかった。最も、彼女を置いて車で移動してきているのでそれは当然であったが。
「お待ちしていましたよ。先生、それから、あなたはアリス……ではないのでしょうかね。いずれにせよ、直接話すのは初めてのことですね」
「ヒマリ……」
現れたその人物を見て、ケイが呟く。やや感極まっていると思えるのは気のせいだろうか。
「はい。誰もが認めるミレニアム最高の天才清楚系病弱美少女ハッカー、明星ヒマリです。私のことを知っているんですね。できればあなたのことも教えて欲しいところですが……」
明星ヒマリは、今声を漏らしたのが誰で、何故自分のことを知っているかということを少しも気にしていないような笑みで、ケイに話しかけた。
「……そうですね。いえ、私はあなたのことを知っているわけではありません。ただ、昔、
私に対して二通りの名前を提案した彼女は、明星ヒマリに対しては、ケイ、と名乗った。そこには何か意味があるのだろうか。
「成程、そうなのですね。では、よろしくお願いします、ケイさん」
一方の明星ヒマリは、ケイが自分の状況を説明しながら自己紹介をしたことに、とてもうれしそうな表情をしていた。それを見て気まずくなったのか、ケイが誤魔化すように口を開いた。
「あ、そ、そうです。アリスにも会ってもらった方が良いですよね、ちょっと待ってください」
そしてそう言って、暫く目を閉じる。そして、もう一度目を開いた時、彼女が天童アリスに戻っていたことはすぐに分かった。
「あ…… えーと、お、おはようございます!? えーと、アリスは……」
どうやら、ケイに無理矢理起こされた上に殆ど説明も受けずに主導権を渡されてしまったようだ。
「ふふ、本当に別人なんですね。一目でわかります。初めまして、アリス。ミレニアムの超天才清楚系病弱美少女ハッカーの明星ヒマリです」
2回目だから
「は、はい! アリスは、ゲーム開発部の天童アリスです。ヒマリのことは知ってます。マキやハレが裏ボスだって言ってました」
恐らく、それはなんにでもゲームで例える彼女に合わせて呼んだものだろうが、言われた本人は
「裏ボス……せめてフィクサーとかになりませんでしょうか」
と首をかしげていた。
「ところで、いま、ケイさんはこの話を聞かれているのですか?」
先ほどケイが表に出ていた時は、「アリスは気を遣って寝ている」と言っていたが。
実際のところ、中の人格は外の状態を分かるものなのか、そして、それは外の人格でも知覚できるものなのだろうか。
「はい、聞いています! いま、この状態のアリスとケイは一心同体です。アリスが見て、聞いて、触って感じたことは、ケイも同じように感じています。ですが……」
そう言って天童アリスは目を閉じた。そして再び目を開く。
「……このように、ケイとしての人格が表出するには、アリスが自分の意志で決定する必要があります。私ではなくアリスに決定権があるということです。そして、今アリスは一心同体、と言いましたが、実際のところは二心同体というべき状態です。確かに見聞きした者を知覚できますが、それをどう感じるかはそれぞれ異なるからです」
「挨拶は終わったから、まだしばらく私が話していて良い、ということみたいです……別に、気を遣ってもらう必要はないのに……」
彼女はそう言って不服そうな表情を浮かべている。明星ヒマリが耐え切れないというように吹き出した。
「可愛らしい
睨んでいるケイに、彼女はそう言う。それはどちらが姉だと想定しての発言だろうか。と、取り留めもない考えに至った時、
「姉妹なんかではありません! アリスは私の……」
ケイが、咄嗟に反論をしかけ、しかし最後まで言い切ることが出来なかった。明星ヒマリは目を丸くしている。
先程は友人だと言っていたはずだが、やはり様々に複雑な思いを抱えているのだろう。とくに、この世界と別の二つの世界、合計三つの世界の記憶を持つ彼女は、それぞれの世界で全く別の関わり合い方をしていたはずだ。
「ヒマリさんは、姉妹に見えるほど仲が良い、と言いたかっただけでしょう。それに、お二人の関係は独特で、すぐに答えの出るようなものではないかもしれませんね」
事情を知っている私が、それとなく話を畳ませる方向に舵を切ることにした。あまり彼女を混乱させても良くないだろう。
「その通りですね。気に障ったなら申し訳ありません」
明星ヒマリも素早く切り替えて、謝罪を一言入れる。
「い、いえ。 ヒマリに謝ってもらうようなことでは。私がむきになっただけで……そうですね、『先生』の言う通りです。焦りすぎていました、ごめんなさい」
ケイも頭を下げる。どうやら、この場は落ち着いたようだ。
──
「ところで、今日はエイミはいないのですか?」
暫くの雑談の後、ケイが明星ヒマリに尋ねた。
「あら、あの子のことも知っていたんですね。今日は『
そして彼女が意味深な返事をした時、この部屋唯一の扉が開く。
「おいおい、マジでいやがるよ、2人とも……今頃あのチビどもが大騒ぎしてるんじゃねえか?」
「あのチビ、って誰のことを言っているのかしら。どの子もあまりあなたと変わらない身長だった気がするのだけれど」
「だからうっせぇよ!?」
そして、何故か喧嘩をしながら調月リオと美甘ネルが室内に入ってきた。
「先ほどぶりですね、2人とも。特にリオさん。私との約束を守り、事前に連絡を入れて下さり、ありがとうございました。おかげで、こうして穏便に集まることが出来ました」
天童アリスに関して緊急事態に陥った時には、直接手段に出る場合に必ずこちらに連絡するようにと彼女には言っておいたが、今回彼女はそれを遵守した。結果として、こちらにとって完璧なタイミングで合流することが出来たのだ。
「穏便ってあんた……はっ、悪い奴だな、あんたも」
私の本心からの言葉に、美甘ネルが何かもの言いたげな表情でこちらを見た後、鼻で笑った。
「ええ、本当に悪い人なんです、この人は」
そしてケイが何故かそれに同調した。それは私のことを言っているのか、それとも私の知らない誰かのことを指しているのは分からなかったが、一つ分かるのは、それに込められている物は決して負の感情ではない、ということだ。
「……え? ちょ、ちょっと待ってください」
そして、その直後、何故か慌てだしたケイが瞬きをする。そして、
「そんなことはありません! アリスは、先生はとってもいい人だと知っています!」
とネルに対して憤慨した様子でそう言った。
「はあ? 何1人で騒いでやがんだこいつは?」
美甘ネルが訳が分からないとばかりにそう言う。そして、その様子には調月リオも目を見張っていた。
先ほどの器用に人格を入れ替える様子を見ている私や明星ヒマリはともかく、説明も無しに今の言動をされると、支離滅裂な言動に見えるだろうし、すぐには「二つの人格が瞬時に入れ替わっている」とは思えないだろう。
そして、天童アリスが再びはっとした表情となりまた目を瞑った。
「……混乱させてしまい、申し訳ありません。アリスがつい言ってみたくなったみたいです」
再びケイに戻った彼女が、改めて説明を行うが、少なくとも美甘ネルにとって彼女は天童アリスその者であり、調月リオにとって、彼女が最も危惧している存在がケイであろうことから、2人の視線がますます厳しい物になった。
場の進行が危ぶまれたとき、手を打つ音が一つ聞こえた。明星ヒマリからのものだろう。
「はい、このまま見ていても面白そうですが、まずは改めて、自己紹介から始めませんか? せっかくこうして集まっているのですし」
彼女の鶴の一声で、改めて、会合の場が始まった。