ある日、シャーレの会議室。私がそこで待機していると、2人の生徒がノックをせずに入ってきた。
「おや、今日は
「本当に焦っていたんですか? あなたがふらふらとルートを外れてどこかに行ってしまうことが無ければもう少し到着までに余裕があったはずだったんですが」
トリニティの百合園セイアと、アリウスの梯スバルだ。前回会った時はトリニティの重鎮に対し、やや恐縮していたような梯スバルだったが、今日はやや疲れた表情で心なしか
「ふらふらとはしていない。
「次からは車を用意しますよ。そうでないと今度こそ遅刻してしまいそうです」
言い訳を淀みなく続けようとした、というか続けている百合園セイアの言葉を遮りながら、梯スバルはそう言った。それでも置いていくとは言わないところに彼女の面倒見の良さを感じる。
「こんにちは、2人とも、一緒に来られたのですね」
私が挨拶を返すと、2人は頷いた。
「──まあ、アリウスからシャーレに行くとなると必然的にトリニティを通ることになるからね。鉄道もまだ通っていないし。だから私が誘ったのさ」
「ありがたい申し出ではありましたからね。思ったより随分苦労しましたが」
「こちらは、思った以上に楽しい道程になった。やはり会話相手がいるのといないのでは全く異なる」
「会話……?」
梯スバルが『
性質の悪いことに、百合園セイアはあの衒学的で終わりの見えない話し方を意識的に行っている。相手によっては普通に話し、大人数の場でもあまりそれをすることは無い。
少人数で、それに付き合ってくれる相手に対してやるか、あるいは話を続けたくない場合に煙に巻くためにもそれが出来るタイプ、であると私は考えている。
そしてこの場合は前者だろう。文句を言いながらも、話に付き合ってくれる相手だからこそ、それをやっている。
「それで、実はお二人が一番乗りではありません。アリスさんは既にシャーレに到着していて……今は、シャーレの見学案内をしています。ワカモさんとホシノさんは少し遅れてくるそうですよ」
「見学案内? ああ、そういえば、今日もまた紹介したい相手がいるみたいな話だったね。些か急な要件だったが」
百合園セイアの言う通り、今回は急な連絡に端を発する、ということもあり、呼びかけ自体が急なもので来れる者だけ、と言ってはいたのだが、都合よく全員が参加するという事になっていた。
「この集まりの性質を考えると、そう安易にメンバーが増えるとは思っていなかったのですが、今回はミレニアムの生徒だった、ということですか」
「まあ、会ってみてのお楽しみ、という事にしましょうか」
「は、はぁ……」
梯スバルの質問に対し、私は答えなかった。実際に見てもらった方が良い、というより実際に見てもらわないと理解が難しいだろうと思ったのだ。
──
「アリス、戻りました!」
定刻丁度、天童アリスが会議室に現れた。
「おや、アリス。君ひとりかい?」
一人で入ってきた彼女に、百合園セイアが尋ねる。
「いいえ、一人ではありません! ケイとハブが一緒にいます!」
天童アリスが持っている端末を突き出した。
『……どうも、
端末の画面に映る白黒二人の人物の内、白い方、ケイが名乗った。ハブは無表情で画面外の私たちを見据えていた。
「……肉体が無い? それは、どういう……?」
「人工知能、ということかな? ミレニアムの技術には驚かされるばかりだが……」
梯スバルと百合園セイアの目が見開いた。
『我はケイと違い、
言葉に感情が籠っていないが、文脈からすると一緒にするな、とでも言いたいのか、ハブが言葉を上げた。
『あなたの本体くらいであれば、
『……不愉快』
相変わらず煽り合っているようだが、聞いたところによるとケイの方がかなり上位の権限を持っているらしい。つまるところ、ケイは相手と同じ土俵に立って敢えて相手をしている、ということになる。
彼女らしく、そして人間らしい仕草だ。
『なんですか、先生。言いたいことがあるなら言ってください』
私の視線に気付いたのか、ケイはこちらを睨むようにしながらそう言った。彼女たちを映す端末は最初、天童アリスが掲げていたが、それだと自分が見づらいことに気付いたのか、手近なテーブルへと立てかけていた。
「そうですね……シャーレの様子はどうでした?」
ここで、彼女達二人について説明をしても良いのだが、まだ来ていない2人が合流した後でその話はすることになるのだ。それまでは雑談でも良いだろう。前回ケイと再会した際は、早瀬ユウカが多忙の中訪れたこともありゆっくり見学、といった雰囲気ではなかったのだ。
『……話をはぐらかしましたね。 まあ、良いです。そうですね……とても、活気があるように感じました』
「活気ですか?」
聞き返す。AIが自由に会話をしている様子が物珍しいのか、百合園セイアと梯スバルも黙って話を聞いているようだった。
『はい……表現が的確か分かりませんが、
ケイはそこで区切り、その言葉の後は続けなかった。
「成程、確かに違うようですね」
元は『
そして、もう一人の『先生』については、より理解できなかった。恐らくはそういった指針も無い中で私よりも自由に何かに取り組んでいたのだろう。ケイや狐坂ワカモの話から得られる僅かな情報から人物像を想像するしかない。
『はい。ここは自由でありながら、より目的をもった空間になっているように見えます。ここを校舎代わりに使っている学校があることも一因でしょうけど、求人情報やサークル活動、それの募集といった、明確な目的で訪れる生徒も結構いるみたいですし、先生がいるかいないかに関わらず、生徒が集う空間として成立しているように感じました。だから、活発、と』
それは、間違ってはいないのだろう。他の場所を知らない私にはわからないことだ。それに加え、勿論彼女の贔屓目、という部分があるだろうことにも注意すべきだが。
「あ、あの、少し良いですか。ケイ……さんの発言が気になったのですが」
聞いていた梯スバルが思わず、と言った様子で口を開く。
『はい、何でしょう。それと、呼び捨てで良いですよ』
「ありがとうございます。それで、ケイは何かと比較しているような事を言っていますが、それは何の事を言っているのですか? というか、まるで……」
『ああ、そうですよね。すみません、それは──』
梯スバルの質問に答えようと口を開いたところで、ケイは言葉を止めた。会議室の扉が開いたのだ。
「ごめんね~。遅れちゃったー」
「申し訳ありません! あなた様!! わたくしとしたことが遅刻だなどと……」
入ってきたのは予想通り、狐坂ワカモと、小鳥遊ホシノの二人だった。彼女達からは予定時間の少し前に、遅刻することについて連絡があったため、それ自体は全く問題ないのだが……
「ワカモ、ホシノ! 待っていました! ……?」
天童アリスが入ってきた二人に嬉しそうに駆け寄り、そして首を傾げる。
「……やあ。2人そろって遅れてくる、というのは聞いていて、珍しいなと少し気になっていたのだけれど。何というか……」
そして百合園セイアも何かに気付き、わざとらしく言葉を止めた。
そして、梯スバルもまた訝し気な表情をしている。
画面越しでまだ二人の姿が見えていないだろうケイやハブはまだ分かっていないようだ。
「2人は、
「君たち、一体
そして天童アリスと百合園セイアがほぼ同時に二人に尋ねる。
恐らく、居住区のシャワールームから急いで来たのだろう。
彼女達は顔を紅潮させ、その髪は濡れて乾ききっていないような様子だった。
『……え? この世界の2人って、どういう関係なんですか?』
ようやくカメラが2人を捉えたのだろう。ケイの動揺した声が、会議室内に響いた。