「もう少し緊迫した雰囲気かと思いましたが、かなり気が緩んでいるというか、コユキさん誘拐の時よりも緊張感に欠けている気がしますね」
会議室(として利用されている元居た部屋)で、明星ヒマリに話しかける。
「アリスからの暗号文があまりにゲームみたいなので、ゲーマーとしてのスイッチが入ったのかもしれませんが……きっと、ユウカやクルミさんから険が取れているのを何となく察したのかもしれませんね」
明星ヒマリの指摘に納得する。彼女達二人が種明かししたわけでは無いが、これが遊びの一環である、という認識になったことで、緊張感が解れ、それが安心感としてゲーム開発部の生徒たちにも伝わったのかもしれない。
「とはいえ、このエリドゥの建設に関しては、ユウカさんは相当訝しんでいる様子でしたが……」
今度は調月リオの方を見る。目的を考えれば通常の、あるいは特殊な予算から建設費用を賄うことも出来ただろうに、恐らく彼女は『出来るだけ他人を巻き込まない』という思想からこの施設の建設を極秘に行っていたのだろう。
「…………そうね。これが終わったら、説明するわ」
「声が震えてますよ、リオ」
明星ヒマリが揶揄うように言った。彼女はその数少ない知っていた側の人間だろう。
「…………」
調月リオはそれに対し、何も返事をすることが無かった。
「ちなみに、ユウカさんはリオさんがどういうルートで費用を捻出していたか、まで確信していると思いますよ。直接リオさんの事だと聞いたわけではありませんが」
「え?」
以前、早瀬ユウカから聞かれた事を思い出す。複数の『部長会議に出席せず、成果だけ挙げている部活動』についての話だ。
「要するにペーパーカンパニーみたいなものが存在している事を彼女は気づいていた、ということです。実益を出しているので実態は異なりますが」
「……そう、なのね。成程、ユウカがそんなことを言っていたのね」
調月リオはそれを聞いて、驚いたような、それでいてどこか嬉しそうにも見えた。
「不正が暴かれているのに随分嬉しそうですね、まったく」
口調では呆れているように明星ヒマリが言ったが、その彼女もまた、笑みを隠しきれていなかった。
そして、その二人の様子を、天童アリスはどこか不思議そうな表情で見ていた。
今、ここにいるのはこの4人だ。残りの二人、白石ウタハと美甘ネルは既に残りの二つの試練の担当であるため、待機していた。
モニタには彼女達二人の様子と、そして迷宮を攻略しているゲーム開発部チームの様子が映し出されていた。
――
『おぉ? これは何でしょう? 暗号みたいですねぇ?』
テマの困惑したような声をマイクが拾った。
迷宮内のある部屋。カメラには生塩ノア、黒崎コユキ、高倉クルミ、テマの姿が映っていた。
少し前にあった分岐点で、彼女達はいくつかのグループに分かれて先に進むことに決めたようだった。
『そうじゃない? えー……ほら、ここに数字を入力すれば扉が開くようになっているのよ、きっと』
高倉クルミが部屋の奥にある扉に取り付けられたテンキーを見つけ、その意見に賛同した。
『あら、この文章……』
生塩ノアはその文章を見てすぐに何かを思いついたように、脳内で何かを考え始めた。
『にはっ、暗号なんか解く必要ないですよ?』
その様子を横目に、黒崎コユキが文字盤の方へと向かう。そして、躊躇いもなく、数字を一つずつ叩いていく。
『あ、コユキちゃん、ダメですよ』
『え?』
殆ど同時に、暗号を解き終わった生塩ノアが彼女を止めようとするが、時すでに遅く、扉が自動的に開かれた。
そして、開かれた扉の先には機銃のついた多くのドローンが待ち構えていた。
『な、なんでーーーーー!?』
『はーい、ちょっと下がってね。』
黒崎コユキが悲鳴を上げるとほぼ同時に、高倉クルミが彼女を背中から引っ張って、後ろにいた生塩ノアの方へ押し退ける。
そして、愛用の盾を器用に使って機銃の掃射を受け止めつつ反撃をした。
『なんだ、大したことないわね』
そう言って放った彼女の一撃は連鎖的に殆どのドローンの同士討ちを引き起こし、残ったドローンは黒崎コユキを受け止めた生塩ノアのハンドガンが仕留めていた。
『クルミさん、大丈夫ですか?』
『ナイス! これで終わりね』
『おお、クルミちゃんカッコいい!』
高倉クルミの鮮やかな戦闘に、テマが興奮したように両手を上げた
