「あら、先生。お仕事は終わりですか?」
C&Cの3人が夕食を作っている間、元の会議室へ戻ると、明星ヒマリが車椅子に座ってエリドゥの端末を操作していた。またミレニアムの様子を眺めているらしい。
室内には他に二人の生徒がいた。姿勢を楽にしてスマートフォンをいじっている和泉元エイミと、ヘッドフォンを付けて恐らく自らの持ってきたPCを操作している音瀬コタマだ。
この二人は明らかに口数の多い方ではなく、明星ヒマリが一方的に話している光景が目に浮かんだ。
「ええ、その後、C&Cの皆さんと一緒に買い物に行っていました。今頃カレーを作っている筈ですよ」
「あ、そういえば、お腹すいてきたかも」
私の返事に反応したのは和泉元エイミだった。
「お手伝い行った方が良いのかな?」
「どうでしょうか、私は追い出されるようにここに来ましたが」
彼女は口数こそ多くは無いが、気遣いは出来る方ではあるようだ。
「カレーは煮込み料理ですから、厨房は結構暑いんじゃないですか?」
「じゃあ無理だね。ぼーっとしてよう」
しかし彼女も自身の体質には敵わないようで、明星ヒマリの言葉にすぐに諦めていた。
「……あ、先生。いらっしゃっていたんですね」
そして、そのタイミングで音瀬コタマは漸く私に気付いたらしくヘッドフォンを外して小さく会釈した。
「こんばんは、何をしていたのです?」
「はい。周囲の音を聞いていました」
「周囲……この部屋のですか?」
「いえ、エリドゥの周りの音です」
そう言って、彼女は再びヘッドホンを付け、周囲の音を聞くのに集中し始めた。明星ヒマリの方を見る。
「コタマは
明星ヒマリは端的にそう説明した。音中毒。あまり聞いた事の無い症状ではあるが、覚えておこう。
──
その後、明星ヒマリを中心に雑談をしていると、部屋に新たな人物が近づいてきていた。
「ふぅ……ミレニアムでの情報の混乱もようやく落ち着いたわ。どうにかハレと連絡取れて良かった」
入ってきたのは各務チヒロだった。ヴェリタスだけあって、ミレニアムに戻ることは無かったが、彼女は彼女で事態の収束には当たっていたようで、疲れた表情をしていた。
「あ、先生。どうも」
各務チヒロはそう言って椅子に座ってため息を吐いた。かなり疲れているようだ。
「お疲れ様、チーちゃん」
明星ヒマリが手を止めて彼女を労った。各務チヒロは彼女を見てもう一度溜息をついた。
「ヒマリ、結果的に行かなくて良かったけど、用件はもっとはっきり言いなさいよ」
「何の話ですか?」
「『暇?』とだけ送られても忙しいとしか返せないって言ってるの」
「ああ、その件ですか、忙しいと言うから邪魔しては悪いかな、と思いまして」
明星ヒマリは悪びれた様子もなく、そう答えた。
「まったく……」
各務チヒロも、それ以上言っても無駄だと分かっているのか、それ以上言い返すようなことは無かった。
「副部長。おかえりなさい」
音瀬コタマも、近くに座った彼女に気付き、今度はヘッドフォンを付けたままそう言った。
「それと部長、そもそも私は呼ばれてもいないんですが」
そして次に彼女は明星ヒマリを見て、そう言った。
「あら、聞こえていたんですか?
「それはまあ、確かにそうですね。結局引っ張られてきてしまいましたし」
そこそこ失礼な対応であった気もしたが、音瀬コタマはそれで十分納得したようだ。
──
「……あの、先輩達はヴェリタスの人なんだよね?」
一人リラックスをしているように見えた和泉元エイミが、いつの間にか姿勢を直し、話をする体制になっていた。
「はい、そうですよ」
「うん。そうだけど?」
各務チヒロと音瀬コタマが答える。
「ウチの部長、ヴェリタスを辞めて特異現象捜査部の部長になったって聞いてたんだけど、チヒロ先輩が副部長で、コタマ先輩はヒマリ先輩のこと部長って呼んだよね? 結局のところ、辞めてるの? 辞めてないの?」
和泉元エイミが気になったのは、彼女の先輩の立ち位置らしい。音瀬コタマは首を捻り、明星ヒマリと各務チヒロは顔を見合わせた。
「……辞めるも何も、手続きみたいなものは何も無いし、直接辞めますと言われたわけでも無いからね。一緒に活動はしてないから事実上辞めてると言っても良いのかもしれないけど」
各務チヒロはそう答える。彼女もよく分かっていない、ということなのだろうか。本人しか知らない?
