美甘ネルと、それに対峙している4人の生徒の戦いは拮抗していると言って良い状況だった。
SRT特殊学園が誇る最高のチームであるFOX小隊の高倉クルミは勿論、エージェントとして調月リオや明星ヒマリの信頼を勝ち取っている和泉元エイミや飛鳥馬トキもまた、高い戦闘適正を持っている。
花岡ユズにしても、その3人には劣るとはいえ、キヴォトスの生徒であり、戦闘が出来ないという訳ではない。
それにもかかわらず、1対4で戦って尚、美甘ネルを突破してカードキーを手に入れる、というところまでたどり着けていなかった。
『ハッ、どうしたお前ら。最初が一番うまく出来てたんじゃねえか?』
高倉クルミが近接で抑えている間に、横を抜けようとした飛鳥馬トキに対し、室内に転がっていた何らかの機械部品を蹴り込んで直撃させて妨害した美甘ネルが、そのまま高倉クルミも蹴り飛ばすように突き放して言い放った。
最初にカメラを通してみた時は気づかなかったが、彼女が待ち構えていた部屋は多くの機械部品や端材が散らばっており、また床に亀裂が入っているなど、足場が悪く、細々とした障害物が多数落ちていた。
そういう空間こそ、彼女にとってもっとも戦いやすい場所なのかもしれない。
それでも、彼女の言う通り、最初の内は挑戦者である4人側の方が有利に動けているように見えていたのだ。
特に飛鳥馬トキの動きが、美甘ネルの予想を上回っていたようで、背後を取られた美甘ネルが3人に対処している間に、花岡ユズがカードキーを奪取するという作戦は、殆どうまく行きかけていたのだ。
しかし、棚に到着する直前に、飛鳥馬トキを振り切った美甘ネルが花岡ユズの目の前に突如降り立って、彼女を部屋の入口付近まで投げ飛ばされていた。
その時の恐怖からか、以降、花岡ユズはほとんど動けていない状況だった。
それはさておき、美甘ネルは1対3、ないし4の戦いに急速に順応していき、時間が経つにつれ、はっきりと彼女が有利な戦局になっていくのが見て取れた。
──
「……普通に
ケイが驚きを隠せない様子で隣で呟いた。普通の人間ではない者代表としての発言だろうか。
「ケイさんの記憶でも、彼女ほどの人物はあまり見たこと無かったということですか?」
「いえ……そういう意味では見たことはあります。ただ、何と言うんでしょう、今の私は必ずしも他世界の出来事を自分の出来事として受け止められていない、と気づきました」
ケイの言い方は少し妙なものだった。先ほど私と初めて会話した際には情緒は別の世界の物が軸となっている、と言っていた気がしたが。
「気付いた、とは?」
「さっき、気づいたんです。私にとって、私が持っている記憶は、とても大切です。でもそれは私の思い出、と言える物じゃなくなっている、と」
「……そうですか」
彼女の発言の意味を考える。そもそも、今の彼女が別の世界の記憶を獲得したのは、100年以上、可能性としては数百年以上前、ということもある。
それから長い間、彼女は1人で天童アリスや私たちと再会することだけを待ち続けて来た、ということだ。彼女はそれが自分の物であるという自己暗示をかけているのに近い状態だったのかもしれない。情緒を獲得した彼女自身が、その孤独に耐えるための防御反応として。
「ほら、私の事なんか気にしているときじゃないでしょう? いよいよネルが大暴れしてますよ」
私が彼女のことを考えているのが伝わってしまったのか、ケイは少し申し訳なさそうに微笑みながら、画面を指さした。
彼女の言う通り、画面上では美甘ネルがより一方的な状況を作り出していた。
──
「ハッハー!! どうしたどうした!? このままだと永遠に通れないままだぜ!?」
美甘ネルが威勢よく挑発する。高倉クルミはまだそれを面倒そうに眺めるだけの余裕がありそう
だったが、和泉元エイミと飛鳥馬トキは荒い息をついていた。花岡ユズはすっかり体力を失っているのか、殆ど倒れ込んでいるような状況だ。
