「皆、そろそろ良いかしら? チヒロ先輩がそろそろ到着するみたいよ」
後片付けをしながらエリドゥの全貌を把握しようとしていた早瀬ユウカが、私たちのところまで声を掛けに現れた。
「あ……」
ゲーム開発部の生徒たちと話をしていたケイが、部員たちを見る。
「大丈夫だよ! また後でゆっくりお話しようね!」
才羽モモイが明るく答える。他の生徒たちも一様に頷いた。
「……はい、そうですね。続きは、また後で話しましょう」
その様子に、ケイもまた納得したように頷いた。
――
エリドゥの屋上に、ヴェリタスの各務チヒロが現れた。後ろにはややおどおどとした様子の音瀬コタマが付き従っており、他の2人、小塗マキと小鈎ハレの姿は見えなかった
「こんにちは、チヒロさん。」
彼女に話しかける。彼女は少々疲れた様子だったが、こちらに頭を下げ、挨拶を返した。
「どうも、先生。もう夜だけどね。それと、ハブの暴走を止めてくれたみたいで、ありがとうございます。」
「私が止めた、と主張するのは烏滸がましいところですが、人的被害が出なくて良かったです。コタマさんも、よろしくお願いします」
音瀬コタマにも話しかける。彼女は緊張しているか、あるいは眠いのか分からないが、顔を半分あげて返事をした。
「は、はい……特に何の役に立てるという訳ではありませんが、副部長に引っ張られて連れてこられました……」
「仕方ないでしょ。マキは今日は療養中だし、ハレもマキのところでなんかやってるみたいだし、緊急事態だったからそこにいたコタマでも連れてきたかったの」
文句を言いたげに各務チヒロを見た音瀬コタマに、彼女は言い返した。
「それで、落ち着いたのは分かったから、説明が欲しい。ここのことはまあ、後で良いとして、ハブのことはね」
それから、彼女は私の方に向き直って、そう言った。
「そうですね。私たちも実はまだ詳しいことは聞いていません。丁度今招集していますので、じきに集まってくるでしょう。この人数なので、講義室のような部屋が欲しいところですが、無さそうなので屋上に集まることにしました」
「そう? じゃあ、まあ大人しく待つわよ」
各務チヒロは納得して頷いた。
――
それからほどなくして、今この場にいる全員が、動きを止めているハブの中心部、つまりケイと調月リオが閉じ込められていた場所の近くに集まった。
ゲーム開発部と特異現象捜査部は全員揃っており、そこにセミナーが3人、C&Cが3名、ヴェリタスが2名、エンジニア部が1名と、ミレニアム関係者でない生徒が2名。身体を共有している天童アリスとケイを1とカウントしても18名の生徒が集まっている様子は、ちょっとした教室のようだった。
しかし、今回は先生である私が講壇に立つわけでは無い。
「揃いましたね。お待たせしてしまい申し訳ありません。私たちがハブに囚われている間に何があったのかを説明しようと思います。」
ケイがハブの前で一人立って、説明を始めようとする。
「ちょっと待ってちょうだい。……やっぱり、私が話すわ」
調月リオがそこに割って入った。彼女はハブから出て以降、顔を青くして殆ど喋っていなかったが、それでも彼女は話したかったようだ。
「大丈夫なんですか?」
「……問題ないわ。私には責任があるのだもの」
「だから、それは…… いえ、分かりました。お願いします、リオ」
ハブの中にいた二人にだけ分かり合っているらしく、彼女達は短い会話を交わし、ケイが少し場所を移して、彼女の横に立った。
ケイは、未だ表情が芳しくない彼女のことを不安そうな表情で見ながら、彼女が口を開くのを待つことにしたようだ。
「……待たせてしまって悪かったわ。改めて、私から話をするわね。今回の件、ハブがここに来たのは、私のせい、と言えるわ」
そして、彼女は静かに、まるで懺悔をするかのように話し始めた。
「先ほど、ハブが飛んできて、私とケイを確保したのは、私たちを保護するためだったの。ハブのメインCPUに備わったAIとの会話で、それが分かった」
「デカグラマトンの預言者、ホドを名乗るあの子ですか?」
明星ヒマリが確認する。
「ええ、あっているわ。あそこに入れられた後、私たちはすぐにハブを操作しようとして、AIとのやり取りをした。初めは反応しなかったそれは、ケイが……その、
生徒たちの視線がケイに集まる。
「リオ、その話は良いです。続きを」
