早瀬ユウカの案内に従い、訪れたゲーム開発部が存在する部室棟。その開放された窓から叫び声のようなものが聞こえてきた気がした。釣られて見上げると、何かが飛来してきていることが確認できた。
「先生!?」
直後、同じく飛来物に気付いたのだろう、早瀬ユウカに体を押される。咄嗟の事だったので、バランスを崩し、倒れてしまう。
「あいたぁ!?」
その直後、ガコン、という鈍い音とともに、早瀬ユウカが悲鳴を上げる。状況把握が遅れたが、どうやら、彼女が私を庇った結果、その飛来物が接触したらしい。
そういえば、シャーレオフィス奪還の際にも目の前の少女の頭にホローポイント弾が被弾していた、などと無関係なことを思い出した。
「何なのよもう……先生、大丈夫ですか?」
名目上護衛の少女がこちらの無事を確認する。いや、名目上という部分はもう外していいだろう。彼女は立派に護衛としての役割を果たしていた。
「おかげさまで、尻餅をついた程度で済みましたよ。ユウカさんこそ大丈夫ですか?」
要らぬ心配をかけぬよう、すぐに返事をする。
「ええ、平気です。痛いは痛いですけど、銃弾食らった方がよっぽど痛いですよ」
早瀬ユウカは頭をさすりながら立ち上がり、考えてみれば至極当然のことを言った。
「それはよかったです。それで、何が飛んできたのでしょう」
「これってゲーム機よね、まさか……」
改めて飛来物を確認する。早瀬ユウカのいうように、確かに型落ちのゲーム機のような見た目をしている。これが飛んできた窓を見上げる。
そこには顔を真っ青にした少女と、それに良く似た顔つきの少女がこちらを覗いていた。ゲーム開発部の才羽モモイと才羽ミドリだろう。
「モモイ! もう、危ないでしょ! 何してたの!?」
傷害事件の被害者が怒りの表情で窓に向かって叫ぶ。加害者たちもパニック状態のようだ。
「うわー!? 何でよりにもよってユウカに!!?」
「お姉ちゃんどうするの!? っていうか隣にいる人ってまさか」
2人して何か騒いでいる。少なくともこちらを狙って攻撃してきたわけではなさそうだった。
「何騒いでるの! 良いから降りてきなさい!」
早瀬ユウカの呼び出しに、二人が窓から顔を引っ込める。こちらに彼女たちの持ち物がある以上、逃げるという選択は取れないだろう。
すぐに二人の少女が降りてきて、走ってこちらに近づいてくる。
「プライステーションは無事!?」
「も、もしかして先生ですか?」
たとえ事故であったとしても、とても加害者側から出てくる発言とは思えない言葉が同時に繰り出された。
「あなた達ね……まずは言う事があるんじゃないかしら?」
早瀬ユウカが怒りと呆れの感情のこもった言葉を発する。当然の感情だろう。
先ほどの黒崎コユキもそうだが、ミレニアムの1年生というのはこういう質の生徒しかいないのだろうか。環境が異なるとはいえ、アビドスの一年生のことを考えると、随分幼く見える。
「あー! そうだユウカ! 何でここに来たの!?」
「違うでしょ! あなた達が放り投げたゲーム機で危うく先生がケガするところだったのよ!?」
「ご、ごめんなさい」
ピンク色の姉の方、才羽モモイが頭を下げる。妹もそれに追随する。しかし私はどうにも、このまま話を進める気になれなかった。
これはそう、苛立ちの感情だった。
「私に謝る必要はありませんよ。実際にぶつかったのは私ではないのですから。ただ、一つ言わせてもらうと今貴女たちの心証は極めて悪いです。
「ちょっ、先生!? それは言わないって……」
「え……」
そこまで言って、私は失策に気付き愕然とした。早瀬ユウカが慌てていて、才羽モモイは唖然としている。
自分はこんなことで腹を立てる性格だっただろうか。それともこれも私が影響を受けていることの作用なのだろうか。
本来であれば、最低でもゲーム開発部との関係は良好でなければならなかったはずだが、いきなり叱責してしまった。
「……ユウカ、それ本当?」
「せ、先生が気になってたみたいだったから、後押ししただけよ」
私が次の言葉を考え出せずにいると、早瀬ユウカがバツの悪そうな様子でフォローに入ってくれた。
「本当なんだ……ご、ごめんねユウカ……私、てっきりまた何か嫌なこと言いに来たかと思ってすぐ謝れなかったよ」
