大げさなことを言って始まった戦闘だったが、それは概ね順調に進んでいた。
「こんなロボじゃ、ウタハ先輩のあのちょっとダサいロボを突破した私たちは止められないよ!」
「いや、あなたたち戦ってないでしょう!?」
「……ダサいロボ……」
突っ込んできた才羽モモイを軽くいなしながら、ケイが冷静に……とは見えなかったが指摘していた。調月リオは1人悲しそうな声を上げていた。
「……やっぱり、中身はアリスちゃんじゃないんだ。」
「で、でも、最初に話してたのはアリスちゃんだったよね? どういうことなんだろう」
後方で才羽ミドリと花岡ユズが、そんなケイの様子を少し戸惑いながら伺っていた。
「ユウカ先輩は、知っていたんですかー?」
「いいえ、全然。アリスがどういう子なのかっていうのは何となく聞いていたけど、あのケイっていう子のことはついさっき初めて知ったわ」
「そうなんですかー?」
黒崎コユキに尋ねられた早瀬ユウカは良いように誤魔化していた。正確には彼女が知ったのは私が電話で説明をしたときであり、『ついさっき』の解釈を誤解されるように言っているのだろう。
いずれにしても、戦闘に参加しているのはおよそこの5人の生徒のみで、美甘ネルと戦っていた4人の内、花岡ユズを除いた3人は休憩しているのか、座って戦闘を眺めていた。
元から直接戦闘能力は皆無に等しいテマと、そして、一人、ただ黙って戦闘を見守っている生塩ノアもまた、戦闘には参加していなかった。
そして、そんな状況であっても、戦闘は順調に、徐々に我々が不利になるように進行していた。
それもそのはずだ。調月リオが本気の調整をして、私や天童アリス、そしてケイがそれぞれにもてる全ての力を出し尽くせば、これほど分かりやすく戦況が傾くことは無かっただろう。
だが、敢えてそうはしなかった。そもそも、これはゲームである。3年生達が想像よりも厳しいバランスで試練を作っていたため、危うくクリアできないところではあったが、ゲーム開発部の生徒たちが全力を出せば突破できる水準、を目指していたはずだった。
「……そろそろ、潮時ね」
調月リオが呟いた。彼女は戦闘中、主に設置式の兵器の操作を担当していた。花岡ユズと早瀬ユウカの連携により、既に多くが無力化されていた。
私は大したことは出来ない。精々ドローンに指示を飛ばす程度だ。シッテムの箱の戦闘支援は生徒向けに特化しているし、その力をケイ(天童アリス)や調月リオに使うつもりもなかった。
戦闘が始まった後の私が役立たずであることは結局のところ変わっていなかった。
いまは、その事も特に問題は無い。ドローンは殆どが撃破されていた。
「……な、何故。どうして、反攻するんですか? せっかく、この私が世界を変えてやるというのにー」
「アリスはそんなこと言わない! 後超棒読みだし、私たちを騙すつもりもう無いでしょ!?」
「それは最初からありません。でも……楽しかったですか?」
ケイは私たち3人の中で唯一直接戦闘していた。とはいえ、殆ど武器は使わず、それでも才羽モモイを相手取る程度は楽にやっているようだった。
それでも、彼女もそろそろ終わらせるつもりのようで、手を止めて才羽モモイにそう問いかける。
「え? うーん……まだまだだね! マキのよりは作り込みがちゃんとしてたと思ったけど、バランス悪すぎ! アリスもケイ……も、まだまだだね!」
尋ねられた才羽モモイもまた、その場に止まり、少しの間考えた後笑顔でそう言った。
「バランスについて、モモイには言われたくありません!!」
「あなた私たちのゲームやったことあるの!?」
才羽モモイからケイに対して鋭い指摘が飛び込む。
「あー……アリスから十分話は聞いています! というか、ここは嘘でも頷いておくシーンでしょう!?」
ケイが怒りと気恥ずかしさから顔を赤くして、そう叫ぶ。
「えー!? だってー……」
才羽モモイが不服そうに口をとがらせる。そうして、平和な終わりを予感したとき、
――
『先生、今すぐその場を離れてください! 緊急事態です!』
通話を受けると、明星ヒマリから聞いた事の無い緊迫した声が聞こえてきた。
「何かあったのですか?」
状況が理解できず、尋ねる。
『詳しい説明をしている暇はありません! 先程チーちゃんから連絡が――』
明星ヒマリの返事を、私は最後まで聞くことが出来なかった。
