「折角なので、まずはシャーレビルから撮ってみましょうか!」
4人で外に出たところで、元宮チアキが今まで中にいたビルを見上げながらそう言った。釣られたように他の二人も上を見上げる。
「このビルは大きいので、基本的な全体像を映す構図を撮るのは難しいですね! ハルカちゃんならどう撮りますか?」
「え……し、下から見上げるように、でしょうか……」
突然の質問に、伊草ハルカが戸惑いながら答える。
「大正解!! じゃ、アツコちゃん実際撮ってみましょうか」
「うん、やってみるね」
秤アツコが促されるままに自らのスマートフォンをビルに向かって翳し、立ち位置を変えながら何枚かの写真を撮る。
「うーん? どうかな? 何を撮ってるのかよく分からないかも」
しかし彼女はあまり出来栄えに納得していないようだ。撮った写真を見せながら、彼女は首をひねった。
「全体的にちょっと角度が急すぎるのと、光の入り方がちょっと気になるかもですね」
「チアキさんならどうするの?」
「そうですねー……ちょっと大胆に移動してみましょう!」
元宮チアキが歩き出し、その後を追う。彼女は建物の周囲を見上げながら歩き、ある側面で立ち止まりそして何度か位置を微調整しつつデジタルカメラで数枚の写真を撮った。
「うん、こんなのはどうでしょう!」
そして、撮った写真を私たちに見せた。シャーレビルの先端部分の先から光が降り注ぐ、何とも様になっているものだった。
「奥行を出すためにちょっと設定を弄ってみたのと、手前の木の枝が映るようにして、より遠近感が伝わりやすくしてみました!」
「本当だ。迫力が全然違う。あっさりこんなのが撮れちゃうものなんだ。私のスマホでも同じように出来るのかな」
「多分出来ると思いますが、どうでしょう。最近のスマホは基本設定で色々な撮影モードが付いてたりするので……広角モードとか、そうそう、それです」
秤アツコがスマートフォンの画面を操作するのを覗きながら、元宮チアキが指示を出す。伊草ハルカも自分のスマートフォンを出し、ビルを見上げて首を傾げている。言葉数は少ないが、彼女なりに興味を持って取り組んでいるようだ。
そして秤アツコの方の設定が終わった後は、それに気づいた元宮チアキが彼女に話しかけ、再び設定のレクチャーを行っていた。
「おー! 良い感じですね、アツコちゃん! ハルカちゃん!」
二人ともに手本に近い、迫力のある構図の写真が撮れたようだ。元宮チアキが2人をほめたたえ、秤アツコが伊草ハルカに手のひらを向けた。それがどういう意味なのか、少し考えて理解した伊草ハルカは、少し照れながらそれに
──
「とりあえず建物はこんな感じですかね? ビルなんかは夜景だとまた印象がかなり変わりますけど、いきなりそれをやるのは難しいので、また追々やっていきましょう! それで、次はどういうのが撮りたいですか? 人物画とか、風景画とか!」
シャーレビルの後、いくつかの建物、例えば一般店舗や駅などの写真を撮る、という事を繰り返した後、元宮チアキが2人に尋ねた。
「うーん。人物画も気になるけど……ハルカは何かある?」
「えっ……えっと………………雑草、とか…………」
「雑草?」
元宮チアキと秤アツコ、2人の視線が集中した伊草ハルカが出した答えがそれだった。
「あ、な、何でもないです! 忘れてください……」
「ううん、良いんじゃないかな。雑草。ハルカが一番気に入ってたあのお花の写真も、道にただ生えてた花だったよね」
「そうですね! 都会に生きる自然、というのも面白いテーマだと思います!」
伊草ハルカが慌てて自分の案を取り消そうとするが、2人は撮影対象が雑草になることに一切異論が無く、次のテーマはそれで決定した。
──
「普段歩いているときはあんまり意識していないですけど、こんな大都会にも意外と草って生えてるものですね~!」
元宮チアキが感慨深そうにそう言った。流石の彼女も雑草を中心に撮影したことは無いらしく、イメージを思いつくまでの間、まずはこの辺りにどのような植物が生えているのか、一度探してみようという事となった。
普段からそういったものを気にしているのか、伊草ハルカはアスファルトの隙間など、様々な場所で生きる植物を誘われるように歩きながら次々と見つけていた。
「何か思いついた?」
秤アツコが元宮チアキに尋ねる。日の当たりにくい路地に小さな花を咲かせた名も知らぬ植物の前で、元宮チアキがデジカメを取り出したからだろう。
「はい、えーっと。雑草、っていうか植物、特に小さな花とかの基本は接写なんです。徹底的にその植物にピントを合わせて、できるだけ高さをその植物に合わせて撮るっていう感じで……よいしょ……っと。…………まあ、こんな感じですね。アツコちゃんが撮ったお花の写真と似た構図ですけど」