「嫌なこと言われるかどうかは別として、
「うん……ごめんなさい」
余計な思考に気を取られているうちに、早瀬ユウカと才羽姉妹との間では関係の修復が図られていた。
「先生、モモイ達も素直になれなかっただけで反省しているみたいなので、予定通りお話、聞いてあげられませんか?」
早瀬ユウカの姿は完全に保護者のそれだったが、私の失態をも彼女がカバーしてくれたので、これを利用するほか道はなかった。
「ユウカさんがそうまでいうのであれば、話は聞かせていただきましょうか」
私は取り繕いながらそう言って、才羽姉妹の話を聞くことになった。
―
とりあえずの和解は済ませたため、落ち着いて話をするために、私たちはゲーム開発部の部室へと移動した。
ゲーム開発部というだけあり、室内には多くのゲーム機と作業用と思われる端末が揃っていた。
「えっと、ここがゲーム開発部の部室だよ。私と、妹のミドリと、本当は部長のユズがいるんだけど……」
才羽モモイは私にそう説明したきり、気まずそうに俯いてしまった。妹の才羽ミドリも押し黙っている。先ほどのやり取りが響いているのだろう。
以前の私なら空気を読まずに本題に入っていただろうが、平等な立場での対話ではそれでは上手くいかないことも分かってきた。適任者に任せるべきだろう。そう思い早瀬ユウカを見ると、こちらを見つめていた彼女と目が合う。
驚いたように自分自身を指さし、表情からすると、ここで自分の番だとは思っていなかったようだが、私はただ黙ってうなずき、彼女の喋るに任せることにした。
また、その間才羽モモイは無言に耐え切れなくなってきたのか、殆ど涙目であった。
「こほん、モモイに謝ってもらったなら、
その様子に慌てた早瀬ユウカが咳払いをして、話し始める。
「え?」
才羽モモイが顔を上げる。無言を貫いていた妹のミドリも何を言い出すのかという表情で話し始めた先輩を見つめる。
「私も自分の発言を振り返ってみたの。確かに廃部にすると言ったし、言い方もきつかったわ。敵だと思われて仕方ないところもあった。ごめんなさい、モモイ、ミドリ。それにここにはいないけどユズにも」
早瀬ユウカはそう言って、真摯に頭を下げた。
「……ううん。ユウカはそういうルールだっていつも言ってたから、本当はユウカが正しいの分かってたよ」
早瀬ユウカの謝罪に才羽モモイは首を振る、子供っぽい振る舞いを見せていても、理解力が存在しない訳ではないようだ。ただ、意地になっていたということだろう。
「……まあ、ルールはそうね。私があなた達のことを好きでも、嫌いでも、今のままだと廃部の判断にせざるを得ない状況なのは事実なの」
「……うん」
早瀬ユウカの諭すような言葉に、才羽モモイが静かにうなずく。
「だから、私はあなた達が先生に相談したって聞いて、内心ちょっと嬉しかった。本気になってくれたのかなって」
確かメールを見せたときの第一声はゲーム開発部への文句だったはずだが、あれも全て本心から出るものというわけではなかったのだろう。
「……うん」
「折角、本気になったんだから、ちゃんと相談しましょう。先生はそのためにいらっしゃったのですから、ねえ、先生?」
黙って聞いていたこちらを見て、頷けと目線で命令してきたので諾々と従う。
「……うん! 分かった!」
早瀬ユウカの話と私が頷いたのを見て、才羽モモイはようやく調子を少し取り戻したようだ。
元気よく立ち上がり、
「じゃあ、お願いがあるんだけど……あ」
何かを言おうとしてたっぷり躊躇った後、
「怒らない?」
「怒らせるようなことしようとしてるの!?」
分かりやすく問題児らしい質問をして、早瀬ユウカを怒らせた。
―
「―というわけで、その連邦生徒会が警備してた廃墟に、G.Bibleがあるんだって!」
「ふむ。廃墟ですか……」
才羽モモイの話は荒唐無稽で雲を掴むような話であったが、とある廃墟に「G.Bible」なるゲーム開発の聖書があるというものだった。
「私は反対です」
早瀬ユウカがにべもなく即答した。
「怒らないって言ったのに!」
「怒ってないわよ。ただ反対と言ってるだけ、そんな危険な場所に根拠とも言えない乏しい理由で乗り込むなんて……先生もそう思いますよね?」
確かに早瀬ユウカの言う通り、取り合う必要もない噂話のように聞こえる。
