会議室を出て、別の部屋、1年生が寝泊まりする予定の大部屋へと向かう。ケイに尋ねたいことがあったことを思い出し、今話せなくとも、後で時間をとってもらえるよう頼もうとしたのだ。
部屋を前にした時既に、中から楽しそうな声が聞こえてきていた。そのままノックすると
「はーい!」
という溌溂とした声が響き、すぐに扉が開いた。
「あ、先生! 先生もゲームをやりますか?」
案の定、ゲーム開発部の4人がそこでゲームを勤しんでいた。テマもいるかと思ったが、不在のようだ。
「お楽しみのところ、失礼します。様子を見に来ただけですので、ゲームは大丈夫です。今はアリスさんですか」
「はい! ケイは少しお疲れみたいです……今は眠っているみたいなので、アリスが起きています」
その辺りの感覚は、恐らく本人でないと分からない事だろう。しかし、疲れた、というのは少し気になった。
「先生! 遊びに来てくれたのー?」
「こんばんは、先生」
「あ、こ、こんばんは」
残りの3人も、一度ゲームを中断し、こちらに集まってきた。全員、戦闘などで肉体的な疲労は相当なはずだが、平気でゲームをやっているのは流石である。
「こんばんは、皆さん。随分元気そうですね、疲れは溜まっていませんか?」
こちらも挨拶を返す。
「うん! さっきまでケイともお話してたんだよ!
才羽モモイは中でも一際気力にあふれているようだった。
「いや、回復まではしないけど……でも、ちょっとテンションが上がっちゃいますね。合宿ってなると」
才羽ミドリは少し照れながらそう言った。最も疲れて居そうだった花岡ユズはというと、
「先生、さっきは、その、ありがとうございます」
何故か私に頭を下げていた。何か礼を言われるようなことをしただろうか。
「というと?」
「え!? あっ、えっと、その……ハブとの戦いの時、私に指揮が向いているって言ってくれたことです」
「ああ、その事ですか」
心当たりが無くて当然ではあった。私がそう依頼し、彼女は十分にその役目を果たしてくれた。私は礼を言われる立場に無かった。
「礼を言うのはこちらの方ですよ。ユズさんは私の采配を信じ、こちらの期待に想像以上に応えてくれました。本当にありがとうございます」
私がそう答えると、彼女は顔を紅潮させた。
「あぅ……あっ、ありがとうございます。でも、その……わ、私、ゲームしか取り柄が無いと思ってたんです。も、勿論ゲームは大好きなので、それで良かったんですけど」
そして彼女は、礼と共に私に伝えたいことがあるようで、それを少しずつ、語り始めた。
「ゲームと言っても、作る方は自分一人じゃダメダメで、プログラミングもまだまだですし……」
話している中で、何故か彼女はネガティブな方へと思考が寄ってしまう。
「プレイヤーとしては、ゲームの腕はプロ級以上、と聞いていますが」
「……そうかもしれません。多分、きっとそれはその通りで、私はプロゲーマーにはなれると思うんです。でも、それは……それしかなれないから、仕方なくやる、というのは嫌なんです。なるなら、自分で選びたい、という気持ちがあって、ゲームを作り始めたのはそういう一面もあったんだと思います。我儘、だとは解っているんですけど」
今聞いているこの話は、他の部員たちは知っているのだろうか。気付けば、部員たちは語っている花岡ユズを一歩下がって見守るようにしていた。
「今日、先生が私に戦術指揮が向いている、と言ってくれて、実際に少しだけ触れてみて、もしかしたら、と思っちゃったりもしました。新しい道が拓けた気がして…… だから、そ、その、ありがとうございます! 本当に、嬉しかった、です。」
彼女はそう言って、もう一度私に深く頭を下げた。私にとって、思いがけないことだった。
「な、何か凄い、ドラマを見てるみたいだったね!!? ユズが熱く語るシーン! 何か、インスピレーションが湧いてきたかも!? 感動した!」
そしてその空気を破壊するように、才羽モモイが叫んだ。耐え切れなくなったのだろうか。
「もう、お姉ちゃん…… でも、私もちょっと感動しちゃったかも」
「ユズ! 私はユズの指揮を見ていません! またやってくれますか?」
才羽ミドリと、天童アリスも花岡ユズに話しかける。
「ひゃわっ!? あっ、え、えっと、あわわわ」
花岡ユズが正気に戻ったかのように左右を見て慌て始める。全員に注目されていたことに今更気付いたのだろう。