ケイが顔を赤くして続きを促す。才羽モモイが噴き出しそうになり、その口を妹が押さえているのが見えた。
「……ええ。それで、ハブのAIは、戦闘に入った私たちを救援するために、ミレニアムの校舎から急いでここに来た、と、そう言ったわ。」
生徒たち、とくに屋上で戦っていたゲーム開発部や美甘ネルなどがざわつく。そのことが何を指しているのかが直に分かったからだろう。つまり、あの茶番劇のような戦闘のことを言っていた。
「それ、すぐに演技だって伝えなかったのか?」
仕掛け人側であった美甘ネルから、当然の疑問が飛び出す。ケイや調月リオは、それが本気の戦いで無いことは十分に理解しており、ハブが生徒たちと戦うことになるのは避けたい、と思っていたはずだ。
「勿論、伝えようとしたわ。でも、ハブはすぐに信用してくれなかった。それがどうしてかは、すぐには分からなかったわ。でも今は……多分、あの子は凄く怒っていた。それも、私の為に怒ってくれていた。」
「怒ってた……?」
誰かが漏らした呟きが聞こえる。
「ええ。直接そう聞いたわけでは無いけれど、きっとそう」
調月リオにもその呟きが聞こえたのだろう。彼女はそう言った。
「ちょっと待ってくれないか? そもそも、ハブに備わっているAIというのは、『弱いAI』だったはずだ。私もメンテナンスに携わっているからやり取りをしたことはあるし、そもそもハブ自体はルーツがはっきりしているものだ。だから……」
白石ウタハがそれに割り込む。
「怒ることは無い。そう言いたいのよね? 確かに、さっきまではそう思っていた。『強いAI』を人為的に作ることは、ミレニアムですらまだ成功例が無いもの」
そして、調月リオは、それを肯定するように頷いた。
「AIにも強いとか弱いってあるんですかぁ? 最強のAIという言葉には惹かれるものが無くは無いです」
ふと思いついたように、テマが横にいた高倉クルミに尋ねる。
「いや、私も良く知らないけど。多分テマが思っているような戦闘の強弱では無いと思うわ。っていうか、私たち部外者だから、静かに聞いてましょう?」
高倉クルミが首を振りながら耳打ちをしていた。残念ながらそれも含めて全て丸聞えである。
そして、ミレニアムの生徒の中にも何人かは、『弱いAIと強いAI』について知らない者がいるようで、2人の会話に頷いていた。
「いきなり、変な用語を持ち出してすまなかったね。クルミの言う通り、弱いAI、強いAIというのは戦闘とか性能の強弱を表しているものではないね。それらの違いは……簡単に言うと、自意識を持っているかどうか、ということだよ」
そして、テマと高倉クルミや、それらの生徒のために白石ウタハが説明する。
「自意識? 私、AI研究開発部の子が作ったっていうAIとお話したことあるけど、普通に生きてるみたいだったよ?」
才羽モモイからも疑問の声が上がる。
「確かに最近のAIは自然な会話が得意なものもある。でもそれは、ただ大量のデータから言葉の並びを予測して抜き出しているだけに過ぎない。一見、見分けるのは難しいけれど、作った人や設計図を持っている人であれば、それが強いAIではない、という事は十分に理解できるはずだ」
「ふーん……そういうものなのかー」
才羽モモイは分かっているのか分かっていないのか、そう言って頷いた。白石ウタハが微笑む。
「そして、私が知る限り、ハブのAIもそういうものだった。そもそも、ハブが持っているAIはメンテナンスのために一通りの言語能力は持っているが、設計としては通信ユニットとしての機能を補助する目的で作られているもので、感情が分かりやすい形で表現されるという事自体が信じがたいことではある。だから、怒っていた、と言われてもあまりしっくりこない。いなくなっていた間に、
白石ウタハはエンジニアとして、改めて自分の考えを述べた。
「だけど、ウタハ、あなたもそのような痕跡は見つけることが出来なかった。そうでしょう?」
「……それはそうだが、だとしても」
調月リオの言葉にも、あまり納得は出来ていない様子だ。
「ウタハの考え自体を否定するつもりは無いわ。私も元々そう思っていた。それでもやはり、ハブとのやり取りの中で、私はそう思ってしまったの。今のハブは、自由意志を持つ、『強いAI』に変質してしまっている。」
それでも、調月リオは彼女自身の考えを曲げるつもりは無いようだった。
調月リオの話は、AI自体の仕組みを交えながら続けられていった。