しかしこの行動の結果何かが起こり、天童アリスが現れた可能性は相当に高く感じられる。つまり、賛成の立場にならないといけないわけだ。
「……そうですね。危険を押してでも行きたいというのであれば、行ってみるべきでしょう」
脳内で説得方法を考えながら、私はそう切り出した。
「先生!?」
「ほんと!?」
「ええ」
やったー、と喜ぶ才羽モモイ。裏切られたという表情でこちらを見る早瀬ユウカをよそに、今まで黙って話を聞いていた才羽ミドリが口を開いた。
「あの、先生。どうして賛成なんですか? それと、そんな場所って行っても大丈夫なんですか?」
どうやら、妹の方は幾分か冷静らしい。気を取り直した早瀬ユウカもそれに同意するようにうなずいた。
「簡単に話せるほうからにしましょうか。まずそんな場所に行っても大丈夫かという話ですが、安全性という問題さえ度外視すれば問題ないと思いますよ」
「安全性って度外視して良いの!?」
才羽モモイが素で聞いてくる。
普通に考えて良い訳はないが、今誰の目的のために解説しているのかわかっているのだろうか。
「それについてはなんとも言えないので度外視するしかないという話です。 一つ、まず出入り制限については連邦生徒会長が制限していたとのことですが、私はその連邦生徒会長とほぼ同等の権限を有しているらしいのでこれは問題ありません。そして、ミレニアムの生徒がそんなところに入っていいのかという点ですね」
そう言って、一度早瀬ユウカの方を見る。
「ユウカさんはこの学校の実質ナンバー2なので彼女の許可を取れれば問題ないでしょう」
「お願いユウカ! 許可出して!?」
「私は反対って言ったわよ!? 先生、どういうつもりですか?」
怒らない、という約束は私には適用されないらしい。明らかに怒っている。
「まあ、それで何で賛成するかという話に戻りますが……、
「え?」
3人が同時にぽかんとする。
「ミレニアムの方々は往々にして暴走することがあるとは、ユウカさんの口から何度も聞いていますが、私はそれは悪いことではないと思います。ゲーム開発者が、ゲームの聖書の存在を追い求める。まさにそれは神秘への探求といえるわけですから」
神秘の探求は免罪符にはならないが、時に自らの命より優先しうる理由とはなり得ることを私は知っている。
「神秘……」
早瀬ユウカが私の言葉を繰り返す。意味を測ろうとしているのだろう。
「ユウカさんが数学を突き詰めるのも数という神秘の追求に他なりません。私も神秘に魅入られた身であるからこそ、ゲーム開発者が身を危険にさらしてでもゲームの神秘を追及するというのであれば、私はそれを応援したいと思います」
それらしく方便を話ながら、才羽モモイを見る。
口を開けてボーっとしている。聞いているのかどうかはわからない。
「私にとっての、数学と同じ……分かりました先生、私も覚悟を決めます」
一方、何か感じ入るものがあったのか、先ほどまでとは一転、早瀬ユウカは乗り気になったようだ。
そして、残りの才羽ミドリはというと、当然反対はしないものの詐欺師を見るような眼で私を見ていた。失礼な生徒だ。兎にも角にも、早瀬ユウカの説得は完了した。
―
「え!? ユウカもついてきてくれるの?」
「私の方がまだ危ないことには慣れてるでしょ。乗り掛かった舟だし、ただ許可だけして待ってるのなんて嫌よ」
「やったー!」
一人置いて行かれていた才羽モモイが状況を把握し、装備の確認をしている早瀬ユウカが廃墟へとついてくることを無邪気に喜んでいる。
早瀬ユウカの方も後輩に纏わりつかれる状況にまんざらでも無さそうだ。そういえば褒められ慣れしていないという推測をしたのだったか。
「ところで、先生」
ふいに、先輩へと絡んでいた才羽モモイが私の方を向く。
「何でしょうか」
「さっき、先生も神秘を探求しているみたいなこと言ってたけど、先生にとっての神秘って何なの? 私にとってのゲーム、ユウカにとっての数学みたいなこと」
確かにそう言った。嘘はついていないが、私の話をここでするのは難しい。
「そうですね……神秘そのものでしょうか」
「な、なんかカッコイイー!!」
なので、きわめて簡略化した内容のみを伝える。
「さ、詐欺師……」
才羽ミドリが今度はそうはっきりと呟いた。