エリドゥに高速で飛来してる物体が、私にも視認できたからだ。
「あれは……ハブ?」
そして、調月リオがその正体を口にした直後、シッテムの箱が急激に熱を発し、そして全身が強く叩きつけられるような大きな衝撃が襲い掛かった。
――
「先生、先生!? 大丈夫!?」
聞き覚えのある声が耳に届き、意識が浮上する。
「……クルミさん?」
いつの間にか、目の前に高倉クルミがいて、私を揺さぶっていた。
「起きたのね! 良かった……、いや、全然良い状況じゃないんだけど、何なのアレ……」
彼女が見ている方向を見る。この要塞の端、エレベーターからもっとも距離のある場所に、巨大な機械が座していた。そして私はそれに見覚えがあった。
「……ホド」
「知ってるの?」
「いえ。すみません、クルミさん、現在の状況を教えてもらえますか?」
あれが何なのか、という話は今している場合ではない。
あの時、私はケイと調月リオ、そして才羽モモイの近くにいた。今、私たちが避難しているらしいこの物陰には、その内の才羽モモイしか姿が見えなかった。彼女は才羽ミドリと黒崎コユキと共に、私よりも後方に避難していた。
「……それが分かったら苦労しないわ。突然あの機械が飛んできて、先生とリオ会長、それからアリスだかケイの方にケーブルみたいなのを伸ばしたのが見えた。それから先生だけは弾き飛ばされるようにこっちに飛んできて。後の二人は、気づいたらそこにいなかった」
高倉クルミの説明を聞く。あの機械の目的は不明だが、調月リオと、ケイが捕らえられた。つまり、撤退は許されない。しかし、やみくもに攻撃を仕掛けることもできない。シッテムの箱を確認すると熱は弱まっており、まだ動作していた。
先ほど途中で途切れてしまった明星ヒマリへと通話をかけた。
『先生!? ご無事ですか?』
1コールにも満たないタイミングで、明星ヒマリからやはり焦っている様子で応答があった。
『私自身は無事ですが、リオさんとアリスさん、ケイさんが、突如飛来してきた機械に捕らわれてしまいました。そちらの状況はどうですか?』
『そうですか……一先ず、先生がご無事でよかったです。リオもアリスも、そう簡単に殺されたりはしないでしょう。こちらは、内部からのエリドゥへのアクセスが出来ない状態です。つまり、私たち4人は閉じ込められてしまっている状態と言えます。とはいえ電波妨害などは無いようなので、こうして通話はできていますが……申し訳ありません。もう少し早く気付いていれば』
明星ヒマリから、悔いを感じさせるような謝罪を受けた。しかし、彼女に何か責任があるわけではない。
「ヒマリさんが謝ることはありません。ただ、聞きたいことがあります。アレが飛来した経緯などは知っていますか? チヒロさんから連絡があったと先ほど仰っていいたような気がしますが」
『はい。とはいっても私もチヒロも、何故ハブがエリドゥに向かったのか、という理由は分かっていません。2.30分ほど前に、システムから切り離された状態で停止していたハブが突然起動して暴れはじめ、周囲の建物を破壊し、飛び去ったという話です。連絡が来てから半信半疑で確認したときには、あの子は既にエリドゥへ最接近している状態でした。』
2、30分ほど前、ということは私たちが戦い始めた辺りだろうか。そこに何かしらの理由がある可能性も考えられる。
「ミレニアムの被害状況は?」
『建物の破損はありますが人的被害は多くないようです。エリドゥもハブも、現在遠隔でのハッキングは不可能なようで、チヒロがヴェリタスのメンバーと一緒にこちらに向かって来てくれているようです。到着すれば私たちも脱出――』
そこまで聞いた時、今度は電話越しで、爆発音のような大きな音がした。そこにいる人物を想像して尋ねる。
「ヒマリさん、大丈夫ですか? 大きな音がしましたが」
『…………私としたことが暴れ牛をが2頭もこの部屋にいるのを忘れていましたね。思ったよりも動揺していたようです』
『牛さん? どこにいるの?』
『おい、誰が牛だ!? とにかく、扉ぶち抜いたから、さっさと上にいくぞ!』
「ネルさんが扉の破壊に成功したということですか?」
『ネルとアスナの二人が、ですね。……ともかく、救援にはもっと早く向かえそうです。もう少しだけお待ちください』
明星ヒマリのその発言は、私に希望を抱かせるのに十分な知らせだった。