黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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セミナーの生徒たち

 ゲーム開発部へ訪問することを決めた翌日、早瀬ユウカに伴って、ミレニアムサイエンススクールへと初めて直接足を踏み入れた。

 

「ゲーム開発部に行く前に、セミナーへ寄っていってもいいかしら?」

 という早瀬ユウカの提案に断る理由もなく、まずはミレニアムの生徒会、セミナーが事務所を構える部屋へと訪れることになった。

 

「ただいま、戻ったわ、ノア」

 早瀬ユウカの後に続き、室内に入る。人気は多くなく、一人の生徒が座っているだけだった。

 

「お帰りなさい、ユウカちゃん。と……あなたが先生ですか? よろしくお願いしますね」

 ノア、と呼ばれたその生徒は立ち上がりそう言ってお辞儀をした後、まじまじと私を見つめる。

 奇異の目で見られることはよくあるが、そういった反応とはまた違うように感じられた。

 

「ええ、こちらこそ、よろしくお願いいたします。ノアさん、でいいのでしょうか」

「あ、すみませんじろじろと。生塩ノア、と言います。セミナーで書記をしています」

 そう言って生塩ノアは恐縮したように再度頭を下げた。

 

「構いませんよ。自分が少々変わった見た目をしているのは理解していますから」

「ええと、すみません、そういうことではなく、なんというか、そう。……以前どこかでお会いしたような」

 

 アビドスで会った際の小鳥遊ホシノと同じような反応をされるが、今度は私の方に彼女との面識があった記憶がない。

「そうですか? 私には覚えがありませんが」

「ごめんなさい、私の記憶違いかもしれません……」

 

 

 恐らく気のせいだろうと思ったのだが、隣で早瀬ユウカが驚いたように私たちの顔を見比べていた。

 

「ノアが記憶違い? 相当珍しいわね」

「そうですね。私も初めての感覚です」

 早瀬ユウカが口にした言葉に、生塩ノアも同意する。どういうことだろうか。

 

「ノアって記憶力がすごくいいの。見たことを殆ど忘れないのよ」

「成程。完全記憶能力というものですか」

「そこまでのものではないと思いますが、一度見たことは殆ど忘れたことが無いと思います」

 

 記憶能力について詳しく測定したことはないそうだが、簡易的なテストにおいてはすべて満点だったという。

 その能力についても興味があるが、それよりも興味があるのが、その彼女が、()()()()()()()()()()()()()()()()()という話だ。

 この時間軸のいずれかのタイミングで会った、あるいは私を見たことがある可能性か、あるいは『彼女にも時間遡行に関する影響が出ているか』だ。

 

「ふむ……ところで、ノアさん。最近妙なメールが届いたといったことはありませんか?」

「メールですか? すみません、心当たりは特に……」

「そうですか……」

 

 生塩ノアの回答が真実なら、アビドスでのメールの件とは別の現象ということになる。

 もっとも、この返答に関しては想定内だ。アレは本人の記憶を呼び起こすものであると仮説を立てており、もうしそうであれば彼女が以前の時間軸での記憶を見ているということはないだろう。

 

「不思議な話ね……。で、会長は今日も不在ね。もう、最近ずっといないじゃない、何してるのかしら。少ないけどセミナー専任で所属している部員はこれだけよ。他の子たちは手伝いとか兼部で入っているから繁忙期や緊急の案件以外では来ないわね。セミナー保安部っていうのもあるけど、それは別の部室。最近まで専属はもう一人いたんだけど……」

 

 生塩ノアとの挨拶が終わり、早瀬ユウカはいくつかの資料を印刷し、ファイルにしまいながらそう話す。

 

「辞められたのですか?」

「辞めたっていうか辞めさせざるを得なかったというか、服役中というか……気になります?」

 

 そう言われれば気になるとしか言えない。私は同意する。

 

「……そうね、あの子にも良い刺激になるかもしれないから、ちょっと会いに行ってみましょう」

 

 早瀬ユウカは暫く思案した後、そういって頷いた。

 巨大な学校であるミレニアムサイエンススクールはいくつかの区画に分かれており、その中でも厳重なセキュリティで守られている区画へと行く。

 

「この先に懲罰房でもあるのですか?」

 歩きながら、先を進む早瀬ユウカへと問いかける。

 

「懲罰房って……、そんな大層なものではありません。反省部屋というか……ああ、でもあの子にとったらあまり違いはないかもしれません」

 

 そう言って、彼女は溜息をつく。昨日、ゲーム開発部に対して行っていた態度と似たようなものだ。

 つまり、その感情も似たようなものだろう。

 

 さらに奥へと進み、厳重なロックがかかっていると思われる扉の前で彼女は立ち止まる。

 周辺にはいくつも監視カメラが置かれている。

 

「ここです。先生。今ロックを開けますね」

 早瀬ユウカが口にしたとき、ガチリ、と扉内部で鍵が解錠された音がした。

 彼女の動きが止まる。そして、私と二人、少し脇に移動し、扉を凝視する。

 