そしてハイタッチに応じた、高倉クルミは、ドローンのいた部屋を確認する。
『あーでも、見た感じこの先は行き止まりみたい』
そして、すぐに元の部屋に戻ってそう言った。
『暗号にはこの先は外れって書いてましたからね。駄目ですよ、コユキちゃん、もう少し慎重にならないと』
『そんなー……ごめんなさい』
生塩ノアの指摘通り、暗号文は暗証番号の正解と、そしてその先が罠であることを示していた。自分が役に立てると思った黒崎コユキが、見事に割を食った形だろう。
――
「コユキをピンポイントで狙った、意地悪なトラップですね」
明星ヒマリがくすくすと笑いながら感想を述べた。トラップで機銃が向けられても笑い話で済むのはキヴォトス特有のものだろう。
「それを見て笑っているのも十分に意地悪ですけどね」
この発言は恐らくケイだろう。同じ声帯を使用して人格を瞬時に入れ替えて話すので、どちらがどちらの声なのかは表情を身ながらでないと分かりづらい、が、言い方からして彼女だろう。
明星ヒマリはそれには答えず、カメラを切り替えた。そこには別のグループが映し出されていた。
――
『これは……何だろうね?』
『普通の通路、ではないでしょうね。床が意味深に黒く塗られていますし』
ここにいるのは、和泉元エイミと、飛鳥馬トキの二人のグループのようだ。細長い通路のある道で、飛鳥馬トキの言うように、通路の部分だけ床が黒く塗られていた。
『えい』
和泉元エイミが不用心にわざと通路を踏む。直後、左右の壁から多数の銃弾が放たれる。
『おお』
彼女は一歩下がって、掃射を眺める。暫くすると、それは収まっていた。
『成程、やはり、床に触れないように進まなければならない、ということですね』
飛鳥馬トキがそれを見て分析する。
『あっちにボタンがあるからアレを押せってことだと思うけど、壁を使ってトントンって行けってことかな』
『そうですね。それも良いですが、ちょっと面倒ですね。エイミ、ちょっと協力してもらって良いですか?』
『え? うん、いいよ』
『では……』
飛鳥馬トキは和泉元エイミに作戦を説明する。そして、助走をつけるためか彼女は1人後ろに下がった。和泉元エイミは、黒く塗られている部分の際の辺りで、手を地面につけるように下げた。
そして、飛鳥馬トキが走り出す。そして、和泉元エイミの手を踏み台にするように、踏み込んだ。
『えいっ』
『はっ』
そして、掛け声のような声と共に、飛鳥馬トキが空中を水平に舞う。程なく、十分な余裕を持って彼女は対岸へとたどり着いた。
『ふう、意外と簡単に行きましたね、ありがとうございます、エイミ』
『すごい身軽だね、トキ』
言いながらボタンを押す飛鳥馬トキに、和泉元エイミが拍手をした。黒くなっていた床面が他の床面と同じ色に変化する。あの短時間でここまでの機構を用意できたのは、白石ウタハの技術の賜物なのか、あるいは調月リオの作ったこのエリドゥという施設の技術なのか。
恐らく、両方なのだろう。
――
「あの二人、仲良いんですね」
ケイが呟く。彼女の知る世界ではそうではなかったのだろうか。
「いえ、別に意外では無いのですが、いつから一緒だったのかな、と」
私の視線に気付いたのか、彼女は首を振ってそう言った。
「初対面は一昨日だと思いますよ。どちらも、あまり交友関係の広いタイプでは無いので」
ケイの疑問には、明星ヒマリが答えた。あの事件の時、飛鳥馬トキが応援にかけつけたのが最初の接触だった、ということだろう。
「でも、何だか馬が合ったようですね。私としても安心です」
「一昨日……たったそれだけの時間で、あれほど仲良くなれるものなんですね……」
ケイが、驚き交じりの声で呟く。
「それを言うなら、ケイさんとアリスさんも、実際に知り合ったのは二日前なのでは?」
「そ、それは……私は、アリスのことをずっと知っていましたから……」
「それでも、親友のように仲の良い関係になるには、一般的に言えば時間がかかることでしょう。相性が良い、ということなのでしょう」
相手のことを一方的に知っているからと言って、必ずしも仲良くなれるとは言えないだろう。
むしろ、その事がトラブルの原因になることもあるはずだ。
「……はい。そうだったら、嬉しいです。あ、アリスも聞いているんでしたね、これ」
そう言って、ケイは照れたように笑った。
その後、再びカメラが切り替わり、最後のグループを映し出した。