プロローグ 早瀬ユウカ
アビドスから帰って数日後の早朝。シャーレ宛てのメールチェックを行いつつ、アビドスに関する後処理や融資に関する資料作成などをどうスケジュールにねじ込むか思考していると、
事務所のドアがノックされる。
「先生、おはようございます。早瀬ユウカです」
来客はシャーレオフィス奪還作戦以来の付き合いである、ミレニアムの会計だった。
「おや、ユウカさん。おはようございます。ずいぶん早いですね」
「以前、先生は遅くとも6時にはここを開けているとおっしゃっていたので」
私は主にここで生活しているので問題ないが、ミレニアムからは電車で少しかかるだろう。
現在時刻は6時半。彼女も忙しい身のはずだが……
「それで、こんな早くにどうされましたか? 今日の午前中は来客の予定は無かったはずですが」
「学校に行く前にお手伝いに来たんです。出張から戻ってきたばかりで仕事も溜まっているだろうと思いまして。……お邪魔でしたか?」
予定にもないのにわざわざ仕事の手伝いに来てくれたらしい。
本人も実質的にミレニアムのナンバー2であり、多忙な身であるはずだが、実際人手は足りていない。便利屋に事務仕事を依頼するかとさえ考えていたところであり、断る気には到底なれなかった。
「いえ、お察しの通り、非常に過密な状況でして。大変助かります。助かるといえば、先日は物資提供ありがとうございました。大変役に立ちました」
「いえ、あれはミレニアムへのれっきとした正規の仕事の依頼ですから。当然のことです」
「ですが、お渡しした金額ではあの量は購入できないでしょう」
こちらで想定したより40%ほど多くの兵器、物資が届いたのは驚いた。買い物上手という話では説明できない量だろう。
「それは……先生にはいつもお世話になっているので、投資のこととか……そのお返しも兼ねて、ちょっと色を付けただけです。あっ、不正なことはしていませんよ!?」
「分かっていますよ。本当に助かりました。ありがとうございます」
「は、はい」
褒められ慣れていないのか、早瀬ユウカは赤面して事務椅子に座る。手伝ってもらいたい仕事は幾らでもある。私たちは黙々と仕事にとりかかった。
―
「そういえば、昨晩ミレニアムの方から支援要請がきましたよ」
「え? 誰からですか?」
仕事が一段落し、そろそろ早瀬ユウカは学校に向かおうかという段階になり、昨晩来た妙な連絡について話を振る。
「こちらのメールです」
ミレニアムのゲーム開発部を名乗るメールを見せる。
「ええと……ゲーム開発部!? あの子たち、先生に相談するなんて……」
「ということは、このやはりこのメールに書かれていることは本当なのですか? 廃部命令と書かれていますが」
「ご、誤解です! 廃部しろと言っている訳じゃなくて、そもそも人数が要件を満たしていないし、ちゃんと活動もしてないどころか色々問題起こすから強めに警告を出しただけです。やる気出してくれないと本当に廃部しなきゃいけないのに、もう……」
早瀬ユウカの口調からは廃部になどしたくないという意思が感じられる。
「成程、少々行き違いが発生しているようですね」
「はい……」
「それで、ユウカさんはこの依頼についてどう思いますか? 私が行く意味はあるでしょうか」
落ち込んでいる彼女へと質問する。彼女は暫く考えた後、返答した。
「はい。少なくとも実績という意味では先生のような大人の知恵も助けになると思います。……でも、先生もお忙しいでしょうし難しいですよね?」
「ミレニアムには一度訪問したいと思っていたので、ゲーム開発部を覗いてみることは出来ますよ」
早瀬ユウカの顔が少し明るくなるが、私は話を続ける。
「人数の問題と並行して、実績作りも必要……成程、確かに私でもできることはあるかもしれません」
「本当ですか?」
「その前に一つ確認、というか前提なのですが、ユウカさん。貴女は私にゲーム開発部のことを支援してほしいと思っていますか?」
私の質問に少女はバツが悪そうな顔をするが、暫くして話し出す。
「はい……できるなら廃部になんかしたくないですし、それに……ユズの居場所が他に無いのも解ってるんです。でも、私は立場的に特別扱いできないじゃないですか」
「……分かりました。では、まずは会ってみましょうか」
思惑通りの言葉が引き出せたので、彼女の言葉に引き継ぐ。
「本当ですか?」
早瀬ユウカは誘導されたとは知らず、うれしそうな様子だ。
「ええ、もちろん。ですが、一つお願いがあります」
「お願い? はい、私にできることであれば」
「では、内容ですが。ミレニアムにいる間、私についていてほしいのです。名目は監視でも護衛でも構いません」
早瀬ユウカは驚きの声をあげたが、最終的には同行に同意した。
実際の訪問はスケジュールの関係で明日、ということになり、早瀬ユウカは学校へと向かうため帰路についた。昨日メールが届いてから考えていた内容だが、図らずも彼女自身がシャーレに来たことで殊の外うまく話が進んだ。
アビドスでのことと違い、私は先生がどのようにしてAL-1S、「名もなき神々の王女」の素体と交流し、友好関係を築くことになったかは不明である。
関係のありそうな事柄としては、彼女が「天童アリス」としてミレニアムのゲーム開発部に所属していることだが、それもまた経緯は殆ど不明。
一方、私の持っている情報として、早瀬ユウカの存在があった。
彼女は恐らく以前の時間軸でもあの『先生』とともにシャーレオフィスを奪還した経緯があり、 一連の流れでミレニアムの有力者である彼女の助けがあったことは想像に難くない。
都合よく彼女が訪問してきたのも、恐らく以前の時間軸で『先生』がここで早瀬ユウカへの協力を依頼したということだろう。
同じ方路を辿るというのも善し悪しだが、手掛かりがない以上、一つずつ進めていくしかないのもまた事実だ。
そう考え、私はミレニアムへ訪問する準備を始めた。
間違いから始まるVol.2の始まりです。