「……ごめんなさい、すぐ、戻ってきます」
私が二人の会話を遮るように割って入ると、早瀬ユウカはそう口にして、部屋を退室した。
少しの間でも、冷静になる時間が必要なのだろう。
部屋には私と調月リオが残された。
「……また、間違ってしまった」
調月リオが呟く。
彼女は早瀬ユウカが出ていった扉を暫く見ていたが、今はただ俯いていた。
ケイと共にハブから出てきて以降、彼女の様子は精彩を欠いていたが今の彼女は既に、人間関係に悩む一人の少女にしか見えなかった。
「リオさんの言っていたこと自体が、そこまで間違っていたとは、私は思いませんよ。自分のやったことに対して責任を取る。投げ捨てて逃げるのではなく、信頼できる後輩に託してから退任する、ということで、部外者からみると、妥当性はあるように感じました。ユウカさんをそれだけ評価している、というのも事実なのでしょう?」
私が尋ねると、調月リオは俯いたまま小さくうなずいた。
「ただ……それがユウカさんの望みとは異なっただけです。お互い知らぬ相手では無いのですから、当初の予定通り、話し合いで解決する道はあると思いますよ」
「…………ええ」
彼女は再び頷き、そして小さな声でそう言った。
──
「すみません、顔を洗ってきました」
宣言通り、早瀬ユウカはさして時間をかけることも無く戻ってきた。多少目を赤くしていて、笑顔は見えなかったが、落ち着いて話を進める分には問題ないだろう。
「お待ちしていましたよ。では、続きを話していきましょうか。ユウカさん、これはあくまで現状の確認なので、何も決まっていない、という事を前提にして聞いてください」
「はい。……お気遣い、ありがとうございます」
早瀬ユウカは神妙に頷いた。
「ユウカさんはリオさんに留任して欲しい。一方リオさんはそれが難しいと考えています。リオさんの意思に関わらず、この『
「……はい」
早瀬ユウカは当然、その事実に気付いていたはずだ。その理屈を超えて調月リオに残ってほしかった。彼女にはどうしていいか分からず、それでも憧れの先輩が解法を提示してくれるのを、或いは願っていたのかもしれない。
「また、この件に関して隠蔽しようとする場合、それは大して難しい事でもありません。個々の存在を知っているのもわずかな人物に限られますし、頼めば協力してくれる可能性が高いと思っています。そして金銭が必要なのであれば、連邦生徒会を介さずとも私の方でもある程度カバー可能です」
「でも、そんなことは……できません」
早瀬ユウカは首を振った。
「ええ、そう言うと思っていました。お二人がそれに同意しないことも」
お互いに、他人の為であれば、違ったのかもしれない。
または、握り潰さなければならない已むに已まれぬ事情でもあれば話は別だったかもしれない。
しかし、少なくともその罪を全て握りつぶしてしまうのは、双方にとって認められない事のようだ。
「さて、それでは別案で、となりますね。そもそも、リオさんの起こした行いは、会長職を辞さなければならない程の事なのでしょうか。ユウカさんの言っていた本件の後始末、にも絡んでくる部分です」
となれば、私にできることは彼女達の認識を変え、新しい解釈の余地を見出すことに活路を見出すしかなかった。
「まずそもそも、このエリドゥという建物は、生徒会長であるリオ会長が純粋にミレニアムの為、延いてはキヴォトス全体の為に作り上げた施設であり、私利私欲によるものでは一切ない、そういう性質のものです。それは、リオさんが自身の私財をも投げ打っていることから明らかです」
前提として、彼女が不正を働かざるを得なかったのは、正規の手続きを踏むと起こりうる問題が多すぎたためだ。
彼女の懸念は実際のところ正しく、今回問題が起きなかったのは、ケイが
「そして、このエリドゥという施設ですが、防衛施設としてかなり高度な仕組みを持っていますが、それだけではありません。昨日のゲームのことや、今行っている合宿を考えると高度な研究や実験を行うことの出来る宿泊施設、と捉えることもできるでしょう。ミレニアムにとって有用な施設になり得ます。勿論、リオさんがこの施設をミレニアムの施設として制作していたなら、ですが」
