「やはり、トリニティへとつながる路線は運休になってしまっているようですね」
昼時にもかかわらず、閑散としたシャーレのカフェで、珍しい来客に伝えた。
SNSで確認した限り、何やら路線内で客同士のトラブルがあり、それが大きな抗争へとつながっているようだ。トリニティ自治区につながる路線が、しばらくの間の運転見合わせ。
まあ、キヴォトスではよくあることだ。急ぎの用であれば代替手段で行き来はできるようになっている。大きな問題はないだろう。少なくとも私が出向く必要になるほど大きな問題は。
「そうなんですね!? ど、どうしましょう………」
しかし、そういったトラブルには慣れていないその生徒。
内容は、アリウス生徒たちの入院状況の報告。彼女や梯スバルを含む殆どの生徒は今日までに退院しており、アリウスやトリニティの学生寮へと居住場所を移していた。
彼女はとりあえず、今の学年が終わるまではトリニティに残り救護騎士団として活動を続けるようだが、扱いとしては『
午後から学校に戻るつもりだった彼女にとっては、このようなトラブルは想定外の事態だったのだろう。
「まずは、ミネさんに連絡するのが良いでしょうね。何かしらの答えが返ってくるでしょう」
私がそう言うと、彼女はすぐに、まだ真新しいスマートフォンを取り出してなれない手つきでそれを操作した。
すぐに、返事が来たらしい。彼女は自らの端末を食い入るように見つめ、それから私の方を、助けを求めるように見た。
「きょ、今日はお休みでいいからゆっくり安全に帰ってきてくださいって言われました……」
そう言われたならそうすればいいと思うが。しかし彼女にとってはその返事も想定外だったようで、オロオロとこちらを見ていた。私に答えを求められても困る。
そうしているうちに、私にも救護騎士団長から連絡があった。
『マイアさんをよろしくお願いします』
――
「はぁっ!? 代表もチョコミンも来れないってどういうことよ!? 私一人で行けって言うの!?」
立木マイアへの回答を考えていると、聞き慣れない怒声がカフェ内に響いた。驚いている立木マイアとともにそちらを見ると、ゲヘナの生徒と思われる赤髪の少女が彼女のスマートフォンを見て機嫌を悪くしているようだった。
確か、あの生徒は……
「何かありましたか?」
「え? ひっ!!? ……って、あ、あんた確か先生ね。何でこんなところに!?」
その生徒は声をかけた私に悲鳴を上げかけた後、私の正体に気づいたようだ。
「ここはシャーレのカフェですから、シャーレの先生である私がここにいるのは普通でしょう」
「あ、そっか……え、あっ、さっきうるさかったですよね、ごめんなさい」
赤髪の少女が頭を下げる。いつの間にか立木マイアも私の後に恐る恐る近づいてきており、私の陰から様子をうかがっていた。
「いえ、まあ、人が大勢いるときは気をつけていただければ。それより、たしかあなたは赤司ジュンコさんですよね。美食研究会の」
特徴的な赤髪に2本の角。一度軽く見かけた事があっただけだが、間違いないだろう。
「え!? な、何で知ってるの? まさか
そして彼女は、大いに狼狽した。私の預かり知らぬところでトラブルがあったようだ。
「いえ、その件ではないですね。単に以前、トリニティで捕縛されたことがあったでしょう。その時引き渡しの際に私もいたのですよ。そういえば、ジュンコさんはあのとき気を失っていたかもしれませんね」
「あー……うん、あったかもしれないわね、そんなこと。あの時もひどい目にあったわ」
赤司ジュンコは、それを聞いて思い出したようで、被害者めいたことを言った。記憶の限りでは窃盗犯側だったはずだが。
「それで、何かお困りのようだったので声をかけたのです」
「あ、そうなんだ。ごめんなさい。ちょっとここでサークル活動の待ち合わせをしていたんだけど。4人中3人も来れなくなったのよ!? まあ、一人はハルナなんだけど」
「ハルナさんが?」
黒舘ハルナが関わっているサークル、というと一つしか思いつかなかった。
「まさか、スイーツ探索クラブですか?」
以前あった、新作スイーツを巡る騒動のことを思い出す。
「そうそれ! ハルナったら私たちに内緒でこっちのサークルにも入ってたのよ!? 一人で美味しいものを食べようなんてずるいわよねっ! ……まあ私もイズミとアカリには言ってないんだけど」
憤ったり笑顔になったり、目まぐるしく表情を変えながら、赤司ジュンコが語る。
「ああ、なるほど……それでそのハルナさんはどうしたんです? 先ほど何かきな臭い事を言っていましたが」
