『あれ? もう全然反応しなくなっちゃいましたね~』
黒崎コユキが何かを操作している音と共に、彼女のつぶやきが聞こえてくる。
「至近距離でミサイルが炸裂したせいで、2基とも破壊されているようですね」
『ええ!? だ、大丈夫でしょうか!? 怒られたりしませんよね!?』
それはすぐ近くにいる先輩に確認すればいい話だと思うが。
「いざとなればシャーレにお越しください」
『それ退学になってるじゃないですか!?』
『緊急事態だったから仕方ないでしょ、こんなことで退学に何かさせないわよ』
見かねた早瀬ユウカが彼女に声をかけたので、そちらの対応は任せて、先を見据える。
さて。改めて状況を整理する。今の状況は、偏に
彼女が後輩の生徒たちと戦っているところを先ほど実際に見ており、その中で奇妙なハプニングが起こるまでの彼女には確かにまだ余裕があったが、それでも彼女の実力の底を、私は一切図り切れていなかった。
そして、それはあのハブもそうなのだろう。彼女の真の実力に近いところを知っていたのは、あるいは一ノ瀬アスナや調月リオなど、ごく少数の人間だけだったのかもしれない。
誤算だったとはいえ、こればかりは嬉しい誤算であり、ハブ本体までの距離は、もうあと少しのところまで来ていた。
彼女達最前線チームに合流し、僅かな休憩を取りつつハブの様子を直接確認する。
特に逃げるでも攻撃するでもなく、それはただ佇んでいるように見えた。もちろん、これ以上近づいたら攻撃してくる、というのは間違いないのだろうが、未だ目的は見えなかった。
天童アリスや調月リオの姿は見えない。巨大な通信ユニットであり、メンテナンス用に人間が入ることの出来る空間も存在しているため、そこに閉じ込められている可能性はあると思うが、何のために。
「あれぶっ壊して終了って感じにはならないのか?」
「ネルって私が見たミレニアム生の中で唯一オトギより蛮族みたいな性格してるわね」
「何でいきなり喧嘩売ってくんだ!? 後誰だよオトギ!?」
「
美甘ネルと高倉クルミは波長が合ったのか、随分仲良くなったようだ。同じ3年生同士、交流を深めるのは悪くないことだろう。
「SRT特殊学園ってすごいエリート集団ってイメージだったけど、
「いや、流石にネルみたいなのはいないけど。というか逆に他にいると思う? こんな生徒」
「…………あはは」
「やっぱ、喧嘩売ってるだろお前……」
そして彼女たちはそのままの流れで質問した才羽ミドリを困らせていた。
「さて、ここまで順調に来ていますが、実際のところ、権限奪取に関しては然程状況が良くなってはいません。つまり、ここからが本番ということになります。そしてあの中にリオさんとアリスさん、ケイさんがいる可能性が高いうえ、どこにいるかは分からないので実際のところ破壊してみる、というのはやめておいた方がよさそうですね」
「分かってんだよそんなことは!」
「え、そうなの?」
「は?」
また遊び始めた二人のことは後回しにするとして、今後の計画を考える。と言っても、やることはそのままだ。エリドゥの管理権限を奪取し、あわよくばそのままハブ自体の管理権限も乗っ取ってしまう、というのが理想だ。
「さて、次の局面ですが、少し難しいかと思います。出来る限りハブに負担をかける行動を取りたいのですが、できれば本体に攻撃はしたくありません。リオさんやアリスさんが中にいるかもしれませんからね」
その上、製造にも維持にも莫大な費用のかかるミレニアムの所有物が相手だ。今後使用するかどうかはともかく、最低限原型をとどめておく必要はあるだろう。
「じゃあ、どうするのー?」
才羽モモイが疑問の声を上げる。答えは、彼女でも簡単に分かるほどに単純なものだ。
「そうですね、作戦は単純です。ネルさんがあそこにある最後の柱を壊したら全員で突入します」
ハブの本体の目の前にある一本残った柱を指し示す。
「う、うん。それで?」
才羽モモイの声に緊張が混じっている。
「後は、ミドリさんと二人で全力で逃げ回ってください。新しい柱が来るのか、直接攻撃を仕掛けてくるのか、あるいは別の方法を持っているのかは不明ですが、直接攻撃をせずに相手を消耗させるため、適当に動いて攻撃を誘発したり……そうですね、挑発してみたり、でしょうか」
「えぇっ!? それだけ?」
「それと、何か気付いたことがあれば教えてください。こちらも何か指示を出すかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「は、はーい……」
「が、がんばります」
才羽姉妹は納得しているのか分からないが、とりあえず頷いていた。
「エイミさん、トキさんも同じような行動をお願いします。ネルさんが動かれる場合には先ほどのように臨機応変に対応していただければ大変助かります」
「うん」
「了解」
そして、真面目な場面では極めて聞き分けの良い二人の一年生が素直に頷いた。
「クルミさんは……」
「分かってるわよ。いつもと同じ、でしょ?」
