錬丹術研究会の研究室は例外として、自治区内でも大きく派手な建造物が並ぶ山海経中央特区の中でも、玄武商会は六和閣と双璧をなすほどに目立つ存在だった。玄龍門が本部を置く六和閣が、荘厳で重々しい存在感を放っているのに対し、玄武商会は先進的で、そして人を寄せ付ける活気が、外からでも感じられた。
勿論、実際に商店街の中に入ってもその印象が変わることは無く、むしろより一層強くなった。
多くの店舗やそこで働く人々、そして現地の客や区外の観光客が多数行き来し、雰囲気も相まって独特な賑わいを見せていた。
「話には聞いていましたけど、凄い熱気ですね!」
隣を歩く吉野ニコが自然に視線を動かしながらそう言った。
護衛の為、人の往来が多いこの場所では周囲に気を配っている、というだけでもないのだろう。声が弾んでいるように感じられた。
「ニコさんもここには初めて来たのですか?」
「はい。前から行ってみたいとは思っていたんですけど、なかなか機会が無くて」
SRTに所属していたのでは、そうもなるだろう。特に吉野ニコは世話焼きな性格も相まって、自分の興味よりも他人の事を優先する性格であるだけに、余計にそう思われた。
「でも、玄武商会がこんな感じで、山海経随一の観光地になったのは、ここ数年のことらしいんですよね」
「ああ、そうらしいですね。以前は普通の商店街だったとか。以前、そのような記事を読んだことがあります」
確か、今の玄武商会の会長が主導して改革を行ったというような話だったはずだ。たった数年でこれだけのものにしてしまったというのが事実であれば、かなりの辣腕だろう。
「あ、あそこが本店の入口ですね。先生、行きましょう。さっき連絡が来て、待ってくれているみたいです」
吉野ニコが指をさす。玄武商会はこの商店街の名前でもあるが、実際にはその中心となる料理店の名前でもある。そしてそこはその『本店』であり、玄武商会の本部も置かれているらしい。
「それは良かったです」
そして吉野ニコの言っていた伝手となる人物が、その本店を待ち合わせ場所にした。ということは彼女の推測通り、その相手は恐らく玄武商会の幹部となる人物だろう。
そのまま吉野ニコと共に、店に入ろうとした、その時、どこか違和感を覚え、足を止めた。
「先生?」
「……すみません、どこからか視線を感じた気がしまして」
訝しむ彼女に、私は曖昧に返事をした。実際にはこちらを見ていたらしき人物の姿に私は気づいていたのだが、私の姿が気になって視線を向ける人物は多くいた。
その中でもその人物、
「確かに先生は色んな方に見られていましたね。でも、敵意のようなものは感じませんでしたけど……」
吉野ニコは改めて私の背後を眺める。首を傾げた。実際、彼女は注意して観察していたはずであり、私自身も何故その人物の視線が気になったのか、説明することは出来なかった。
「いえ、大丈夫です。中に入りましょう。」
私がそう言うと彼女は少し申し訳なさそうに頷いた。
――
昼時の最も混んでいると思われる時間を過ぎているにもかかわらず、満席の盛況具合を見せていた店内に入る。
こちらに気付いた店員に吉野ニコが何か伝えると、上階の個室へと案内された。
賑やかだった階下の一般席とは異なる落ち着いた雰囲気のフロアで、通してくれた店員によると、祝いの席や宴会、小さい子連れの家族などが予約して利用することを想定した予約専用の席とのことだ。 これも新しい会長の試みであるらしい。
用意された席に山海経の伝統的な茶が注がれ、それを飲みながら待つこと暫く、個室の扉が開かれ、一人の生徒が顔を覗かせた。
「お待たせー、ちょっとすぐに手が離せなくてねー……ふむ……」
そして、こちらの顔を見るなり、表情を変え、何かを考える仕草をした。恐らくこの生徒が吉野ニコと約束をしていた相手なのだろうが、何だろうか。
「こんにちは。どうかしましたか?」
「あ、いやぁ~、変わった二人組だったって聞いたから、どういう感じなのかなって思ったら、まさか、『しのだ』さんがシャーレの先生だったなんてね」
「はい?」
身に覚えが無い話を振られる。話の流れから察すると
「あ、『しのだ』は私です。あなたが『クロカメ』さんですか?」
吉野ニコが小さく手を上げながらそう言った。やはりそういうことらしい。
「え? ……まあ、そりゃそうだよね。明らかに女子高生みたいな感じだったし。ん? じゃあ、どうしてシャーレの先生が? っていうか、シャーレの先生、であってる、よね?」
その女生徒は混乱しているようで、私たちの顔を交互に見ていた。
「あっていますが、とりあえず自己紹介でもしませんか? 私も状況がよく分かっていませんので」
「あ、ああ、ごめんね。あたしは朱城ルミ。SNSは『クロカメ』という名前でやっていて、それから、この玄武商会の会長もやってるよ」
漸く名乗った彼女は、自らの肩書を会長であると言った。吉野ニコの推測からは幹部以上だろうという事だったが、会長その人だったらしい。
「すごい、会長さんだったんですね! 先程も言いましたが、私が『しのだ』です。直接会うことが出来て、嬉しいです! あ、えっと、本名は吉野ニコ、といいます。」
吉野ニコがそれに応じる形で改めて自己紹介を行う。
「私はお気づきの通り、シャーレの先生をやっている者です。ここに来たのはニコさんの付き添いのようなものと思ってもらって結構です」
「付き添い……? あー、うん。
朱城ルミが何故か少し頬を赤らめて私に尋ねた。
詮索しない方が良い、か……どうだろうか。詮索というとあまり聞こえが良くないが、彼女が玄武商会の会長、ということであれば聞きたい話もある。そうなればここに来た理由も話しておいた方が良いかもしれない。
しかし、ここに来たのは純粋に吉野ニコとSNS上での友人関係にあった朱城ルミに会いにきただけ、という側面もあるため、こちらの事情を優先しても良い物か、という懸念も無くは無い。
「先生、考え事をするのは良いですけど、そこで黙られるとおかしな感じに思われますよ!? あの、違います。先生のお仕事に、
私が回答を考えている間に、何故か吉野ニコが間に入って説明をした。実際のところ、内容がすべて正しいわけではなかったが、訂正するほどの事でもないだろう。
「先生の仕事に付き添い? 成程、秘書みたいなことだ?」
「秘書というか…………護衛です。 もう、この際なので改めて所属をお話しますね。SRT特殊学園、FOX小隊副隊長の吉野ニコです」
「FOX小隊……ああ、確かに何かのニュースで見たことがあるかも。うん、納得がいったよ。」
「あはは、良かったです」
朱城ルミが納得して頷き、吉野ニコがそれに対し、話が付いたことに安堵した様子だった。
「それじゃあ、2人とも山海経に、玄武商会にようこそ。色々話したいことはあるけど、まずはおもてなしさせてもらおうかな。2人とも、お腹は空いてる?」
朱城ルミが私たちに問いかける。
「え?」
「前に、約束してたよね。ウチにきたら、ご馳走してあげるって」
「あ、そういう話もありましたね、良いんですか?」
二人の間で、何かしらの約束が交わされていたらしい。そこに私は含まれていないが、どうやら問題は無いようだ。
「もちろん。嘘なんかつかないよ! だから、ちょっとだけ待っててね! すぐに用意してくるから」
そう言って、朱城ルミは意気揚々と個室を出ていった。