FOX小隊の生徒たちと申谷カイからの届け物の話をしてから数日後。
山海経へと訪問する日となった日の早朝、私は同行することになっている吉野ニコを待っていた。
あの日、突然の提案に、他生徒、主に、七度ユキノが反対の立場を取っていたが
・私(先生)が山海経に行くことを止めることはできないこと
・であれば、護衛兼、調査員として誰かが同行した方が良い(先生がその辺りに頓着していないことが最大の問題である、という主張)
・役割上慣れており、(吉野ニコ自身に)山海経への伝手がある
というこれらの主張を巧みに繰り出し、最終的に彼女が同行することを、私も拒否できないというような状況になっていた。
彼女と1対1で話す機会、というのは今まであまりなく、何故彼女が強引にも見える形で私に同行したのかはよく分からなかった。
「おはようございます、先生! 今日はよろしくお願いしますね?」
待ち合わせ時刻の数分前に吉野ニコが現れ、私たちは山海経へ向けて出発した。
――
「まさか、車で行くとは思っていませんでした。あの、本当に先生の運転でよろしかったんですか?」
専用道路に入り、自動運転に切り替わったところで、助手席に座った吉野ニコが、私に尋ねた。山海経自治区までは相当な時間がかかるが、自動車で行くことにしたのは、いくつかの理由があった。
「公共交通機関で行く場合、誰の目や耳が近くにあるか分かりませんからね。普段はあまり気にしませんが、アレの送り主が敵対的である可能性も考慮し、念には念を入れようと思いまして。運転に関しては、『
「……
一体どう思われていたのか、彼女はひとしきり溜めた後、そう言った。
「さて、しばらく時間がありますので、ある程度打ち合わせをしておきましょうか。この前の話し合いでは、申谷カイの話などが中心で、向こうでどうするか、という話はしていませんでしたからね」
「あ、はい、そうですね。でも、その前に朝ごはん、食べませんか? 私、作ってきましたので、よろしければ」
「……ありがたくいただきましょう」
早朝での待ち合わせなのはお互い様にもかかわらず、気が利く生徒だ。
――
「今回の訪問の主な目的は、薬の分析と、申谷カイの調査。ですから、主要な訪問先として、錬丹術研究会と玄龍門を考えています。しかし、ろくな伝手が無くてですね、一応研究会の会長はアポイントが取れたのですが、まともに対応してくれるかは未知数ですね。玄龍門に関してはさっぱりです。連邦生徒会とも距離を置いているように見えますね。新しい門主は比較的話が分かる人物らしい、という噂はありますが、一方で体調不良であまり顔を見せないという話もあります。」
吉野ニコが用意してくれた朝食を済ませ、打ち合わせを開始する。
「そうですね……3大校や百鬼夜行連合学院のように比較的オープンな学校と違い、どちらかというと閉鎖的な印象が強いです。ただ、あくまでそれは生徒会組織である玄龍門は、という話で、実際には積極的に外部に発信を行っている組織もあります。」
「そういえば、何やら伝手がある、というお話でしたね」
彼女が頷く。
「はい。といっても、どこまでの助けになるかは分かりませんが。フルリンクの料理系のインスタンスで、何度かやり取りをしている方がいまして……」
「その方が山海経の生徒、という訳ですか」
「はい。玄武商会という、商人連合会で、山海経でも有数の規模の組織です。話の内容からすると、恐らく幹部以上の方なんじゃないかと思います。個人的な話の中に、部下や後輩の話が出てきましたが、上司の話が出てきたことは一度もありません。聞いたところ、快く会っていただけそうです」
玄武商会の名前は私も耳にしたことがある。彼女の言う通り変革を重視し、区外での宣伝や観光客の誘致なども行っている組織のはずだ。
「その方はニコさんの素性や私が同行していることは知っているのですか?」
私が尋ねると、彼女は笑みを浮かべ
「教えていません。ですが、多分受け入れてくれると思います」
と言った。彼女がそう言っているのであれば、恐らくはそうなのだろう。
人との距離感を間違えるタイプとは思えない。