私の話に、2人が沈黙する。私の目的がなんなのか、考えているのだろう。
「…………つまり、先生は、エリドゥを『
そして早瀬ユウカが、先にそれにたどり着いた。彼女の思考が「リオ会長を留任させる」という方向に進んでいたためだろう。
「何のことでしょう? 私はリオさんが
「当然です。まず正式な申請を通すこと、それにより予算に足が出てしまえば当然その分の返還が求められます。その上で、謹慎処分などのペナルティがあります。またそのことが問題視された場合、不信任や解任の動議がされることもあるでしょう。ただ……、まあ、事後申請や予算の流用などはミレニアムでは日常茶飯事なんですよね……最悪なことに」
早瀬ユウカがわざとらしく溜息をついた。調月リオは、私たちが何を言っているのか分からない、と言った表情をしていた。彼女にしては非常に察しが悪い。
「それで……結局リオ会長は、エリドゥをミレニアムの施設として作っていたんですか?」
「いえ、そんなことは…………それは…………………………ええ、そうよ……」
そして、早瀬ユウカが直接調月リオに尋ねるところで、もっと言えば一度否定しかけた時の後輩の表情を見るに至りやっと、その思惑に気付いたようだ。
「もう、ダメじゃないですか! ……ですが、会長の不手際はセミナーという
早瀬ユウカは調月リオをわざとらしく叱責して、そして後輩に解決策を提示するような見慣れた、澄ました顔になりそう言った。
結局のところ、彼女もケイと同じく調月リオが責任を負うなら、自分にも負わせてほしい、と考えていたのかもしれない。
──
「細かい点はミレニアム校舎に帰って色々調べなければいけませんが、一番の問題は過剰とも言える防衛設備にどう説明を付けるか、という点ですよね」
「エデン条約の調印式におけるミサイル襲撃や、七囚人の脱走、企業による軍事クーデター未遂事件など、最近物騒なことが続いていましたので、備えが必要であるというのはある程度説得力があるでしょう。それにリオさんが用意可能な防衛性能が通常の同規模の予算から考えると桁違いに優れているのは結果論に過ぎませんから」
「そんなことは……いえ、何でもないわ」
その後、私たち3人は今後の処理をどう進めていくかの相談をしていた。目的の統一を果たせたため、議論は非常に順調に進んでいた。
「それと、これはどちらかというと実運用における問題点であり、指摘される可能性は低いと思いますが、セキュリティの問題はどうしますか? 人的被害なく取り返せましたけど、今日の件で、悪用される可能性があることは分かりましたよね」
早瀬ユウカが尋ねる。確かにハブのような高性能のAIに突発的に襲撃されさえしなければ問題ないだろうが、それでも一度起きた以上、二度と起きないとは限らない。
「それについては、考えがあるわ」
「え? どんな考えですか?」
「……まだ本人に確認を取っていないけれど、施設の管理をお願いしようと思っている子がいるわ」
調月リオがやや躊躇ってそう言った。それが何のことなのか、私にはすぐに分かった。
「丁度良く、この場所に自分で来てくれましたからね。どうも、ミレニアムに強い帰属意識があるようですし、リオさんの御願いなら聞いてくれそうな方が」
「それって……あ、そういうことですか。確かに能力的には問題なさそうですけど……」
勿論それは、ハブのことだ。ハブは、少なくともすぐにミレニアムの通信ユニットに復帰することはできないだろう。多少性能は落ちるにせよ、既に代替のユニットが稼働しているからだ。
「勿論、最初から全てを任せるつもりはないわ。当分の間、少なくとも私が卒業するまでの間は、私が管理を続けてサポートする」
「うーん……まあ、セキュリティという意味では最も良さそうかもですね」
このように、私たちはこの場で可能な目に見える問題点をいくつか検討し、短時間の議論はスムーズに終了した。
最終的にどうなるか、というのは分からないが、少なくともセミナーや調月リオはペナルティを受けることになるだろう。
それでも、彼女達が今までミレニアムで行ってきた実績や功績、そして努力をミレニアムの生徒たちは無下にはしないだろう。
先に部屋を後にした私は、そのようなことを考えていた。