 ゆっくりと音を立てないように扉が開く。

 そして中から一人、ピンク色の長髪が特徴的な少女が姿を現した。

 

「そーっと」

 と実際に口にしながら一歩踏み出したその少女は辺りを見渡し、そして、間近に早瀬ユウカが存在していることに気付き、硬直した。

 

ユ、ユウカ先輩!!? なんでこんなところにー!? ふぎゃっ!?」

 反射的に早瀬ユウカのいない方向へと逃走を開始し、そこにいた私にぶつかり悲鳴を上げる。

 

「何ですか!!? ……ひ、ひぃ!!? オバケですか!? 助けてユウカ先輩!!?」

 私の姿を見てもう一度悲鳴を上げた少女が今しがた逃げようとした先輩へと縋りつく。

 今までで一番大げさな反応だ。

 

「落ち着きなさいコユキ……この方は先生よ」

 纏わりつかれて何を言ったものか考えたのだろう、少し困った顔をして、早瀬ユウカが私を紹介する。

 

()()()()って何ですか!?」

「先生は先生よ。シャーレの先生。コユキも噂位は耳にしたでしょ?」

 身体にしがみついて離さない少女を引き剥がしながら、根気よく説明を続けている。

「……え、先生? あの?」

 

 漸く落ち着いた様子になった少女は、尚も先輩の後ろに隠れながらこちらを観察し始める。

「ええ、その先生。挨拶は?」

 早瀬ユウカは、そんな状態の黒崎コユキを、()()()()()()()()()()()()背を押して前へ出した。

 

「……黒崎コユキ、です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。コユキさん」

 

 行儀よく頭を下げた、存外丁寧な挨拶に返事をする。

 早瀬ユウカの後輩ということは15歳かそこらだろうが、それにしては随分幼く見える。容姿というより、纏う雰囲気のことだ。

 

「にはっ、大人の先生って初めて見ました!」

「にはっじゃないわよコユキ! 脱走しようとしてたわね!?」

 挨拶が済んだからか、満面の笑顔で私に話しかける黒崎コユキに、早瀬ユウカが思い出したように怒り出す。

 

「げっ!? やっぱり忘れてなかった!? 簡単に開けられちゃう鍵が悪いんですよ!?」

「反省部屋なんだから勝手に開けて良いわけないでしょ!?」

「なんで──ー!!?」

 

 そして、喧嘩を始める二人、さながら親子喧嘩のようだが、ここであまり時間を使っても仕方ない。

 

「まあまあ、ユウカさん。その辺で。コユキさんの言うことにも一理あります。開けられる場所に閉じ込められたら人は脱走します」

「にはは、そうですよね先生! 話が分かる人ですねっ」

「そこでコユキの肩を持つんですか!?」

 

 黒崎コユキが喜び、早瀬ユウカは怒る。私は気にせず、言葉を続ける。

 

「なので、閉じ込めておきたければより厳重にしましょう。物理的なロックをつけるとか……構造上内部からの開扉が絶対に出来ない扉にしておくとか」

「怖っ、発想が猟奇的じゃないですか先生!?」

 

「……それもそうね。検討するわ」

「ユウカ先輩!?」

 

 黒崎コユキが悲鳴を上げ、私と早瀬ユウカの顔を交互に見る。

 2人ともが敵になるのは想像していなかったようだ。

 

「まあ、次、脱走したら内側からじゃ開けられなくて、今より狭い部屋になることは覚悟しておきなさい」

 

 今、まさに脱走しようとしていたことは不問とするらしい。すごすごと引き下がり、部屋に戻った黒崎コユキを見て、早瀬ユウカが複雑な表情をしている。

 

 黒崎コユキがここに閉じ込められた理由は、言わずもがな自分の能力を悪用し、悪戯(というには規模の大きい行為)を繰り返したためであるという。

 持っていることがバレたら悪人(ゲマトリア達)に狙われかねない、どころか命すら狙われる危険のある能力だ。それこそ黒崎コユキにとっても、彼女たちの判断は間違ってはいない。

 

「それで、生徒会長は不在と仰っていましたが……」

「ええ、そうなんです。最近は全然連絡が取れなくて……」

「そうですか……一度お会いしたかったのですが、残念です」

 ここに来た大きな目的の一つは調月リオと会う事だったのだが、それはやはり難しいようだ。

 

「……先生が会いたいとおっしゃるのであれば、メールで伝言しておきますよ。もしかしたらメール位は見てくれているかもしれません。モモトークは既読にもならないんだけど」

「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」

 日に日に返せていない恩が更に積み重なるのを感じながら、厚意に甘えることにした。

 

 ―

 

 早瀬ユウカに連れられ通常の研究棟や部室棟が立ち並ぶ、研究区画(スタディ・エリア)に戻り、本来の目的であるゲーム開発部へと向かう。

 

 そして、その部室棟が近づいてきたとき、突然空から落下物が降ってきた。

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