和泉元エイミから壊れたカードキーを回収し、美甘ネルがカードキーを出口のカードリーダーにかざした。
しかし、当然のように、カードリーダーは何の反応も示さなかった。
『はぁー……あー……悪かったな。うん』
美甘ネルはため息をついて壊れたカードキーを放り投げ、それから気まずそうに再度謝罪した。
『いや、謝るのは良いけどさ、どうすんのよ、これ。スペアキーとかない訳?』
高倉クルミが、呆れた様子で尋ねた。
『いや、無いな。少なくともあたしは持ってない』
『…………』
『じゃあ、これどうなるの?』
『さあ、どうなるんだろうなぁ……』
『ネル先輩がこの部屋の責任者なんじゃないの? 勝利条件を相手が壊しちゃったんだから、私たちの勝ちってことで良くない?』
和泉元エイミがかなり正当性のある主張を行う。
『いや、お前らの勝利条件、カードキーを使う事じゃなくて、その出口から外に出ることだから。まだゲーム続行ってことだなんじゃないか? 多分あたしが反則って扱いになったらそういう連絡が来るだろ?』
美甘ネルの言葉に、この部屋に残っている者たちが、いずれも心外そうな表情をした。そもそもそう言った責任者がいた覚えが無い。強いて言えば立案者ということになるのだろうか。
そう思って隣を見ると、何も言われずに
『知らないわよ。っていうかさっきから何でアンタちょっと他人事みたいな感じなのよ。あんたがカードキー壊したからこんな気まずい空気になってるんでしょ?』
画面上では、高倉クルミが美甘ネルに対して文句を言っていた。
『いや、悪いことしたなーっては思ってるんだけどさ、まああれも本気で戦った結果っていうか…………はい、すみませんでした』
現状では、完全に戦うような雰囲気ではなくなってしまい、4人の生徒からただ冷たい視線を浴びせられる美甘ネルが、素直に謝罪するという、一体誰に対する試練なのか分からない時間となっていた。
──
「それで、結局、どうすれば良いんでしょうね。やはり、
ケイが非常にめんどくさそうな声色で、進行について口を開いた。
「このネルの困っている様子、とても面白いのでしばらくこのまま放っておいても良いと思いませんか?」
と、言う明星ヒマリは美甘ネルがカードキーを壊した時から
「普通に最悪ですね、この人……リオはどう……、リオ? どうかしましたか?」
ケイは、そのような様子の明星ヒマリは当てにならないと、このエリドゥを作り上げた張本人である調月リオの方を見た。
そして、調月リオは美甘ネルのいる部屋を映し出しているモニタではなく、真剣な様子で別の端末を操作していた。
「……ネルには、そのままそこにいるように伝えて頂戴。下手に動かれると良くないかもしれない」
そう言いながら、調月リオは漸くこちらを見る。
「カメラでは確認できなかったけれど、恐らく侵入者がいる。誰かがエリドゥを歩き回っている形跡があるわ」
そして、彼女は驚くべきことを言った。
「…………恐らく、とは? カメラに映らないとして、リオは何故それが分かったのですか?」
ケイが尋ねる。
「……不自然な扉の開閉記録がリアルタイムで登録されているの。今、ここに来ている人物の居場所は把握しているけれど、あり得ない場所の扉が開閉されている。もっとも、セキュリティ上は正規の開閉になっているから、エラーは出ていないのだけれど」
淡々と、起きている事象のみを調月リオは説明する。そもそも、何故彼女は警告もされていない扉の開閉記録を確認していたのだろうか。彼女の心配性ぶりは、他の追随を許さないところがある。
「故障の可能性は?」
明星ヒマリが尋ねる。
「……そうね、もちろんそれも考えた。でも、その可能性は低いと思う。扉の開閉記録をマップと照らし合わせてみると、エリドゥ内部を移動しているように見える」
調月リオが、カメラの映像を映しているものとは違うモニタに、立体データを表示し、そこに開閉記録が残っている扉の場所を順番に映し出した。
