廃墟に入ってしばらく、私たちは自動警備と思われるロボットと交戦、もとい逃走していた。
「監視薄れてるって話じゃなかったお姉ちゃん!?」
才羽ミドリが泣き言を叫ぶ。
「これでも減ってるんだよー!! たぶん」
才羽モモイはそんな泣き言に根拠のない言い訳をする。
「あー、やっぱり認めるんじゃなかったわこんなこと!!」
「いまさら言わないでよユウカ!」
私たちを庇いながら最後尾に立つ早瀬ユウカは自分の気の迷いを後悔していた。才羽モモイの言う通り、今更そのようなことを言ってもどうにもならない。
初めは才羽モモイの案内で慎重に廃墟を進んでいたが、何らかのセンサーに触れたのらしい。
次から次へとセキュリティロボが現れるようになり、都度戦っているとキリがないので逃走しながら進むことを選択した結果がこれだ。
複数の箇所から現れるロボットたちに私たちの逃走経路は次第に選択肢を狭められ、一つの建物の中に吸い込まれるように入っていくこととなる。
後から考えれば、それは実際にこの建物に入るよう誘導されていたのかもしれない。それほどまでに、その建物内で起こったことは劇的であった。
建物内に飛び込むと、その中は警備エリア外だからなのか、ロボットたちは追って侵入してくることはなかった。それを確認し、安堵と疲れからか、才羽姉妹は座り込んだ。
「もう、酷い目にあったわ。みんな、怪我はない? 特に先生、大丈夫ですか?」
殿を務めていた早瀬ユウカがも室内に飛び込んできて、全員の無事を確認する。
「私は問題ありません」
戦力としてほとんど役に立たず、守られっぱなしであった私はおかげ様で傷一つ負うことはなかった。
「良くないよー! 何で私がこんな目に合わなきゃいけないの!? お姉ちゃんのせいだよ!」
「まあまあミドリ、落ち着いて」
双子姉妹が喧嘩を始めるが、それだけ元気だということだろう。問題はないようだ。
早瀬ユウカも二人の様子を見て安堵しているようだ。
しかしその時、機械音声と思われる声が、室内に響いた。
『接近を確認』
機械による自動再生の音声と思われる声。私たちの入室に反応したのだろう。
『対象の身元を確認します。早瀬ユウカ、資格がありません』
「私の名前……?」
突然名前を呼ばれた早瀬ユウカが身構える。天井をよく見ると、カメラが複数台取り付けられているのが分かる。AIによる画像認識だろうか。
『対象の身元を確認します。才羽モモイ、資格がありません』
「私もだ!? 資格って何のこと?」
『対象の身元を確認します。才羽ミドリ、資格がありません』
「な、何で私たちのことを知ってるの!?」
続いて、才羽姉妹も認証の対象となる。突然の声に二人とも混乱しているようだ。そして、私の番もきた。
『対象の身元を確認します。荳肴ュ」先生、エラー発生、認証失敗しました。再度実行します』
「エラー?」
3人の生徒たちとは異なる反応を示した音声を聞き、生徒たちの視線が私に集まる。私の名前の部分でノイズが走っていたが、確かに「先生」と言っているのが聞こえた。
『データベース更新完了。対象の身元を確認します。
一体私のデータベースをどうやって更新したというのか、私に対し入室の権限が付与された。機械音声はさらに、同行者である生徒にも資格を付与する。そして、
「下部の扉を開放します」
その声の直後、床が開いた。
咄嗟にその場を離れようとしたが、それは全く間に合わず、近くで呆然としていた才羽ミドリを抱えるので精一杯だった。そのまま落下する。
「きゃぁっ!?」
才羽ミドリの悲鳴と乗られた重みによる衝撃が体に伝わるが、幸いにして、落下の衝撃はそこまで強くなかった。クッション性の高い床になっていたようだ。設計者の悪趣味な仕掛けだろう。
「せ、先生。大丈夫ですか!?」
「……ええ、落下することが前提になっている作りのようだったので」
私にしがみついたまま無事を尋ねる才羽ミドリ、まだ混乱しているようだ。
「あ、本当だ……。あ、ごめんなさい、どきますね」
才羽ミドリが降りたので、立ちあがる。先ほどの自分の行動については後で考えることとしよう。
才羽モモイは早瀬ユウカに庇われたようだ。お礼を言っている姿が見える。しかし、私はそれよりも、落ちた部屋の中央付近にある存在が目に留まった。
「え!? 女の子!?」
私の見ている方向を見て、傍らの少女も気づいたようだ。そしてその声に気付いた、才羽モモイと早瀬ユウカの二人も、部屋の中心にある存在に気付く。AL-1S、「名もなき神々の王女」の素体がそこで眠るように起動を待っていた。
「綺麗な子ね……、じゃない。この子、眠ってる?」
「というか、息してないような。何か、人形みたいというか……」
「AL-IS……アリスって読むのかな」
近づいて口々に感想を言い合う中、才羽モモイが1をIと誤読する。
「よく見なさいモモイ、AL-1Sよ。まるで商品の型番みたいだけど」
