生塩ノアとの立ち話を済ませ、調月リオに指定された部屋の前に立つ。
その直後、自動的に扉が開かれた。中に入れという事だろう。
「先生、来てくれたんですね。待っていました」
私の入室に気付いた早瀬ユウカがこちらに微笑みかけた。
そして調月リオはというと。
「…………待っていたわ」
既に満身創痍の状態に見えた。恐らく、私がここに来るまでの間に既に早瀬ユウカに説教されていたのだろう。遅かった、という文句を言われてもおかしくは無かった。
「すみません、遅くなりました。」
「いえ、丁度良かったです。ミレニアムの機密に関わる内容について、事前に話を聞くことができましたから」
私が遅刻を詫びても、早瀬ユウカは気にしてはいないようだった。
「とりあえず、隠れた使途不明金が一体何に使われていたのか、という事が分かって良かったです。リオ会長の言っていたことが正しければ、取り返しのつかない事態になるのはあらゆる意味で避けられた、ということみたいですし」
早瀬ユウカが、先ほどまで調月リオと話していた内容について、淀みなく話した。明星ヒマリや調月リオと同じく、説明慣れており、過度に衒学的でも専門的でもないのが好印象だ。
「それで、先生をお呼びしたのは……まず一つが、リオ会長の話の裏付けを一応つけておきたかったからです。」
「成程、確かにそれは必要でしょうね。他にどういったことが?」
続きを促す。
調月リオは早瀬ユウカの言葉に口を挟むことなく、黙って話を聞いていた。
そんな様子の先輩を一瞥し、早瀬ユウカは話を続ける。
「後はリオ先輩を留任させるべくどうやって説得するか、ということと、この件の後始末をどう終わらせるか、という類の相談がしたかったからです。」
それは機密に当たらないのか、ということと、本人がいる前でそんなことを堂々と言って良いのだろうか、という二つの疑問が浮かんだ。
「成程、用件は分かりました。私にできることであれば協力しましょう」
しかし私は確認することなく、早瀬ユウカに協力することを決めた。この状況においてそれが最適であることは明らかであった。
「ユウカ、私は……」
調月リオが小さな抗議の声を上げようとしたが、早瀬ユウカが彼女の方を向くと、そこから先の言葉が聞こえなくなった。完全に委縮しているが、一体何があったのか。早瀬ユウカの様子は私から見ると通常通りに見えた。
早瀬ユウカは小さく息を吐いて、進行を続ける。
「まずは、リオ会長から聞いた話の裏付けの部分です。私が聞いた話を、私なりに解釈して先生に伝えるので、間違っている部分があれば指摘してください。」
「承知しました」
私が頷くのを見て、彼女は調月リオとの会話の中で取っていたのだろうと思われるメモに一瞬だけ目を通し、そして解釈を話し始めた。
「この施設、エリドゥはリオ会長がまだ会長職に就く前から、当初は自費で建設を始めた施設。目的はミレニアム、あるいはキヴォトス全体に対する脅威、懸念事項に備えるため。当初の予定から計画の修正があり、この巨大な要塞が出来てしまった」
その辺りの成り立ちは私も聞いていなかったため、修正はできない。恐らく規模が大きくなるにつれ必要なコストが膨れ上がり、ミレニアムの資金に手を付けることになったのだろう。これも推測でしかない。
「そして、その中でリオ会長が最も懸念していたこと、というのが無名の司祭、それから名も無き神々の王女AL-1S……つまり、アリスのことだった。アリスがそうだっていうお話は、この間先生やヒマリ先輩から聞いていたので、驚きはありませんでしたけど、ケイ……ちゃんの存在があの子の特殊さを再認識させました」
二人で呼び方を分けているのは、どういう意味があるのだろうか。この部分も特に異論は無い。
「今日の騒動の発端は、勿論一昨日の事件がきっかけではあるけれど、最悪の事態を想定して、先生や会長、それから一部の3年生の先輩方のみでアリスやケイちゃんと『話し合い』を行うために作られた。」
「ええ。まあ、そういう意味で
「そういう話は今は結構です。それで、話し合いの結果、アリスもケイも、敵対の意志が現状無いことが分かり、騒動を『
早瀬ユウカはそこまで言って、小さくため息をついて私の顔を見つめた。話し終わり、ということだろう。内容は殆ど完璧であり、調月リオからこれらをよく聞きだしたものだ、と思う。
「概ね、あっていると思います。私も初耳の内容がありましたが。リオさんの持っていた懸念については、以前から知っていました。その懸念自体に対しては同意できる立場であったため、リオさんと協力する立場になっていた、という訳です」
「………つまり、リオ会長は本当のことを言っていた、ということですね。分かりました。では、この話はこれで大丈夫です」
殆ど見てもいなかったメモを閉じて、早瀬ユウカはそう言った。
「よろしいのですか?」
「ええ。そもそも、本題はこの後の話ですから。」
早瀬ユウカは笑顔でそう言った。
――
「本題とは、つまり……リオさんに会長を留任して欲しい、という話でしたか。」
「はい」
「という事はつまり、リオさんは会長職を降りようとしている、ということですか?」
「…………」
私の問いに、早瀬ユウカは口頭では応えず、調月リオに抗議するような目で見た。しかし、そこに怒りは余り籠っていないように見えた。このような雰囲気に、私はどこか覚えがあるような気がした。
「……ユウカ。私は辞めたいと言っているわけでは無いわ。ただ……自分の行ったことを分かっているだけ。結果的に私は杞憂で横領を行い、ミレニアムに被害を与えた。生徒会長としてあるまじき行い。」
「…………」
既に交わされた会話なのだろう。早瀬ユウカは物言わず、同じ視線で抗議を続けるだけだった。
「それに勿論、今すぐ辞める、というようなことをするつもりは無い。色々と解決すべき問題も残っているし、……引継ぎもする必要がある。ユウカは私が隠していたことを解き明かした。能力面も問題ない。人望に関しては……私なんかと比べ物にもならない。誰も、あなたが会長になる事を反対はしないわ」
最後まで、調月リオは早瀬ユウカに目を合わせることなく、そう言った。
「……何で、そんなこと言うんですか?」
早瀬ユウカが、反応した。彼女は、その声を震わせていた。
「私が会長に向いているか、なんて余計なお世話です! 今のミレニアムで会長が務まるのなんて、リオ会長以外いるわけないじゃないですか!? 私に何でも事前に説明してくれなんて、言いません。言えないことが沢山あることも、私がその役に立てない事も分かってます。でも、辞めたくないなら、辞めないでくださいよ!」
そして、彼女は捲し立てた。対象は私では無かったが彼女を怒らせた嫌な記憶が蘇る。
「ユウカ……」
調月リオも、このようになる早瀬ユウカは余り見覚えが無かったのか、動揺しているように見えた。
そして、私は先ほど感じた既視感、彼女が調月リオに向けていた不満げな視線が何だったのかに気付いた。それは、彼女に向けられる彼女の後輩からの視線、つまり、信頼する先輩に対し、何かを求めるような視線に近いものがある、と感じていたのだろう。
もっとも、そこに抗議や怒り、そして真剣さがある以上、完全に同じものでは無かったのだろうが。
「ユウカ……私は」
「お二人とも、少しよろしいですか? 一度、落ち着きましょう。」
焦った表情で口を開く調月リオに被せる形で、私は割って入った。早瀬ユウカは勿論、調月リオもまた、冷静ではないように見えた。
しかし、部外者の私からすると、解決すべき問題は一つだけであるように思えた。