「おはようございます、先生。最近全然来れなくて申し訳ありませんでした」
テマのミレニアムへの体験入学から始まった一連の騒動から約3週間。一か月にも満たない期間だが、早瀬ユウカがそれだけの期間顔を見せなかったのは彼女が来るようになって以降、初めてのことだった。
「おはようございます、ユウカさん。仕事とはいえ、ユウカさんは学生ですから学校のことを優先するのは当然のことです。お気になさらず」
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです。それで、先生、早速で申し訳ないんですけど……お仕事の前にいくつかご報告があるのですが、お時間いただけますか?」
早瀬ユウカが、勿体を付けてそう言った。笑みを浮かべているので、悪い話ではないだろうがどういった内容だろうか
「ええ、勿論です」
「ありがとうございます。まず、分かりやすいところから……アリスが、ミレニアムの生徒として正式に編入することになりました。リオ会長がつかまるようになったので、漸くという感じですけど」
「それは、素晴らしいことですね。おめでとうございます。」
私が祝辞を述べると、彼女は頷いてほほ笑んだ。
「はい、ミレニアムにとっても、特別な日となると思います。何かお祝いをしてあげたいんですけど……って、それは今は良いですね。それと、エリドゥの件も、どうにかなりそうです。リオ会長のこともそうですが……むしろ思ったよりも
そこで、早瀬ユウカは一度溜息をついた。何かがあった、ということか。
「反響、ですか?」
「何故かヒマリ先輩が先導して
早瀬ユウカはそれを思い出しているのだろう。ため息をついた。
「予算申請が前だとか、後だとか些細なことを誰も気にしない程の熱狂が起りまして、解放予定のスペースは予約で埋まり、転売どころか利用券が賭博の対象にすらなる始末。勿論、ミレニアムの施設なので本来利用料なんてものは存在しないので大問題です」
「それはまた何というか、お疲れ様です」
「本当に疲れました……リオ会長へのペナルティに関しては、とりあえず、反省文の提出と言うところに落ち着きました。コユキが最近入らなくなった
早瀬ユウカはそう言って再度溜息をついた。しかし、口調や行動とは裏腹に、比較的無事に済んだことへの喜びの垣間見れる表情だった。
「というわけで、3つ目です。実は、これが本題です」
そしてその流れのまま、彼女は小型のタブレットのようなものを取り出して、私に見せた。
「先生とお話がしたいという子がいるので連れてきました。」
早瀬ユウカがそう言いながら笑みを浮かべ、その端末を起動した。
――
早瀬ユウカが起動した端末の画面が、どこか見覚えのある景色を映しだしていた。しかし、それがどこであったかを思い出すよりも、私は別のことが気になっていた。
そこに、見覚えの無い人物が映し出されていたからだ。
そしてそれはよくできていたが、恐らく現実の物ではない。この人物は何者だろうか。その人物が言葉を発さないため、これを持ってきた早瀬ユウカの方を見る。
「え? この子誰?」
何故か早瀬ユウカも怪訝そうな顔でタブレットを覗き込んでいた。
『……我が名はホド。奇跡を預言する預言者にして、真実を究明せし徒の守護者』
早瀬ユウカの言葉が聞こえたのか、その少女が何事か話し始めた。話し慣れていないのか、言葉が聞き取りづらかったが、自らのことを『ホド』と名乗っていたのは聞こえた。つまり……
『黙って見ていたら何勝手な事言ってるんですか、ハブ。後、そんなに小声だと伝わりませんよ。先生もユウカも戸惑っているじゃないですか。』
この人物の正体に思い当たった直後、その近くに別の人物が現れ、その人物を押し退けるように画面の中心に立った。
整えられた白髪の長髪に、ミレニアムの制服を着た少女の姿。天童アリスとどこか似ている容姿のその人物は、彼女もまた始めて見るにもかかわらず、それが誰なのかはすぐに理解できた。
「こんにちは、ケイさん。お久しぶりですね。」
『…………何であなたは……まあ、いいです。はい、お久しぶりですね、先生。ユウカも、紛らわしい事をしてすみません』
ケイはこちらを睨んだあと、ため息をつく仕草をしてから、早瀬ユウカに謝った。彼女の身体が既に完成しているとは考えづらく、先ほど虚空から出現したことも踏まえるとこれは彼女が作り出したアバターなのだろう。よく見ると、彼女達がいる場所はエリドゥの屋上をモデルにしていることが分かった。
「大丈夫よ、ケイちゃん。何かバグったのかと思ってびっくりしたけど。それで、そっちの子はハブなのね?」
早瀬ユウカが画面の端に追いやられたまま立ち尽くしている少女を見ながら尋ねる。ケイは頷いて
『はい。私がアバターを作ったのが羨ましかったようですね。今は普通の話し方と人間的な動きの再現の練習中です』
『否。練習など不要。我は予てより言語能力に於いて聊かの不備も無いという十全たる評価を受けている』
ハブがケイに対し発言する。内容としては間違いなく抗議であるのだろうが、話し方や動きからはそのように感じられなかった。アバターが羨ましかった、というのは否定するつもりは無いようだ。
『ああ、そういえば
ケイはハブに苦言を呈した後、ついでのように私の反応にも文句をつけた。
「いえ、驚きましたよ。ハブが最初に出てきていなければ少し違う反応もお見せできたかもしれませんが、いずれにしても、このような形で再び顔を合わせることになるとはあまり思っていませんでした。ケイさんのその姿や声は……」
隣に早瀬ユウカがいるため、直接的な聞き方はできない、暈して尋ねると、私の意図を汲んで彼女は頷いた。
『はい。
「ええ、少し印象は変わりましたが、ケイさんによくお似合いだと思います」
『…………あ、ありがとうございます』
私がとくに脚色せずに感想を伝えると、彼女は何故か言葉を詰まらせた。考えてみるとそういった細かい動作までアバターが再現していることも、かなり高度な芸当だろう。早瀬ユウカがもの言いたげな表情で私とケイを見比べていたが、それは敢えて無視することにした。
『卿こそ言語野に瑕疵が発生していると見られる。訓練を要するのは我でなく卿こそであろう』
そして言葉を詰まらせたケイを、ハブが煽るように言った。言葉上、というだけでハブ自体は相変わらず感情が見えない動きをしているのだが。
『やかましいですよ!』
ケイが手にボールのようなものを作り出し、ハブに投げつける。ハブは手で受け取ろうとせず、髪の毛を器用に動かしてボールを受け止めた。人間的な動きの練習が必要と言っていたのは、こういうことだろう。
「……二人とも、そろそろ良いかしら? 先生にちゃんと説明したいのだけど」
早瀬ユウカが、仕切り直すように口を挟んだ。
『あ、ごめんなさいユウカ。どうぞ、お願いします』
ケイが謝罪し、頭を下げる。ハブもそれを真似して、無言で同じように頭を下げた。
「はい。という訳で、先生。ケイちゃんが自分のアバターを作ったので、こうして自由にお話が出来るようになりました。今は検証中なので、これを含む限られた端末でのみですけど」
およそ分かっていた話ではあるが、早瀬ユウカが概要を説明する。
「成程、ネットワーク上の誰でもケイさんと話が出来るようになったわけでは無いのですね」
『別に検証後もそうするつもりは無いですけどね』
ケイはそう言った後、咳払いするような仕草をして、居住まいを正す。
『ともかく、改めて、末永くよろしくお願いしますね』
そして、画面上の彼女はそう言って微笑んだ。
本章はこれで終了です。
次からは番外編となります。