『はあ、ちょっと、あっついなぁ……脱いでもいいかな?』
『……その最後の1枚を脱いでも、暑さは殆ど変わらないと思いますが……」
いや、相談しているようでかなり下らない話をしている2人にも、意外とまだ余裕はあるのかもしれない。
『あんたたち、そんな変な話してる場合? というか、あれトキの先輩なんでしょ? 可愛い後輩からもっと手加減してもらえるようお願いしてもらえないの? 後、それ脱いだら私も敵に回るから』
高倉クルミが呆れた様子で二人の会話に混ざる。
『……はい。では、やってみましょうか』
『え』
飛鳥馬トキは高倉クルミの軽口に乗って、銃を構えずに一歩前に踏み出した。提案した本人が呆気にとられた表情をしている。
『お? 休憩は終わりか?』
美甘ネルが笑みを浮かべて尋ねる。
『……可愛い後輩に免じて、もう少し手心を加えてもらえませんか?』
『あぁん? 可愛い後輩って……それ自分のこと言ってんのか?』
美甘ネルが訳が分からないと言った表情でそれに答える。
『……やはりネル先輩はまだ私の事を後輩として認めてくださっていないのですね?』
飛鳥馬トキが口調に残念さを滲ませながら言う。
『あん? いや、別にそういうつもりじゃねえ、っていうかそっちも気になるけど今のはそうじゃねえっていうか』
『?』
飛鳥馬トキが首を傾げた。
『何で何言ってるかわかんねえって顔してんだよ!? 自分で可愛い後輩とか言ってることについてだよ!』
美甘ネルが苛立ちを表しながら叫ぶ。彼女は意外と真面目でまともな感性を持ち合わせていることがよく分かった。
『……まさか、ネル先輩は私が可愛くないと仰るのですか?』
心底意外だ、というような声色で飛鳥馬トキが言った。表情は殆ど動いていないので違和感がかなりあったが。
『いや、そういう事じゃなくてだな……っ!!?』
気の抜けるような話し合いをしている2人に乗じて、距離を詰めていた和泉元エイミが美甘ネルに襲い掛かった。
高倉クルミもそれに合わせ、銃を数発撃ちこむ。不意打ちとしてはこの上ないタイミングである。
それにも関わらず、美甘ネルはその弾を避け、和泉元エイミの襲撃も片手で防いだ。
飛鳥馬トキも乱戦に加わり、再び1対3の戦いが始まったが、やはり美甘ネルの強さは並の物ではなく、3人の襲撃を押し返していた。
『下らない奇襲なんてかけやがって!? 残念だがそんな手はあたしには……あん? あのおでこは……?』
そしてその時、
美甘ネルが飛鳥馬トキと会話しているときから、彼女が少しずつ這うように移動しているのを、カメラは確りと捉えていた。
そして今、棚から少し離れた場所で、カードキーが入っている筈の箱を花岡ユズが持っていた。
先程の高倉クルミの射撃により棚が揺れ、箱は棚から転がり落ちて、花岡ユズの方に近づいていたのだ。
『ちっ!』
美甘ネルが先ほどと同様に、花岡ユズの元へと飛び掛かる。しかし、ほぼ同時に和泉元エイミが出口の方へと走り出していた。
『ユズ、こっちに!』
『はっ、はいっ!?』
彼女がそう言って手を上げ、花岡ユズは慌てつつも、正確に箱を投げる。
『させるかよ!?』
美甘ネルはそれすらも見切り、空中で姿勢を切り替えながら、二挺のサブマシンガンで箱を射撃し、軌道を逸らそうとする。
『……あ』
そして、彼女の射撃は正確に箱へと吸い込まれていき、多くの銃弾が撃ち込まれた箱は、
『……え?』
『これは……』
『うわー……』
唖然とした表情の和泉元エイミが箱の残骸に近づき、周囲に落ちていた、砕け散ったカードキーを拾い上げた。それは、どう見ても完全に破壊されており、カードキーとして使用できる状態とは到底思えなかった。
『あー…………すまん、やっちまった』
そして、挑戦者たちの勝利条件を粉々に破壊してしまった美甘ネルは頭をかきながら素直に謝った。
「……何してるんですか、あの人は」
ケイの溜息交じりの声が、言葉を出せなかった私の耳に届いてきた。