「成程、では到着後はまず錬丹術研究会に行き、その後玄武商会に行ってみましょうか」
「はい、そうしましょう!」
そう答えた吉野ニコは、いつもと同様ににこやかであったが、今日はややいつもよりも機嫌が良いように思えた。
「山海経、楽しみですか?」
「え? あっ、えっと、ごめんなさい。任務はきっちりやりますので」
私の質問に、彼女は取り繕うようにそう言った。私が不安に思っている、と考えたのだろうか。
「いえ、それを疑っている訳では全くありません。ただ少し、いつもより楽しそうに見えましたので。それが悪いこと、だというつもりも当然ありません。」
仕事の取り組み方に関しては、彼女達とのこれまでの付き合いから信頼していた。
「そ、そうですか? ……はい、確かに気合が入っていたかもしれません。玄武商会や山海経への興味もありましたけど、先生と親しくなれる機会だと思いまして」
「成程」
想定の範囲内の理由。SRTの生徒たちとシャーレとの連携強化は、基本的にお互いにとってメリットしかない。
「あら、照れないんですね?」
「はあ、何も恥じるようなことは無いでしょう。そう思っていただいている、というのは光栄ですね。実際、良い機会ではあると思いますよ。こうして話していることも含めて」
「……そ、そうですか。…………参りました」
文脈が理解できないが、吉野ニコが降参の言葉を述べた。
彼女の方を見るとこちらではなく、何故か窓の外を眺めていた。
――
話は一段落し、会話が途切れる。
外の様子を気にしていた吉野ニコも、暫くすると正面に向き直っていた。何度か視線も感じたが、特に何も言われなかったため、問題が起きていた訳では無いのだろう。
しかし、目的地に着くまではまだ時間があった。
「ところで、ニコさんはどう思われますか?」
手持無沙汰になった私は、吉野ニコへと話しかける。話す内容は十分にあった。
「は、はいっ! ……す、すみません、何の話でしたでしょうか?」
珍しく気が抜けていたのか、彼女は一瞬驚いたように目を瞬かせて、こちらに聞き返した。まだ何も話していない。
「いえ。話すのはこれからです。あの丸薬を送った人物の目的についてです。本物の申谷カイであったとして。あるいは偽物だったとして」
「あ、そういう話ですか…… そうですね、誰が送ってきたものだったとしても。先生に飲ませようとした、とはやはり考えにくいと思います。わざわざ指名手配犯の名前を使って送られてきた謎の薬を飲む人がいるとは考えられませんし、送る側もそれは分かっていると思います」
吉野ニコが見解を述べる。ここまでは私と同じ見解だ。
「そうなると、考えられるのは警告、あるいは予告、でしょうか。これから先生か、あるいはシャーレに対し、何かを仕掛けるつもりであるとか」
「成程、それも大いにありそうですね。」
「先生は、どうお考えなんですか?」
私が頷くと、彼女は私に聞き返した。
「そうですね……例えば、私を山海経へ行くよう誘導している、という事が考えられますね。最終的な目的は分かりませんが、このような怪しい物が届いた場合、気になって調べるでしょう。ただ、それは簡単には分からない。そうなると、知っていそうなところに行って調べる、という行動を予測できないこともないでしょう」
「……でも、それだと、処分されてしまうかもしれませんよね。というか、普通ならそうしませんか?」
「そうですね。とすると、これを送った人物は、私のことを理解している人物、である可能性、もあるかもしれません」
「……カイさんとの面識は無いのですよね?」
「私からするとその通りですね。別の人物からの物かもしれませんし、あるいは、申谷カイは私のことを知っている、という可能性も無くはありません」
「それは、どういうことでしょう?」
吉野ニコが首を傾げる。
「……その辺りの話は、また、追々させてもらう事にしましょう。そろそろ、専用道路を降ります」
不確定な先入観を持たれてしまっても問題だろう。自分で振った話だが、それには答えず、私は自動運転を切りハンドルを握りなおした。
それからしばらくして、私たちは目的地である山海経自治区へと到着した。