「それより、着替えさせた方が良いんじゃない? 先生もいるし」
才羽ミドリの提案により、彼女が用意していた制服を着せ始める。
「状態の変化、および接触許可対象を感知。休眠状態を解除します」
着替えが終わるまでこちらを見るなという視線を感じたので終わるまで待つ。
その後ようやく呼ばれたため近づいていくと、AL-1Sから警報音のようなものが鳴り、そう言葉を発した。生徒たちが呆気に取られている中、さらに機械の少女は続ける。
「状況把握、難航。同期データの大部分が破損しています。しかし、一部データは残っています。モモイ、説明をお願いします」
「私のこと、知ってるの?」
急に名前を呼ばれた才羽モモイが驚いて体を震わせる。
「さっきここに入る前も名前知られてたし、お姉ちゃんのこと知っててもおかしくないけど……私のことは知ってる?」
「肯定。才羽ミドリ、そして、早瀬ユウカ。しかし、理解しているのは名称のみです。説明を求めます」
名前を知っている。それだけならそこまで不思議な点はない。しかし、同期データとは何を意味するのか。というより
彼女が発した言葉の中で、その点が最も気になった。
「せ、説明が欲しいのはこっちなんだけど!? 何で私たちの名前知っているの?」
「この場所、なんなの? はっきり言って異常だわ」
才羽モモイと早瀬ユウカが矢継ぎ早に質問するが今のAL-1Sは殆どのデータを失っており、初期状態に近いのだろう。
「知識として記憶にあるデータであり、取得理由の解明は困難です。恐らく破損データに存在していると思われます。また、この場所のデータもありません」
機械的で要領を得ない回答が続く中、ついに才羽モモイが核心を突く。
「
「本機の自我、記憶、目的はほぼすべて消失状態であることを確認。しかし、残った情報があります」
起動したばかりの無表情の少女はどこか自分の言葉に絶対の自信を持っているかのように聞こえる。そして、
「私の名前は天童アリス。ゲーム開発部の天童アリスです」
AL-1Sであったはずの彼女は、自らをそう名乗った。
―
「自分でゲーム開発部の部員って名乗ってるんだからゲーム開発部の部員ってことでいいじゃん!」
「肯定。私はゲーム開発部の部員」
ゲーム開発部として自己紹介した天童アリスに諸手を上げて部員としての加入を主張する才羽モモイに対し、改めて自分の立場を機械的に肯定するAL-1S。勿論、満場一致という訳ではない。
「そ、そうはいってもこの子、ミレニアムの生徒かどうかも定かじゃないじゃない。あまりにも出来すぎているというか……この子に問題があるわけじゃないけど、怪しいわ」
セミナー、生徒会として慎重な立場をとる早瀬ユウカは当然としてであるが、
「わ、私もちょっと怖いよお姉ちゃん。こっちのこと一方的に知ってて、それにゲーム開発部だなんて言って……」
才羽ミドリも不安が先行して賛成できないようだ。当の天童アリス本人は無表情でこちらの様子を見ている。
私が以前の時間軸で目撃したときは通常の人間の少女のような振る舞いをしていたはずだが、今の彼女はかなり機械的だ。先ほどはゲーム開発について尋ねると。「不明。類推は可能。ゲームとは遊戯のこと。ゲーム開発部はゲームを開発する部活動のことを指すと思われます」
と古臭いAIのような返事が返ってきた。
「でも、このままだと人数が足りなくて廃部になっちゃうよ!? ユズの居場所が無くなっちゃう……」
「う……」
「モモイ……」
才羽モモイの切り出した言葉に、反対寄りの意見だった二人もトーンダウンする。しかし、ここで話していても仕方ない。一旦打ち切るとしよう。
「どちらにせよアリスさんをこのままにしておくわけにはいきません。一度ミレニアムの校舎へ戻りませんか?」
私の提案に生徒たちは頷き、天童アリスを連れてゲーム開発部の部室へ戻ることになった。
―
ミレニアムへの道のりを再び逃走しながら切り抜け、無事帰還する。
「私は一度生徒名簿のチェックと校則や事例の確認をするから、セミナーに戻るわ。先生、申し訳ないけどアリスちゃんと一緒にゲーム開発部にいてくれる?」
ゲーム開発部の部室へと戻った後、何かあったらすぐに呼ぶようにと言い残し、早瀬ユウカはセミナーに戻る。
「駄目だよアリスちゃん! それはゲーム機だから食べられません! ペってしなさい!」
天童アリスは室内のもの全てに興味を感じているようで、様々なものを触ったり、口に含もうとしたりして、才羽姉妹をハラハラさせていた。そのうちに彼女は、一つのものに目を止める。
「あ、その雑誌……」
彼女が手に取ったそれは、比較的新しいゲーム雑誌のようだった。
「お、良いものに目をつけるねー、アリス! その中に、私たちの作ったゲームも載ってるんだよ!」
「酷評されてるけどね……あ、そうだ、アリスちゃんこれやる? ただ待ってるっていうのも退屈でしょ? 会話しながらゲームすると話し方とかの勉強になるかもだし」