無軌道なよう動きにも見えたが、確かに、何かが移動しているように見えるものだった。
「あの……色々と聞きたいことはあるんですが、そもそも、落ち着いて話をしている場合なんですか?」
ケイが当然の質問をした。調月リオは珍しく
「勿論、問題はあるわ。ただ、この侵入者が誰なのか、というのを考えた時、もっとも自然な人物がいるの。そして、それが正解かどうかに関わらず、恐らくその侵入者は……」
そこまで言って、調月リオは、美甘ネルが映っているモニタを見た。
「ネル、条件に変更はありません。試練のクリア条件は、その扉を通過すること。カードキーの破壊は反則には当たりません、とのことです。……まあ、こんなところで良いでしょう。それで、何となくわかりましたが、つまり、大した問題はない、ということですね?」
明星ヒマリが
『はぁっ!? おい、ヒマリ!?』
その画面上では、美甘ネルが困惑と怒りの混ざった様子で叫んでいた。明星ヒマリはとりあえず美甘ネルで遊ぶことを続けることにしたようだ。
『え? 部長? 部長が何か言ってたの?』
美甘ネルの叫んだ相手に誰だったのか、ということに気付いた和泉元エイミが尋ねた。
『……ああ、てっきりあたしの反則負けで終わりにするのかと思ってたが、『勝敗条件に変更は無し』だとよ。つまり、あたしをボコった後に扉をぶっ壊すとかなんとかして、頑張って出てくれってことじゃねーか?』
『そ、そんな……』
花岡ユズの表情が絶望で歪む。
高倉クルミは黙ってシールドに力を込め、和泉元エイミと飛鳥馬トキも武器を構えなおした。
『じゃあ、まあ、なんつーか、あんま気乗りしないけど、ようやく続きだな!』
美甘ネルのその言葉で、再び戦闘の口火が切り落とされる、と思われた丁度その時。
何かの機械が動作したような、高音で小さな音がした。全員の動きが止まり、音の発生源、美甘ネルの後方にある扉の方を見た。
そして、全員が感じていた予感の通り、扉が開かれる。
『うーん? こっちにリーダーがいる気がする!』
そう言いながら部屋に入ってきたのは、一人の、
『あ、アスナ!?』
入ってきた人物が誰であるのか気付いた美甘ネルが、口走る。
『あ、リーダー! やっぱりいたー!!』
その声で探し人を見つけた侵入者の少女が美甘ネルへ突撃するのと、
『『『『!!』』』』
4人の挑戦者たちが一斉に出口の扉へと走り出すのは、殆ど同時のことだった。
『リーダー!! 探してたんだよ! 皆で遊ぶんでしょ!?』
『ちょっ、おい! ちょっと待って』
『アスナ先輩、リーダーに飛びついてください』
『うん! え、あなた誰? 新人ちゃん?』
飛鳥馬トキがすれ違いざま、アスナと呼ばれた少女に指示を出す。慌てて4人を追いかけようとしていた美甘ネルに、疑問を感じながらも指示通りに彼女は飛びつく。
『ちょっ!!?』
そして、奇襲に対処しきれなかった美甘ネルが謎の少女に正面から飛びつかれるのとほぼ同時に、先頭を走っていた和泉元エイミが扉を通過した。
『……ふぅ、これで良いのかな?』
『……そうなんじゃない? っていうか、今入ってきたの誰なのよ』
『あれは……一ノ瀬アスナ先輩ですね、コールサインはゼロワン』
『はぁっ……はぁっ……あ、あれ。私まで走る必要あったかな……』
扉を抜けた4人が、振り返る。室内では一ノ瀬アスナ……飛鳥馬トキが言うにはC&Cのエージェントの01が美甘ネルに抱き着いており、その美甘ネルもまた、敗北を認めたのかされるがままの状態で、ため息をついているのが確認できた。
──
「やはり、アスナだったわね。監視カメラやセキュリティに一切引っかからない、みたいな芸当を無意識に起こせるのはアスナくらいしか考えられないわ」
「同感です。違った時は困りましたけどね」
調月リオと明星ヒマリが納得したように呟く。
「いえ、あの、全然理解できないんですが」
ケイの、呆れと驚きの言葉が室内に虚しく響いた。