明星ヒマリが室内のモニタに勝手に触り始めてから暫くして、再びこの部屋の扉が開く。
調月リオと美甘ネルが戻ってきたのかと思ったが、入ってきたのは別の人物だった。
「
そして、その人物が何か言う前に、明星ヒマリが手招きをした。入ってきたのはミレニアム、エンジニア部の部長である白石ウタハだった。彼女もまた、マイスターとしての観点から意見を聞く可能性を考え、呼ばれていた者だった。
「久しぶりに会ったと思ったらいきなり雑用かい? ヒマリ。まあ、別に構わないのだけどね」
彼女はそう言って明星ヒマリの近くまで行き、車椅子では手の届かない場所にある配線を手際よくやってのけた。
「さて、先生も。久しぶりだね。それから……君は初めまして、になるのかな?
そして、明星ヒマリからの頼み事を終えた彼女はこちらを向き、そう言った。
「……リオかヒマリから、話を聞いていたんですか?」
ケイが、驚いた表情で白石ウタハに尋ねる。彼女は首を振った。
「いや、特に何も聞かされていないけど、何となくだよ。こちらを見る君の雰囲気がアリスっぽくなかったから、
優れた観察力だ。そう思った。彼女と話したことはあまり多くないが、流石はミレニアムの誇るエンジニア部の部長、と言ったところか。
答えを聞いたケイは、数度瞬きをした。そして、満面の笑みを浮かべると白石ウタハへと駆け寄った。
「凄いです! ウタハ! 一目でケイのことが分かったんですね! ケイは新しいアリスの仲間です! とっても頭がよくて、何でも知っている、セージなんです!」
勿論、その変化は彼女が天童アリスに切り替わったからであり、これには白石ウタハも目を丸くさせた。
「……驚いたね。こんなにシームレスに切り替わることができるものなのか。それとアリスは久しぶり、ということもないか。ただ、一昨日は姿を見ることができなかったから少し心配はしていたところだったんだよ」
白石ウタハはしかし、すぐに切り替えて天童アリスに挨拶をした。
「あ……そうでした。ごめんなさい。ウタハが片付けてくれたって聞きました……」
天童アリスが、表情に陰を落とし、謝った。一瞬首を横に振ったのは、もしかしたらケイが、何かを言おうとしたのかもしれない。
「私というか、まあ、エンジニア部の機材だけどね。それに、あんなことはミレニアムでは日常茶飯事さ。そこまで気にすることは無いさ」
白石ウタハはそう言って笑いながら、天童アリスの顔を上げさせる。天童アリスは満面の笑み、とまではいかないがまた笑顔に戻り、それから一度瞬きをした。
「……ありがとうございます。そもそも、あの件は私がやったことです。アリスに謝らせてしまいましたが……ごめんなさい、あの時は私も冷静じゃなかったんです」
「おや、また切り替わったか。うん、私が言いたいことは今言った通りだし、これ以上のことはもう無いよ。それより、君のことは……ケイ、で良いのかな?」
2回目の変化には、白石ウタハは動じることなく返していた。しかし興味深そうにはしているようだ。
「はい、よろしくお願いします。ウタハ」
「こちらこそ、よろしく頼むよ。」
そう言って、白石ウタハは手を差し出した。ケイはおずおずとその手を取る。友好の握手、というものだろうが、きっと彼女はそう言ったものに慣れてはいなかった。
――
「おっ、やっぱウタハが来てたか。多めに用意して来て正解だったな」
部屋に美甘ネルと調月リオが戻ってきた。美甘ネルは白石ウタハが来ていることに疑問を抱く様子は無く、平然と茶会の準備を続けた。調月リオは明星ヒマリが勝手にモニタを使用している様子を一瞥したが、特に何かを指摘することは無かった。
「アスナにも一応声かけたけど、あいつは来るかわかんねーな。ま、来るなら突然現れると思うけど」
「チーちゃんも『暇?』って連絡したら『忙しい』って返ってきましたね」
「そりゃお前、聞き方が悪いんじゃねーか? 一年生の頃からアイツが暇そうにしてるの見たことねーぞ」
更にこの二人は、追加の人員をこの要塞へと案内するつもりだったようだ。