「あー、昨日またトリニティで捕まったのよ。プラチナカツオとかなんとか。今頃投獄されてると思うわ。まあいつものことね」
昨日……確か風紀委員と正義実現委員会に加え、錠前サオリが参加して見回り活動を行っていたはずだ。条約のアピールの活動だったのだろうが、美食研究会にとっては不運だっただろう。
「それにジュンコさんは参加していなかったんですか?」
「あ、うん、偶々ね。午前中にイズミのアレンジしたアップルパイを食べたら気分悪くなっちゃって…… 結局そのイズミまで捕まってるんだから……というわけで、私だけ来たの! 頑張って一日かけて体調戻したんだから、ハルナが来れないくらいでいかないわけにはいかないでしょ! ま、後で気が向いたら助けに行くわ」
ゲヘナの留置所はそんなに気軽に脱出の手助けができるような場所なのだろうか。あるいはそうなのかもしれない。あくまで一時的に躾として閉じ込めて置く場所なのか。
「でも、そしたら残りの二人もなんか鉄道の運行状況がアレで来れないっていうのよ! まあしょうがないんだけど今日どうするのよ!? 目玉はジャンボパフェよ!? 私一人じゃ食べきれないわよ!」
赤司ジュンコはまたひとしきり一人で騒いだ後、うんうんと唸って考え事をしている仕草をし、また私の方を見た。いや、私ではなく、後ろで隠れていた人物を見たようだ。
「そうだ! ねえ、あなたトリニティ生だから帰れないんでしょ!? 一緒にパフェ食べに行かない!?」
赤司ジュンコは唐突に笑顔になり、立木マイアの目の前まで身体を近づけ勧誘した。最近は状況が良くなってきたとはいえ、こうもあけすけに初対面のトリニティ生(だと思っている人物)を誘えるゲヘナ生、というのも貴重かもしれない。
もともとトリニティの生徒と行く予定だったから、というのもあるかもしれないが。
「え、ええ!? あ、あああああの、わ、わたしトリニティ生では……」
「あ、お金が気になる? こっちが誘ったんだから気にしないで。ハルナからキャンセル料取るから大丈夫よ」
「えええ!? えっと、そうじゃなくて……その……」
「百鬼夜行産の果物をふんだんに使った有名フルーツパーラーの限定ジャンボパフェよ!? 食べたくない?」
赤司ジュンコが押せば行けると踏んだのか、相手の発言を禄に聞きもせずに強引な勧誘を続けた。行き過ぎるようであれば注意しようかと思ったが、当の本人は、
「で、ですから……えっと、パフェ…………た、食べてみたいです……」
スイーツの魅力に脳のリソースを割かれてしまったようで、自分の所属校に関する訂正はついにそれに負けてしまったらしい。
「でしょ!? じゃあ決定ね! よし、これであと一人ね。」
「一人? 予約は4人だったのでは」
「うん、だから、1、2」
赤司ジュンコが自身、立木マイアを指さす。
「3」
そして、3人目として私を指さした。
「……なぜ私が頭数に入っているのですか?」
「スイーツ探索クラブの顧問みたいなもんだから?」
そういうことになるのだろうか。とはいえ拒否権はある気がしたが、立木マイアのことを任されている以上、ついて行ったほうが良い、のだろうか。
「まあ、とりあえずそういうことにしましょう。引率役ということであれば」
「OKOK。それで、あと一人は……」
赤司ジュンコが私の言葉に適当に返事をして、カフェを見渡し、そして、一点に視点を止めた。
視線の先。そこには一人で積み木のようなものを堆く積み上げている人物がいた。あれも確か才羽モモイが持ってきていたものだったはずだ。
「あれ何してるの?」
標的を見つけたという気持ちより困惑のほうがよほど強かったらしく、赤司ジュンコはその生徒を見て固まっていた。
視線に気づいたのか、その生徒。ミレニアムの制服を着た少女は手を止め、こちらに近づいてきた。
「こんにちは、先生。」
メイド服ではなく、制服を着ていたので一瞬誰かわからなかったが、それは飛鳥馬トキだった。
彼女はいつも通り慇懃に頭を下げた後で、
「限定パフェを食べに行くメンバーを募集しているのならば、喜んで応じましょう……」
「……話が早い!? というかこっちの話聞いてたの!?」
「はい、耳は良い方なので。聞き耳をするつもりはなかったのですが」
「まあいいわ、とりあえず4人揃ったってわけね」
赤司ジュンコは引きずらない、というのか深く物事を考えないというべきか、すぐに納得した表情になった。
「こんにちは、トキさん。今日は制服なのですね」
私も遅れながら、彼女に挨拶を返す。
「はい、先生。今日は、オフなので」
誰かの影響を受けたのか、彼女はピースサインを私に向けながら真顔でそう答えた。