「ヒマリも、良いかしら。念のため、あなたの考えも聞いておきたい」
ハブについての話の中で、AIが変質した、と語る調月リオが、明星ヒマリに意見を求める。
「……リオは勿論知っているはずですが、ハブが突如ミレニアムを脱出して、その後ミレニアムに戻ってきたことを、私たちは
明星ヒマリが、あまり見かけない真剣な表情で話し始める。
「そこで出した暫定的な結論は、そもそも、AIが預言者を名乗り始めたこと自体が特異現象そのものである、ということです。ウタハや私たちが入念にチェックしたにも拘らず、プログラム部分を書き換えられた形跡は一切見られなかった。であれば、自分が預言者である、などと言うはずが無いのです。あの子は、そのように作られたものではないのだから」
明星ヒマリが白石ウタハの方を見る。
「……そうだね、確かに。ハブには私たちでは見つけられなかった謎が存在するのは間違いない」
白石ウタハは、観念したように頷いた。
「ありがとうございます。ウタハ。という訳で、あの子が強いAIになった、というのが事実かどうかに関しては意見を保留しますが、その前提で話を進めることに異論はありません。ちなみに、先生はどう思われますか?」
明星ヒマリが、今度は私に話を振る。とはいえ、彼女達より詳しい話等出来る訳もない。門外漢であるし、そもそもハブを実際に調べたことも無いのだ。
「まあ、不勉強ながら、何かが起こっている、という事は分かりました。……そうですね、敢えて言うのであれば我々は既に『強いAI』を知っている、ということでしょう。ケイさんは、自らをAIだと言っていました。彼女が真にそうだとすれば、彼女はまぎれもなく『強いAI』でしょう」
視線が、主に、AIについてあまり詳しくない生徒たちの視線がケイへと集められる。ケイは私を睨んだ後、
「まあそうですね。
そう言って頷いた。
――
その後、それ以上意見のある人物がいないことを確認し、調月リオは改めて続きを話し始める。
「話が逸れてしまったけれど……改めて最初から話すわね。先ほども言ったように、ハブは最初、私やケイの言うことを聞かなかった。というよりそもそも、自身の目的も明らかにさえしてくれかった。ケイのお陰で、こちらの呼びかけに応えてはくれるようになったけれど……正直、
調月リオは何か上手な言い回しが無いか少し考えていたようだが、思いつかなかったようだ。
ケイの方を見ると、私の視線に気付いたのか、わざとらしく肩を竦めて見せた。異論は無いらしい。
「それでも、何度か話すうちに、こちらの言っている事を理解していることは分かった。そもそも今までメンテナンス時や通常の運用時において自然言語で会話できていたのだから、それは当たり前だったのだけれど」
要するにそれだけ動転していた、ということだろう。彼女達も。そしてハブの方も、なのかもしれない。
「それから、簡単に回答可能な質問。つまり、『はい』『いいえ』で答えられる質問を中心に、ハブの目的を探ろうとした。それでも肝心なことはすぐには教えてくれなかったけれど、いくつかの質問を経て、ハブは私たちの救援のために飛んできた、という事が分かったの」
「それで、誤解を解こうとしたって訳か」
美甘ネルの言う通り、先程調月リオが話をしていたところまで戻ってきたようだ。
「ええ。そして、それは上手くいかなかった。単純にそれが誤解である、と伝えても信用してもらえず、交戦を止めるよう指示をしても無駄だった。何というか、コミュニケーションが難しい相手だったわ」
「あなたの同類ですね」
「あれはただ、
そして調月リオの横にいたケイが、自らの考えを補足として述べた。
「……そうね、そういうことだったのかもしれない。ただ、あの時点ではそのようには考えていなかったし、どうにかハブを止めなければ、と思っていたから。結局それは最後まで成功しなかったのだけれど」
調月リオが話を再開する。話をしながらもやはり彼女はどこか暗い表情をしているような気がする。
「試行錯誤をしていく中で、私たちはアプローチを変えることにした。つまり、どうにかして行動を止める、という方向から、何故私たちを保護しようとするのか、という方向へと」
彼女はそこで一旦話を止めた。彼女にとって、これから話す内容が最も重要な部分である、そのような予感がした。
「そして分かった。ハブは……あの子は私の事を救うために行動していた」
「ちょっと、話がループしてない? 元々そういう話だったでしょ」
調月リオの言葉に、各務チヒロが口を開いた。
「いいえ。そういう話ではなく……つまり、この戦闘から保護する、というのはあくまで
調月リオが明確に話しづらそうに、言葉を選びながら話していく。ケイは何か言いたげな表情で彼女を見ていたが、彼女が自分で言い出した以上、助け舟を出すつもりは無いようだった。
そして、調月リオが大きく息を吐いて、
「
と、続けた。場の空気が少し変わったような気がする。
「勿論、言ったといっても直接そう言われた訳では無く、先ほども言った通り、なんとか聞き出したというのが正しいのだけれど」
言い訳のように彼女はそう付け加えるが、彼女を見ている生徒たちが言いたいことは、恐らくそういう事では無かった。
「あー……何というかさ。最初から少し思ってはいたんだけど、何でこいつはそんなにリオに入れ込んでるんだ?」
美甘ネルが彼女たちを代表して尋ねる。調月リオの顔色が一段と悪くなった。
「…………」
そして、調月リオは一度口を開こうとしたが、そこから暫く、どんな言葉も出てくることは無かった。
「いや、言いたくないんなら別に良いんだけどさ」
状況から考えると別に良い訳は無かったが、美甘ネルはつい気を遣ってしまったのか、そう言ってしまっていた。
「……いいえ、話すわ。…………私は、ミレニアムの持つサーバの一機能を利用して、他の誰もアクセスできない場所に、様々なデータを置いていたの。私が生徒会長になる前から、そのエリアのことは私以外には誰も知らないはずだった。」
調月リオは観念したように話始める。内容そのものは聞いただけでは大した事では無かった。
「最初はただのストレージとして利用していただけだったけれど、仕組み上外部からのアクセスが出来ないそのエリアに、私は他の人には言えないような様々な計画を残していたの。我ながら荒唐無稽なものもあったし、単なる思い付きレベルの物もあった。様々な悪い出来事の想定をしていたせいで、ネガティブな内容になることも少なくなかったわ」
「
誰かが、恐らく黒崎コユキが小さく呟くのが耳に届く。恐らく後で誰かに制裁されることだろう。何人か、それを聞いて身体を震わせている生徒もいた。
「少なくともセキュリティに関しては問題は無かったの。それこそ中枢の通信ユニットであるハブが盗まれでもしない限りは漏れることはありえなかったし、ハブ自体のセキュリティレベルも極めて高い物だから、その心配すら杞憂のはずだった」
「……まあ、ハブ自体がその情報を利用するなんて想定、普通は出来ないでしょうね」
明星ヒマリまでもが、やや調月リオに同情的なコメントをした。
「……ともかく、ハブにとって私はあらゆる存在から敵対され、孤独に戦う存在、だったようなの。そしていよいよ私が戦い始めたという事に気付いて、一人戦う私に協力するために駆け付けてくれた、と、そのような話だった」
調月リオはそこでもう一度溜息をついた。
つまるところ、彼女は強いAIとなり情緒を獲得したハブのAIに、同調、あるいは同情されていた。
そしてそれこそが、今回の事件に繋がった原因となってしまった、というのが事の真相のようだった。