「すっかり同窓会でもやるような雰囲気になっていませんか? 段々肩身が狭くなってきたんですが」
ケイが呆れたようにそう言った。
「そんなことないわ。あなたがいなければここに集まることは無かったもの」
「……」
調月リオが真顔のまま、
恐らく、何か特殊な能力で考えていることに気付かれたのだろう。だとしても怒られる謂れは無かったが。
「……また何か、言ってはいけないことを言ったみたいね。ごめんなさい。」
無言の抗議に気付き、調月リオが困ったような表情になり、ぎこちなく謝った。明星ヒマリが呆れたように溜息をつき、美甘ネルは黙って全員分の煎茶を注いでいた。
「いや、私は良いことを言ったと思うよ。私たちがこうして集まる機会なんて、本当に久しぶりのことだからね。ケイとアリスのお陰だよ」
そして白石ウタハのみが唯一、彼女をフォローした。
「ウタハ……その、あなたも久しぶりね」
「まさしく。君の後輩であるユウカにはしょっちゅうお世話になっているけどね。まあ、こういう機会でもない限り、会ったとしてもゆっくり話すことなどできなかっただろうから、かえって良かったような気もするけれど」
調月リオには理解者が少ないのではないか、という考えはどうやら正しくは無かったようだ。
少なくとも、ここに集まった参加者たちは十分に彼女のことを理解しており、彼女たちなりに長い付き合いを経て今があるのだろう。
――
「おら、茶が入ったぞ。そこのチビも一旦座れや」
「私の身体では無いですが、自分より背の低い存在に言われても気になりませんね」
「ああん? 喧嘩売ってるのか?」
「それはどう考えてもこっちの台詞では……?」
美甘ネルとケイが妙な小競り合いをしているが、本格的な戦闘にならないようであれば問題ないだろう。調月リオも無視することにしたらしい。白石ウタハはその様子を面白そうに眺めている。
そして、何やら作業をしていた明星ヒマリが、モニターを起動させた。彼女は手を叩いて自らに注目を集める。
「とりあえず皆さん。今ミレニアムがどうなっているか見てみませんか? エンジニア部、セミナー、C&Cのそれぞれのリーダー、そしてこのミレニアムの至宝たる明星ヒマリまでもが行方不明の状況な訳ですよね? ちょっとしたパニックになっていてもおかしくありません」
そう言って起動したモニターを指し示す。誰も彼女が至宝であるかどうかの議論はせず、そのモニターを見た。それはミレニアムのどこかを映している監視カメラの映像だった。恐らく調月リオが設置したものを自らの端末でも見れるように弄っていたのだろう。そして、調月リオ自身はそれを黙認していた。
「ウチの生徒たち、そんなに繊細かな? 気づきもしていない生徒が殆どだと思うけど」
白石ウタハが首をひねる。彼女に関しては、ここに来るまでの騒動を見ていないため、楽観的なのだろう。
「まあ、殆どの生徒がそうでしょうね。でも折角ですし、ちょっと見てみましょう」
そういって、明星ヒマリが端末を操作し始める。白石ウタハの言う通り、殆どのカメラはミレニアムの日常そのものを映していた。
「しかしリオ。改めて随分多く設置したね。チーちゃんやヒマリが不安視するのもわかるってものだよ」
「ハッ、あたしはただこいつが臆病で心配性なだけだと知ってるけどな? 確かに多いっちゃ多いが、『監視カメラが設置されてるなんて思ってもないよ!?』みたいなセキュリティ意識の奴、ミレニアムにはいないだろ?」
白石ウタハが呆れて、美甘ネルはそれを笑い飛ばしていた。
「まあ、どうにせよ無駄なことですよ。こんなものあっても、後継者が困るだけでしょう。……あら、本命が動いているみたいですね」
幾つかのカメラを同時に操作していた明星ヒマリが何かを見つけたらしく。一つの固定カメラが表示される。設定が変更され、カメラが拾った音声が聞こえ始める。
『えー!? じゃあ、やっぱり先生、シャーレに戻ってないんだ!?』
『連絡しても返事も全然返ってこないし、心配ね……』
2人の人物、才羽モモイと早瀬ユウカの声が耳に届いた。