テイルズ・サガ・クロニクル、というタイトルのゲームのページを開きながら、二人がゲームプレイを促す。
「肯定、アリスはゲームをします」
天童アリスは即答した。ゲーム開発部だからゲームをやるものという自認があるのか、それともただの興味からだろうか。
「よしきた! じゃあ準備するからちょっと待ってね!」
才羽モモイがゲームを起動し、「テイルズ・サガ・クロニクル」のタイトル画面が映る。ゲームを始めるとシナリオライターが酩酊状態で書いたとしか思えない意味不明なストーリーが流れ、チュートリアル開始となった。私自身こういったデジタルゲームを知識としては知っているが、実際にプレイした経験はない。
天童アリスのプレイを興味深く見ていたが、チュートリアルの指示に従った瞬間ゲームオーバーになった様子を見て、これが世に存在する平均的なゲームとはかけ離れていることは容易に察せられた。
一方、プレイしていた当の本人、ゲームオーバーの画面を呆然としたように眺めていたが、よく見ると目から涙が流れている。
「あ、アリス!? ごめん、泣くほど嫌だった!?」
「やっぱりチュートリアル位はちゃんと作るべきだったんだって! お姉ちゃん」
慌てて才羽姉妹がなだめにかかるが、天童アリスは首を振り
「落涙の原因は不明。悪影響は無いとみられます。ゲームを続けます」
そう言って改めてチュートリアルを進め始めた。
あれは確かにチュートリアルであった、と傍から見ていても理解できるほどの理不尽な展開の連続に天童アリスはたびたび疑問を呈しながらも、ゲームを進めていった。驚くべき事に、ゲームやそれにかかわる会話を通じて、彼女の会話能力は飛躍的に成長していき、また表情も豊かになっていった。それに伴い渡し人の興味はゲームそれ自体よりも、天童アリスの成長速度についてへと移行した。
「こ、ろ、し、て……」
そして、およそ3時間が経過したころ、ついに天童アリスがテイルズ・サガ・クロニクルをクリアした。ゲームには多少興味がわいたが、世に出回っているゲームがこういったものばかりであれば私が実際にやることは無いだろう。
才羽姉妹が天童アリスにゲームについて感想を聞いている。
質問を受け、咄嗟に言葉が見つからず、あたかも普通の少女が自分の知り得る言葉から感想を絞り出そうとしているような表情の変遷を経て
「面白さは、確実に存在。プレイを続けるうち、別の世界を探しているような……そして」
天童アリスの眼からはまた涙が浮かんでいる。今度はだれも彼女に話しかけず、続きを待つ。
「私は確かに、ゲーム開発部の天童アリスであると実感しました」
その場の誰にも、私や、恐らく天童アリス自身にもその言葉の真の意味を理解することはできない。しかし、その言葉と涙は、誰にもその真実性を疑うことは出来なかった。
その時、がたんと、ロッカーが唐突に開く音がする。突然の物音に才羽姉妹が飛び上がり、天童アリスが困惑の表情を浮かべている。ロッカーの中からは一人の少女が出てきた。
「ユズ!? いつからロッカーにいたの!?」
「みんなとユウカが廃墟から戻ってきた辺りから……」
どうやら、この少女が花岡ユズ、このゲーム開発部の部長だという生徒らしい。
「あ……ありがとう、私たちのゲームを面白いと言ってくれて、泣いてくれて。そういう言葉が、聞きたかったの……」
感極まった表情で、天童アリスに花岡ユズはそう話す
「ユウカが返ってきた結果がどうであっても、アリスちゃんはもうゲーム開発部の仲間だよ」
その言葉に、天童アリスは笑顔で頷いていた。
「あ……、ご、ごめんなさい先生。自己紹介が遅れました。花岡ユズです。一応ゲーム開発部の部長です」
花岡ユズはそういって、こちらに頭を下げる。少し怯えた表情をしているが、仕方ないだろう。
「ええ、よろしくお願いします。アリスさんの感想の後だと薄っぺらく聞こえるかもしれませんが、私もゲームというものに興味を持ちましたよ」
私の社交辞令的な返事に、少女は赤面して再度頭を下げる。
花岡ユズとの挨拶を終えたとき、タイミングよく部室にノックの音が響いた。
「あ! ユウカかな? どうぞー」
それに対し、才羽モモイが代表して入室を促す。
「遅くなってごめんなさい! あら、ユズも戻ってきていたのね。ちょうど良かったわ」
扉を開き、予想通り早瀬ユウカが入室してくる。
「ユウカ! よくお戻りになった。丁度今、アリスはゲーム開発部の真の仲間になったところです!」
天童アリスが、再び現れたユウカに、再開の喜びを表情でアピールしつつそう言って出迎えた。
「え? 何? ……っていうか、あなたすごく会話が上達していない……? ってそれはまた後でよね」
彼女は天童アリスの言語レベルの上昇に驚きつつも、本題を進めるべく後ろを振り向く。
「コユキ、そんなところで覗いていないで、あなたも入ってきなさい」
結果を報告に来たはずの彼女は、何故か今朝出会った黒崎コユキを伴っていた。