元宮チアキが腰を落としてしゃがみこみ、説明しながら一枚の写真を撮り、すぐにそれを見せた。
「うん、とっても綺麗に撮れてる」
秤アツコが賞賛し、伊草ハルカも何度も頷いた。
「でもこれだと、こんなところにこんな綺麗な花が! っていう衝撃のようなものはあんまり伝わらないんですよね。 だから、もうちょっと高いところから撮ってみると……」
元宮チアキが少し姿勢を高くして再度撮影する。その写真はピントが花に向いているところは変わらないが、路地が背景に映ることで、また別の印象を受けるものだった。
「うん、こっちの方が生命力を感じるかも……やっぱり、同じものでも撮り方が変わるとこんなに印象が変わるんだね」
秤アツコが感想を述べ、伊草ハルカもまた、首を縦に振って同意を表していた。
「じゃあ、後は気になったものがあったらどんどん撮ってみましょう! お花の写真はアツコちゃん、最初の一枚からとても良かったから、後は繰り返してコツをつかんでいくのが良いと思う!」
元宮チアキがそう言って、3人は各々、先ほど見つけた様々な植物や、新しい場所にあるそれらをカメラに収めていった。
良い物が撮れた時や、何か聞きたい事があるときなどは、元宮チアキがそれをサポートしながら、三人はそれぞれ大はしゃぎはしないながらも楽しみながら撮影会を行っていた。
──
それから、そこそこの時間が経ち、夕方近くになってきたころ、私の端末に陸八魔アルからの連絡があった。仕事が終わったのでシャーレへと向かう、というものだ。
「ハルカさん、そろそろアルさんがシャーレへと戻ってくるそうですよ」
私がそう告げると、伊草ハルカも頷いた。
「は、はい。私にも連絡が来ました。もう、こんな時間だったんですね……」
彼女は時間経過の速さに驚いているようだった。
「何かあったんですか?」
元宮チアキが、私たちが何かを話していることに気付いて近づいてくる。秤アツコも同様だった。
「そろそろハルカさんに迎えが来るようなのです。私とハルカさんはシャーレへ戻ろうかと」
「あっ、そうなんですね! うわ、っていうかもうこんな時間か! そろそろ日が傾いてきてまた雰囲気の違う写真が撮れるんですが……仕方ないですね、また次の機会にしましょう!」
元宮チアキが頷いてそう言った。
「つ、次の機会……ですか?」
「うん、私もまたやりたいな。ハルカは嫌?」
秤アツコが尋ねる。勢いのある元宮チアキと押しの強い秤アツコの前では、伊草ハルカも自分の本音を隠しきることはできないだろう。
「わ、私なんかでよければ……是非、また……」
彼女はそう言って頷いた。
「よーし! じゃあ最後に1枚だけ! 皆で写真撮りましょう!」
「あ、それ良いね」
「えぇっ!?」
直後、元宮チアキが、伊草ハルカに抱え込むように取り押さえて、そう提案した。彼女は伊草ハルカがそれにどういう反応を示すと考えられるのか、既によく理解しているようだ。
「そう言う事であれば、何の技術もありませんが私が撮りましょうか」
「本当ですか!? 技術は考えなくて大丈夫です。中央に真っすぐ撮っても映える構図がありますので!」
元宮チアキがそう言って手早く設定を弄り、私にデジタルカメラを手渡した。そして、2人に立ち位置などを伝えていく。レクチャーする方もされる方も、今日一日でそれに慣れてきているようで、すぐに彼女の納得のいく構図になったようだ。
背の高い元宮チアキが正面を向き、その手前、左右に身体を向き合うように2人を立たせ、顔をカメラ側に向ける構図。
私はそれを元宮チアキの口頭指示の通りに、シャッターを切った。
──
3人の写真を撮った後、元宮チアキはゲヘナへと戻っていった。秤アツコもまた、今日もカフェに来ていた槌永ヒヨリに自慢してくると言って事務室を離れていった。
そしてそのすぐ後、今度は予定通りに陸八魔アルが事務室へと現れた。
「成程、写真撮影。誰かと出かけていると聞いたけど、そんなことをしていたのね。じゃあ今度から、ハルカにはカメラマンもやってもらおうかしら?」
陸八魔アルが私と伊草ハルカにひとしきり謝った後、今日のことについての説明をすると、陸八魔アルはどこか嬉しそうにそう言った。
「はっ、はい! アル様のカッコいい写真を撮れるよう、頑張ります!」
「じ、冗談だからそんなに気負わなくて良いのよ? ハルカが撮りたい写真を撮りなさい」
「はい!!!」
最後の方はかなり二人と打ち解けていたと思った伊草ハルカも、やはり陸八魔アルに対しては格別だった。すっかり陸八魔アル原理主義者に戻った彼女は、陸八魔アルの言葉に何度も頷いていた。しかし
「まあ、何にせよ……良かったわね、ハルカ。新しいお友達が出来て」
「あ……はい!」
彼女の世界が少し広がったことは、紛れもない事実だろう。