「さてこれは、私から、ということで良いんでしょうか。私のことはケイ、と呼んでください。『天童ケイ』、だとか、『KEY』だとか、呼び名は他にもいろいろありますが、先生がそう呼んでくれたので、それに倣ってケイ、だけで大丈夫です。」
注目を集める中、ケイが少し畏まって自己紹介をした。私が呼んだからその名前だ、と言われると、突然責任を押し付けられたような感覚を覚える。
「……それで、あなたは何者なのかしら? 場合によっては――」
調月リオが、彼女にしてはやや前のめりに質問する。やはり、一昨日の事件以降、ずっと気を張り詰めていたのだろう。私は首謀者のことを『
「リオ、そうせっつかなくても大丈夫です。リオが今考えている存在そのものが私ですから……とは言え、今の私はアリスが王女としての役割を果たすことを重要視していません。アリスがアリスでいることを望み続ける限りは、私はそれを応援するつもりです」
ケイは、そんな調月リオの様子を、懐かしいような目で見た後、今の自分の立場を端的に表明した。
「それをどうやって信じれば良いと言うの? あなたが得体の知れない存在の被造物であること自体は事実。二日前の出来事ではけが人も出ている。正直に受け取れ、と言われても難しいわ。」
調月リオはそれに対しこう答えた。彼女の立場、意見は一概に頑固、強硬とは言えないものだ。キヴォトスにおいても、天童アリスとケイの存在が十分に異常であること事態は疑いのないことなのだから。
明星ヒマリが何か言いかけたが、ケイが再び口を開くのを見て、思いとどまったようだ。彼女は調月リオに対するときのみ、言い方が厳しくなる傾向があるので、それは都合が良かった。
「マキには、もう一度謝罪しに行きます。それと、私のことを信じろ、というつもりはありません。ただ私は、リオにもアリスが……ただ
口を開いたケイは、そしてそういった後頭を下げた。
明星ヒマリと、そして黙って聞いていた美甘ネルの非難するような視線が調月リオに突き刺さる。
ケイの誠意は恐らく伝わっていて、その調月リオ本人も気まずそうな表情をしているが、それでも彼女にはすぐに意見を変えることは難しいようだった。
感情面はともかく、現実的な観点からすると、彼女の懸念自体は理解できる。感情的な説得でなく、理屈面で彼女に何か話すことが出来ないか。そう思い、口を開く。
「実際問題として、
そもそも、彼女がその気になった場合、ミレニアムが一丸となったとして止められるかは怪しいのだ。そうなる前に天童アリスをどうにかする、という方策ももはや不可能。彼女が友好的な振る舞いをしている以上、それに乗る以外の選択肢があるようには思えなかった。
ケイがこちらを睨んでいるように見えたが、一応私の意図も理解してはいるのだろう。特に何も言ってくることは無かった。
「…………確かに、先生の言うことも一理あるかもしれないわね。ミレニアムや、先生の目の届く範囲内で行動してもらえるのであれば、今はこれ以上こちらから何かを要求しないことにするわ」
調月リオは暫く考えていたが、結局他の選択肢が思いつかなかったようで、判断を保留することに同意した。
「はい、今はそれで問題ありません。私たちは、知り合ったばかりなのですから」
そしてケイは、その回答に満足したように頷いた。関係は、これから作っていけばいい、そう言いたいのかもしれない。
――
「それで? そこの
調月リオの基本方針が決まったところで、美甘ネルが口を開いた。先程の通話内容を思い出すと、彼女は調月リオからも何も聞いていなかったようだ。
「私も
様々な可能性を考慮して、この場を用意することにしたのではあったが、彼女が
「いきなり何ですか、私が何か言えば良いんですか?」
それをどう受け取ったのか、彼女が口を開いた。
「いえ、そう言うつもりだったわけでは……いえ、そうですね、折角ですケイさん。あなた自身には、何かやりたいことはないのですか?」
それに訂正しようとして、思いなおす。彼女に何かやりたいことがあるのであれば、それをすればいい、と思った。
「それは興味がありますね。ケイさんは先ほどから、アリスのことばかりを話していて、自分の希望については聞かせてくれていませんから」
私の発言に、明星ヒマリが同調する。
「いえ、私は……あ。ちょ、ちょっと待ってください!?」
ケイは、それを否定するようなことを言いかけた後、そう言って目を閉じた。話を聞いていた天童アリスに何かを言われているのだろう。
「……ふぅ……ああ、もう、分かりましたよ。確かに、私にもやりたいことはいくつもあります。ですがそれは、アリスの体を奪ってまでやりたいことではないんです。ですから、その話は私自身の体を手に入れる目算が立ってから、ということで良いですか?」
何かしらの話がついたのか、戻ってきたケイは、何故か私たちに同意を求めた。これを否定する必要は特にない。身体を手に入れる算段、というのがやや気になったが。
「それは別に良いのですが、となると、特に今すぐ話す必要のあることは無くなってしまいましたね」
個人的に彼女に聞きたいことは多くあったが、それはこの場でなくても良いだろう。
「結局、何も考えていないってことかよ? んじゃ、とりあえず駄弁るか? 茶でも淹れてやるよ。おい、リオ。キッチンはどこにある? まさかこんな広い場所で無いとはいわねぇよなぁ?」
そして、何故か嬉しそうに美甘ネルが立ち上がり、調月リオに問いかけた。問いかける、というより言いがかりをつけているような物言いだったが。
「簡易的なものはあるけれど……話は終わったのだから、解散でもよかったんじゃないかしら」
調月リオが返事をする。最後に付け加えられたそれは、暗に帰れと言っている、
「またあなたは水を差すような事を。これだから……」
「はいはい、ヒマリもいちいちトゲトゲしいぞ? それに淋しいこと言うなよ、リオ? 偶には良いだろ? ダチ同士でこういうのもさ。」
明星ヒマリが何か言おうとしたところを美甘ネルが止める。その様子は初めて見るにもかかわらず、妙にこなれており、彼女達の過去からの繋がりが感じられるものだった。
「ケイって言ったっけ? あんたも、良いだろ、その位は」
リオに続いて部屋を出るために立ち上がった美甘ネルが、ケイを見てそう尋ねる。
「……そうですね。そういうことであれば、きっとアリスも一緒に楽しめると思います」
ケイがそう言って、頷くと、美甘ネルは満足げに笑って部屋を出ていった。
――
2人が出ていった部屋の中で、明星ヒマリがおもむろにいくつかの機材を取り出して、室内にあるモニターにつなげ始めた。家主の許可を取っていないような気がするが、問題ないのだろうか。
「何をしているんですか、ヒマリ……」
ケイが訝し気に尋ねる。
「いえ、ちょっと。お茶会の時の話のタネになるかと思いまして」
そう返事をした彼女は、悪戯を思いついた少女のような笑みを浮かべていた。