「聞いた話では、そもそもヴェリタスは正式な部活動ではない、ということなのですよね? 公認の部活ではない、と。それにミレニアムは兼部も可能だった気もしますが」
私も少々気になり、口を挟む。黒崎コユキはゲーム開発部とセミナーを兼部している。と言ってもセミナーの関係組織と事実上の反セミナー組織に兼部すること自体は問題が無いのか、という疑問はあるが。
「ええ、そうですね。私としてはチーちゃんが部長でも良いと思いますけど、結局のところ公認団体と違って呼び名でしかないので、自由にさせています」
「ふーん……」
どこか違和感があるのか、あまり納得していないように和泉元エイミは返事をする。
私も、何とも言えない違和感を覚えていた。明星ヒマリは、どうもこの話を打ち切りたがっているように見えた。
「……そもそも、何故エイミさんはヒマリさんがヴェリタスを辞めていると思ったのですか?」
そこで、敢えて和泉元エイミにそれを尋ねる。明星ヒマリに聞いても、はぐらかされるような気がしたのだ。
「え、何でだろう……? えーと、何となくってことは無いと思う。うーん……あ、そうだ。初めて呼ばれたときに聞いたんだ」
和泉元エイミは私の質問に記憶を掘り返し、そう答えた。
「聞いた、とは?」
「うん、初めてヒマリ部長にあったとき、その時だけリオ会長もいたんだよね。で、自己紹介をさせられたときに、ヒマリ先輩が言ったんだよ。ヴェリタスを辞めて特異現象捜査部の部長をやらされたとかなんとか。リオ先輩も否定しなかったから、そうなんだ、って思ってた」
和泉元エイミは完全に思い出したようで、そう言い切った。
「ふむ、成程」
素直に考えれば明星ヒマリが和泉元エイミにそう思わせたかった、ということだろうか。しかし、そうだとするとその動機が分からない。明星ヒマリはもはや完全に目どころか体を逸らしており、この話に関わる気は無さそうだった。となれば、これ以上の情報は期待できないだろうか。
「ああ、そういうことですか」
そう思った時、音瀬コタマが呟くように言った。やはりヘッドフォンをしながらでも周囲の声は聴いているらしい。
「何か分かるの?」
「はい、多分。つまり、部長はリオ会長に
「意地悪?」
それは、思いもかけない答えだった。
「ええ。部長はリオ会長に強引に辞めさせられて、仕方なく特異現象捜査部の部長をやらされている、とエイミさんのいる場所でそう印象付けて、リオ会長の罪悪感を刺激したんでしょう」
「あー……つまり、かまってちゃん?」
音瀬コタマの説明に、初めて得心が言ったように、和泉元エイミが手を打ってそう言った。
「そういうことですね。前から割とそういうことをやっているのを見たことがありますので……例えば」
「違います」
そして、補足情報を伝えようとした音瀬コタマを、制止するような明星ヒマリの声が響いた。いつもより大きな声に聞こえる。
「そういう訳ではありません」
そして、こちらも非常に珍しく、彼女は怒ったような表情をしていたが、彼女の顔を、耳まで赤面させており、それはとても怒りによるものとは思えなかった。
そして、それ以上説明を一切しようともしないこともまた、彼女らしくない事ではあった。
「う、うん。そっか」
和泉元エイミはそれで全てを察したらしく、彼女のその一切説得力の無い発言に頷いた。
「そうですか。ではそう言う事でも良いですよ」
そして、今まさに彼女の過去を暴露しようとしていた音瀬コタマもまた、無理に話を続けようとはしなかった。しかし、
「まあ、ヒマリは昔からリオに対してだけ異常に対抗心燃やしてたしね。それで問題起こしてたのはヒマリの方だったから、その時はリオがあんな子になって、ヒマリと手を組む時が来るなんて思いもしてなかったけど」
「チーちゃん!?」
黙って聞いていた各務チヒロだけが話を続けた。彼女もまた、日頃の鬱憤が貯まっていたのかもしれない。
「ウタハに聞いたわよ。今日の集まり、同窓会のようなもんでもあるって。私たち、まだ卒業もしていないのにね。でも、離れ離れになっていたのは変わらないから、たまにはこういうのも良いかもしれないとは思うわよ。リオも……先生やあの子……ケイのお陰で少し変わった、というか肩の荷が降りたみたいだし」
各務チヒロがそう言って、微笑んだ。
「……チーちゃんが一番らしくないこと言ってますよ」
「それは自覚してる」
明星ヒマリが負け惜しみのように呟き、各務チヒロはそれをまた、鼻で笑った。
そしてまた、室内が静かになった。だが恐らく、彼女達はそれを居心地悪いと感じていることは無いように思えた。