「はい、その通りです」
最前線に立ち、攻撃を受けつつ背後を守る。いつも彼女がやっていることだ。それについて、私はキヴォトスで彼女を最も信頼していた。
「ネルさんは、柱を破壊した後は、自由で……と言いたいところですが、本体に攻撃することだけは控えてください」
「分かってるって。そんなに信じられないか?」
「当然、信用していますよ。無茶ばかり言って申し訳ありません。ですので、もし本当に必要だと思ったら、ご自分の考えを優先してください」
「…………あんた、変な奴だな」
私の発言に美甘ネルはそう返すと、目標である柱の方を見据えた。恐らく、了承してくれた、ということだろう。
「さて、最後はユズさんですね」
「はっ……はい」
花岡ユズは緊張した様子でこちらを見た。最後に残してしまったため、不安になっているのだろうか。
「ユズさんは、私と一緒にここに残ってください」
「え……わ、わたし……まだっ」
花岡ユズの表情が歪む。戦力外通告だと思ったのだろうか。
「最後まで聞いてください。ユズさん、先ほどクルミさんも言っていましたが、ユズさんには非常に優れた動体視力があります。それだけでなく、状況を俯瞰的に見られるという、高い能力を持っています。恐らくゲームで培われた技術なのだと思いますが……そして、私よりもずっと咄嗟の判断能力に優れている」
「えっ? えっと……その、そんなことは……」
ゲームというものをまともにやったことは無いが、彼女の得意とするゲームというものは、コントローラーを利用してリアルタイムで指示を送り、盤面を解決していくという形になっていることが多い。
それは、こういった場面での戦術指揮そのものに非常によく似ている。シッテムの箱に備わっている戦闘支援アプリも、そう言ったゲームのような形に寄せているのだと思われた。
「ユズさんは戦術指揮官に強い適正を持っていると思います。最適な配置を考えた場合、ユズさんはここにいてもらうのが良いと判断しました。つまり……」
「……」
「戦いの様子を見ながら、直接皆さんに指示を出す、というのをやってみませんか?」
「…………わ、わかりました。やってみます」
「今回は私もやりますが、皆さんも私とユズさんの意見が食い違った場合は、ユズさんの意見を優先にするようお願いします」
「ええっ!?」
花岡ユズは驚いていたが、その他の生徒たちはすぐにそれに同意の言葉を返した。
──
ハブとの戦いの最終局面。生徒たちは、作戦通りに行動を開始した。
『おらよっ……っと!』
美甘ネルが先に飛び出して攻撃を避けながら柱を破壊した。彼女が柱を破壊するのは3本目だが、すでに慣れた物であり、ハブ本体に直近の柱であっても、難なく破壊してしまっていた。
『こっちだよー!! うわぁっ!?』
『お姉ちゃん!? 大丈夫!?』
『変な鞭みたいなので殴ってきたよ!?』
才羽姉妹は上手く連携しながら逃げ回っていた。あの二人も、イメージよりもずっと良い動きをしている。
『また、ドローンかぁ。何かワンパターンだね』
『それはハブが使いこなせていないだけで、リオ様はいくつものパターンを想定して準備をされていたはずです』
和泉元エイミと飛鳥馬トキは、才羽姉妹のように大振りの攻撃を避けながら、周囲に集まってきたドローンを破壊していく。雑談する余裕すらあるのは、流石、と言ったところだろうか。
「…………」
花岡ユズは、真剣な表情で、彼女達と、そして敵の様子を観察しているようだった。
そして、ついに彼女が口を開いた。
「クルミさん、盾を右上に!」
「うん!」
彼女が高倉クルミに指示を出し、高倉クルミが即座に指示に応じたその時、
『おおっ!?』
『何かバランス崩した!?』
高倉クルミの構えた盾に向かうかのようにハブが触腕のように利用しているケーブルを叩きつけ、
『クルミさん、すごー!?』
『いや、凄いのはあんたのとこの部長よ!? 何今の!?』
花岡ユズはまるで以前才羽モモイが語って、私が聞き流していた『
そして、それが決め手となったのか。
直接対決が始まってから、A.R.O.N.A.の言っていた通り急速に進捗率を更新し始めていた権限奪取が、ついに100%となった。
-エリドゥの管理権限取得が完了しました。
──
私は、そのメッセージに答えることは無かった。
そのメッセージが出たのとほぼ同時に、まるで負けを認めたかのように、ハブが全ての攻撃を停止したからだ。もっとも、エリドゥの管理権限を失った以上、直接攻撃以外の選択肢が取れなくなるため、合理的な判断、とも言えるものではあったが。
そして、ハブは自らの体の中心部分、メンテナンス用の扉などが点いている部分をエリドゥの屋上に乗せるような動きをした。
生徒たちが武器を構えて警戒しながらそれに取り囲む中、その扉が開かれた。
「えーっと……すみません。丁度、こちらも話し合いが終わりましたので、一旦武器を降ろしてもらえると……」
そして、中から疲れた表情のケイが、調月リオの手を引きながらハブの外へと現れたのだった。