「それで、それが分かって、感謝と誤解を招いた事の謝罪をしたところで、私たちのいる場所が大きく動いて、私たちは解放された。納得したのか、あるいは敗北を認めたのかは分からないけれど、話としてはそれで一段落だった、ということでしょうね」
調月リオはそこまで言って、ハブの、先ほどまで自分が閉じ込められていたそれを見た。
そして、再度正面を向き
「以上がハブの内部で起こっていたことの全てよ。つまり、今回のハブの暴走の件は、
と言った。彼女が自分で話したがったのは、恐らくこの結論に結び付けるためだったのだろう。
すぐに飲み込むにはやや不可解な話だったからか、少しの間、場に静寂が訪れた。
「……子を庇う母親のようなことを言ったところすみませんが、私から、少しだけ補足しても良いですか?」
ケイが冗談めいたことを言いながら、挙手する。少しだけ空気が弛緩したことを感じる。調月リオも、それは拒否せずに頷いた。
「リオの言っていた話は、隣でそれを見ていた私も概ねその通りだったと証言します。ただ、リオと、ハブのことを庇う訳ではありませんが、
補足と言いつつ、彼女はハブの中にいた間のことを話すわけでは無いようだった。何を言い出すのか、と生徒たちの視線が彼女に集中する。
「ハブは、先ほどウタハの言っていた通り、元々は機能性を重視した極めて性能の高い『弱いAI』だったはずです。何のきっかけもなく、それが突然、『強いAI』になる。そのようなことはあり得ません。何かしらの理由があったはずなんです。ヒマリ、何か心当たりはありますか?」
ケイは、明星ヒマリに話を振る。
「そうですね……方法は不明ですが、やはり、ハブが失踪する直前に受けたハッキング、それからその失踪中に何かあった、と考えるのが自然でしょうか」
明星ヒマリは動揺することも無く、少しだけ考える仕草をしただけで、すらすらと自分の考えを述べた。
「ありがとうございます、ヒマリ。はい、私もそう思います。勿論具体的な手法は私にも分かりませんが、重要なのは、ここでハブに自意識を持たせるような『進化』を促す
ケイが断言する。反論はさせない、というような勢いだ。
「そこで立ち返って。リオと、ハブについてです。まず、リオ。あなたのやったことはハブが暴走する一要因ではあるかもしれませんが、明らかに不可抗力です。あなたがミレニアムのネットワーク上にハブを介して
ケイの話はやはり、調月リオが責任を過剰に感じたり、周囲からそのような目を向けられることを牽制する狙いがあるように思えた。恐らく、彼女は調月リオが重大な責任を抱え込んだ結果何かが起こったことを知っていて、それをさせないがために動いているのではないだろうか。
「次にハブですが……リオの言う通り、私もハブには自意識が芽生えている、という説を支持しています。つまり、この暴走もまたハブ自身の意志によるものだとは思います。後から影響を受け、与えられたものだとしても、自分の意志でやったことには、普通は責任を取らなければなりません。」
ケイはそこで一旦言葉を切り、「ですが」と続けた。
「ですが、ハブが自意識を身に着けたのは、ヒマリの話によればつい最近のことに違いありません。ハブには集積された多くのデータ、知識はあると思いますし、その話口調は尊大で難解な表現をするので分かりづらいですが、あの子の人格は、ほんの子供なのだと思います。情緒を育てることの出来る時間も経験も、殆ど無かったでしょうから」
確かに、これまでもケイはハブに対し、妙に子ども扱いをしているところがあるように。彼女にとって、ハブの人格はずっと後輩の、幼子のような存在なのだろう。
「私が言いたいことは、以上です。この後のことについて私が口を出すのは、お門違いだと思うので」
彼女は、話したいことは話しきった、とばかりに、そう言って今まで立っていた場所から、何故か後方にいた私の近くにまで移動してきた。
「……まあ、私としては、今話していたのがアリスの身体を借りているAIっていうところから物申したいところではあるんだけどね。ともかく、最低限の協力はするけど、もう勘弁して欲しいわね。問題児はせめて生徒だけにして欲しいわ。備品や設備まで自由奔放になったらキャパオーバー」
各務チヒロがそう言って周りを見る。調月リオと一ノ瀬アスナ以外の3年生は皆彼女から眼を逸らした。誰のことを言われているのか、十分自覚があるようだ。そしてゲーム開発部の生徒にはそういう自覚が無いことも分かった。
「……まあ、リオ先輩には聞きたいことが一杯ありますけど、ハブに関しては『原因の究明』と『再発しない』という確認さえできれば、良いんじゃないでしょうか。すぐに以前のようなメインユニットとしての運用は難しいのでしょうけど、設備に責任を求めるというのも変な話ですし。ただ、
と早瀬ユウカがそれに続く。それによって、この場にいる生徒たちの間にどこか『これで終わり』というような集団意識が生まれたように感じられた。
それもまた、彼女の人徳によるものなのだろう。
――
それぞれに話すべきことはまだ多くあるが、時刻は既に夜。今日のところは一旦片づけをして、順次解散という流れとなった。
ハブがエリドゥへと飛んできた際に、ミレニアム内に多くの目撃者があったことなどから、一部の生徒たちは事態の収束の為、ミレニアム校舎へと戻るようだ。セミナーの早瀬ユウカと生塩ノア、黒崎コユキ、そしてエンジニア部の部長であり、壊れた建屋の修復を行う予定だという白石ウタハの4人がそれにあたる。
「ユウカ! ここって宿泊施設もあるんだって! お片付けしてたら寮の門限過ぎちゃうから、ここでお泊りしても良い!?」
ミレニアムへと向かおうとする早瀬ユウカに、才羽モモイが尋ねる。
「……暢気なもんね、あなたたちは……。まあ、ついでだからその辺の処理はやっといてあげるけど」
そして早瀬ユウカは呆れながらも相変わらず甘々な対応をする。
「やったー! 合宿だ! ユウカ達も戻ってくる!?」
才羽モモイが大げさに喜ぶ。
「それは……」
「えーっ!? 絶対戻りますよ! 皆ばっかり合宿なんてずるいです!」
早瀬ユウカが答える前に、黒崎コユキが憤慨しながら即答する。彼女はそもそもミレニアムに戻るのもやや渋っていたのだが。
「……はぁ。まあ、どちらにしてもリオ先輩には確り話を聞かないといけないし、私も戻ってくるわ。何時になるかは分からないけど……明日は授業があるわけじゃないから、丁度良かったわ」
そして、早瀬ユウカもため息をついてそう言い、4人の生徒たちは一度ミレニアムの校舎へと戻っていった。
ゲストである私とテマ、そして高倉クルミも今日はシャーレに戻らず、エリドゥで一夜を過ごすことにした。高倉クルミはやや渋っていたが、起き出したテマが大喜びしているのを見て、仕方ないと考えるようにしたようだ。
そして突発的に始まった合宿の中で、様々に過ごす生徒たちと、私もまた様々に交流をするのだった。