空気はあっという間に、元のゲーム開発部の物になっていた。
花岡ユズの適正については、偶々私が直接彼女に言ったのが最初だった、というだけで、恐らく何人かの人物はそれに気づいていたはずだ。
例えば、先日初めてあったばかりの高倉クルミや、和泉元エイミも、美甘ネルと戦う前の段階で、彼女を仲間に選んだ。
ゲーム開発部の生徒たちや早瀬ユウカもあるいは、彼女にそう言った事の適正があることは薄々気づいていただろう。
つまり、私のやったことは本当に大したことでは無いのだ。恐らくいつの日か、自分で気づくタイミングもあったことだろう。
勿論、彼女が今後、指揮官として戦いに身を置く可能性は高くないだろう。ただ、
――
花岡ユズを中心に騒いでいたゲーム開発部が落ち着いたころ、改めて4人に声を掛ける。
「そういえば、先ほどC&Cの皆さんと買い出しに行きましたので、飲物や菓子類がキッチンに置いてありますよ」
「え、本当!? 先生のおごり!?」
いの一番に反応したのは当然才羽モモイだった。花岡ユズは時間が経って恥ずかしさが限界に達したのか、部屋にあった収納スぺ―スに身を隠してしまっていた。
「まあ、一応そうとも言えますね。勿論皆さんの為だけに買ってきたわけではありませんが」
「やったー!! ミドリ、取りにいこ!」
「うん!」
「C&Cの皆さんはそのまま夕食の準備をしているはずなので、邪魔にならないようお願いしますね」
「はーい! って、え!? 夜ごはんまで作ってくれてるの!?」
「そ、それお手伝いとかしなくていいの……?」
メイド部をやっている以上、そういうのも好きなのだろう、と思っていたが、どうだろうか。
「まあ、手伝いをすれば喜ばれるかもしれませんが、いずれにせよ取りに行くだけ行けば良いのではないでしょうか」
「うん! そうだね、じゃあ、行ってきます!」
才羽姉妹は元気よく部屋を出ていった。
――
室内には私と天童アリスだけが残った。いや、花岡ユズは姿を隠しているだけで、室内にいるにはいるのだが。
「先生、ちょっと良いですか?」
天童アリスが近寄ってきて、小声で話しかけて来た。花岡ユズに聞かれないようにするためだろうか。
「はい、何でしょう」
「ケイから、伝言があります」
「はい? ああ、そういえば今は眠っているんでしたね」
天童アリスは頷く。
「どういった内容ですか?」
「後で、寝る前にちょっとお話がしたい、と言ってました!」
伝言はシンプルなものだった。そして、私にとっても都合の良い物だ。
「成程。私も実はケイさんにお話することがありましたので、丁度良かったです」
私がそう伝えると、天童アリスは嬉しそうな笑顔になった。
「どうかしましたか?」
「はい。先生とケイはとっても仲良し、ですね!」
「……ふむ」
それが、彼女にとって嬉しい、という事なのだろう。否定する気にはならなかった。
「そうですね、そうありたいと思っていますよ」
私がそう答えると、天童アリスは一層嬉しそうな表情になった。
――
才羽姉妹が外に出て暫く。
ただジュースや菓子を取りに行っただけにしてはやや時間がかかっている、と思いつつ、天童アリスがゲームをプレイするのを眺めていると、部屋の外が騒がしくなった。彼女達が戻ってきたのだろう。
「にははっ、ただいまー! このお部屋でお泊りするんですね!?」
しかし、部屋に入ってきたのはミレニアムに戻っていたはずの黒崎コユキだった。
大きな荷物を抱えているのは、恐らく外泊用の道具などが詰め込まれているのだろう。恐らく、他の部員の分も。
「ご飯の前だからお菓子はやめとけって言われちゃったよー……」
「お姉ちゃん、コユキちゃん、廊下で騒いでるとユウカに怒られるよ。戻ってきてるんでしょ?」
そして才羽姉妹も戻ってくる。どうやら丁度その辺りで合流して、一緒に戻ってきたのだろう。
「お帰りなさい、コユキさん。ミレニアムでの処理は済んだのですか?」
「はい! めちゃくちゃ急いで終わらせてきました! そもそもあんまり騒ぎにはなってませんでしたけど、にはは」
黒崎コユキが頷く。早瀬ユウカや生塩ノアの姿は見えなかったが、恐らく会議室辺りに行っているのだろう。
それから、黒崎コユキが合流して再びゲームが始まり、夕食の準備が出来たと連絡が入るまでは、彼女達と共に過ごすこととなった。