ゲーム開発部の生徒たちが揃ってシャーレの手伝いに来た日から3日後、調月リオの呼び出しに応じて私はエリドゥに訪れた。
「ケイさん、一人で来られたんですね。もちろんアリスさんと一緒ではありますが、てっきり、他のゲーム開発部の皆さんも来られるものかと。」
天童アリスの身体を借りた状態で、身一つで合流したケイに尋ねる。
「はい。あまり大げさなことにはしたくなかったので。その代わり、昨日たっぷり遊んでもらいましたから」
ケイが返事をする。
「そうなんですか?」
「はい。昨日だけじゃありません。この何日か、シャーレのお仕事を手伝ったのもそうですが、色々なことを体験させてもらいました。」
ケイがゆっくりと話す。
「例えば、学食でご飯を食べました。夜中にこっそり外出をして買い食いをしましたし、夜通しゲームをしてみたり、授業を一緒に受けたりしました」
「……」
「身体があったら出来る沢山のことを経験させてもらいました。シュロ……テマでは無いですが、それこそ、体験入学をさせてもらった気分ですね。アリスの身体なのに、半分以上私が使わせてもらっていましたね」
そういって、ケイはややバツが悪そうな笑みを浮かべた。しかしそれは、紛れもなく天童アリス自身の思惑でもあっただろう。
二人は今日、共有していた身体を分離させ、ケイはその体を離れることになるのだ。
「そうですか。それは、良かったですね」
彼女の言葉に、私はそのように話すことしかできなかった。
「何ですかそれは……はい、良かったです」
私の当たり障りのない言葉に呆れた顔をした彼女も、結局、それ以外言葉にできなかったのか、私に首肯した。
――
「待っていたわ。先生、ケイ。」
エリドゥの中で、いつものようにロボットに案内されて進むと、以前来たときとは異なる部屋へとたどり着いた。そこで待ち構えていた調月リオが私たちに話しかける。
室内には、見覚えの無い機械が置かれており、そこからはいくつかのケーブルが伸びており、エリドゥに直接接続されているようだ。
「はい、よろしくお願いします。リオ」
ケイが頷く。私も軽く挨拶をするが、今回私は特にやるべきことが無い。ただ、見届けるだけだ。
「ええ。早速だけれど、改めて今回の件について、齟齬が無いように説明するわね。いいかしら?」
「ええ、お願いします」
調月リオがこれから行うことについて説明を始める。
「まず、アリスの身体から、ケイという存在の情報を分離させる。この機械は本来誰かの精神に直接介入するための物なのだけれど、それを二つの精神の目印として利用して、ケイのデータのみを隔離する、という方法。そこまでは既に可能であることを確認済みよ」
そのような機械が元から用意してあったこと自体驚異的だが、今更その事に驚いていも仕方ない、私は素直に頷いた。
「ええ、そう聞いています」
私が相槌を打つと、調月リオは頷いて続きを話す。
「そのデータをエリドゥから、ハブを通して、
「……大丈夫です、リオ。私は信じていますから」
調月リオが心配そうな表情でケイを見ていることに気付き、ケイは笑顔を向けた。
「……ええ、そうね。理論上は問題ないはず。むしろケイのデータにはミレニアムでも最高峰のセキュリティがかけられ、そしてケイ自身が逆にミレニアムに対してこれまで以上に強固なセキュリティを発揮する、ということになる。数字上は、前回ハブに対して
調月リオがケイの顔を見ながら、そう言った。ケイが、ミレニアムの要であるネットワークの、真の意味での守護神になる、という事だろう。
「まあ、そうですね。あくまで私が自らの身体を獲得するまでの期間限定にはなると思いますが、間違いなく最強のセキュリティになってみせると約束できますよ」
そしてケイは、強い自身が伺える口調でそう言った。それは、調月リオに対する信頼も含んだ言葉なのだろう。
「……さて、ではそろそろ、お願いします、リオ。それと、先生は一旦部屋の外に出て行っててくださいね。手術されてる様子というのは、あまり見られたくないものですから」
私と調月リオが黙っていると、ケイは一切の不安を感じさせない口調でそう言った。
「ええ、そうですね。では、ケイさん、また後程」
私はそう答え、部屋を後にした。
――
それから、再び部屋に呼ばれるまで、30分程だっただろうか。想像していたよりもずっと短い時間だった。
「終わったわ」
調月リオのシンプルな言葉が私を呼び、私は再度部屋に入った。そこには天童アリスが、先ほどまで話していたケイではなく、紛れもなく彼女が立っていた。
「おはようございます、先生」
天童アリスは笑顔で私にそう言った。その笑顔は、やはりいつもの彼女と違って、間違いなく寂しさを湛えていた。
「おはようございます、アリスさん。ケイさんは無事に移動できましたか?」
そんな彼女に尋ねる。彼女は頷いて
「はい」
と、ただ一言だけ口にした。そしてその時、私の端末に通知が入る。
それは 『
「成程、非常にケイさんらしい報告ですね」
私はそれを天童アリスに見せる。
「はい、アリスもそう思います」
彼女はそう言って、漸く嬉しそうな表情を浮かべた。
――
「先生、少し良いかしら。話したいことがあるわ。」
報告の後、黙っていた調月リオが口を開いた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「アリスも一緒にいて良いのですか?」
「ええ。先程、先生が部屋を出ていったからケイと話をしていたことだから、アリスにとっては2回目になるかもしれないけれど」
調月リオは頷く。そして、話し始めた
「ケイから、また改めて謝られてしまったわ。ハブのこと、そして、今回の作業のことを。ケイは、私に色々と無理をさせてしまった、と思っていたようね」
思っていた、というよりそれは殆ど事実だろう。彼女は自分以外にリスクを取らせる行動を、本来極端に避けているような傾向があった。
私の考えていることが伝わったのか、調月リオは少し苦い表情をする。
「否定することはできないわ。でも、今回の様々なことのおかげで、色々気付くことも出来た。本当に、謝られることでは無かったの。だから、ケイが望むのなら、やってあげたいと思った」
彼女が信条を曲げてまで、リスクを取ってケイをミレニアムのサーバーに置いた事の理由を、彼女は話そうとしている。
「気付き、ですか」
「ええ、それは……ハブが、私が孤独な存在だと思って、私を助けに来た、と私に伝えた時、私は何故か喜べなかった。いえ、ハブのその想い自体は
調月リオが言い淀む。言いたくない、というよりはどのように言葉にするかを考えているようだだった。
「その時、私は何故か受け入れられなかった。その理由をずっと考えていて、さっき、ケイと会話したとき、漸くそれに気づいたの。ケイが、私に『
「……」
「そもそも私は、孤独では無かったの。誰からも理解されない、と勝手に思っていた。いえ、そもそも理解されているか等ということは本来関係なかったの。つまり……
調月リオは溜息をついた。
「……ケイは、それを聞いて笑っていましたね」
黙って聞いていた天童アリスが、耐え切れなかったのかおかしそうにそう言った。
「ええ……『今更気付いたんですね』、と言っていたわ」
そう言って、調月リオは口を閉じた。話したいこととは、そのことだったようだ。
「成程……リオさんは、どうしてこの話を私に?」
「……そうした方が良いと思ったの。私がケイと、先生に感謝していることを伝えたくて」
「私にも、ですか?」
「ええ、そもそも先生が間に入っていなければ、今回のような形にはならなかった筈だから」
「成程……分かりました。受け取りましょう」
私の答えに、調月リオは静かに頷く。彼女との話はそれで終わりとなった。
天童アリスをミレニアムに送り届け、私はシャーレへと戻った。
そして、意外なことにそれからたった1週間で、私は再びケイと顔を合わせることになった。
場所はシャーレで、それをもたらしたのは、手伝いに来た早瀬ユウカからだった。