入ってきた早瀬ユウカに、ではなくゲーム開発部の疑問を感じる視線が黒崎コユキに注がれる。知り合いというわけではないらしい。
「同じ1年生だから知ってるかしら? 一応紹介するわね。この子は黒崎コユキ。訳あってついてきてもらったの」
早瀬ユウカの紹介に、入室してきた黒崎コユキが所在なさげに頭を下げる。今朝、あった時のような溌剌さはあまり感じない。案外人見知りするタイプなのだろうか。
「それじゃ、本題に入るわね。あれから、生徒名簿を調べたの。卒業生、退学者も含めてね。といってもデータベースを調べるだけだから大した手間じゃなかったわ。まあ、数年分のデータだしね」
「? アリスの話ですか?」
そういって話し始めた彼女が、天童アリスの方を見る。見られた方は何の話かあまり把握していないようで、首を傾げている。
「そうよ。ちょっと難しいかもしれないけど、一緒に聞いていてね。……予想通りだったけど、天童アリスという名前の人物はいなかったわ。一応天童と、アリスの双方で調べても見たけど、この子に一致している生徒は見つからなかった。少なくとも5年間は、ミレニアムに転校も、入学もしていない」
「やっぱり、そうなんだ」
才羽ミドリが頷く。そもそも、あんなところに生徒が眠ったまま裸で放置されていたとしたら、その方が問題だ。才羽モモイと花岡ユズは不安そうに続きを見守っている。
「ええ、それでアリスちゃんの処遇についてなんだけど……とりあえずは保留ということになるわ。私の一存で決められる話じゃない。というより、セミナーだけの都合で決めることもできないわ。ノアとも相談したんだけど」
「保留!?」
「ほ、保留って……どうなるの?」
才羽モモイが叫び、花岡ユズが聞き返す。
「少なくとも、当分はゲストとしてミレニアムで保護するわ。責任者は……私ということになるけど、ゲーム開発部のみんなでサポートしてあげてくれる?」
「う、うん。それは良いけど、ゲーム開発部の部員になってもらうのは?」
さらに聞き返された早瀬ユウカは、頷きながら話を続ける。
「ゲーム開発部として活動してもらう事は問題ないわ。学外の人物が学外メンバーとして共同研究していた部活が存在したことは確認済み。そのための校則も整備されてるし、そうするための書類も持ってきた」
才羽モモイの顔が明るくなるが、「でも」と早瀬ユウカが続ける。
「でも、ミレニアムの部活動の部員の数とはカウントされないから、これだと部員の数が足りていないのは変わらない」
早瀬ユウカが険しい顔で言った。例外的な対応について検討するなど、この短い時間でよく調べたものだと感心するが、当然部員たちは肩を落としている。
「正式な部員として認めるには、ミレニアムの生徒でなければならない、という前提があるの。ここはどうしても覆せないみたい。それにはまずアリスちゃんが正式にウチの生徒になってもらう必要があるんだけど……正規の方法でなるには結局来年入学してもらうのが一番簡単なのよ」
それは、約一年後、という話だ。それではとても間に合わない話で、天童アリスの表情は変わらないが、他の部員たちは明らかに気落ちしている。
「あ、そんな困った顔しないでよ。最後まで聞いて」
と、早瀬ユウカが話を続ける。
「一応特例があるの。
これはミレニアムの理念に基づいて、顕著な才能を持つ人物の確保を可能とするための特例措置ね。学校間の転校とはまた別で、今現在学籍のない人物であっても問題ないことは確認済みよ。適用事例もある」
調べてきた資料を見せながら、そう言い切る。部員たちは顔を見合わせる。
「じゃ、じゃあ、その制度を使えばすぐ入学できるってこと?」
才羽モモイは最後の希望を見出すかのように早瀬ユウカに尋ねる。
「まあ、理論上はね。リオ会長が不在なので今すぐは無理だし、そもそもこれを通すにも
早瀬ユウカの問いに、質問を質問で返された才羽モモイがうーん、と今までの内容を整理しながら話しはじめる。
「えーと、ゲーム開発部を残すにはミレニアムプライスでの実績が必要で、実績があればアリスも部員になることができる? あれ? 結局今すぐ必要な部員の人数が足りてないじゃん!」
「そうなるわね」
「『そうなるわね』じゃないよー!? どうすんのさ!?」
本来どうするのかを決めるのはゲーム開発部の方であり、セミナーである早瀬ユウカにはそこまでの責任は無いだろうが、恐らくここに黒崎コユキが来ていることがその解決策なのだろう。
彼女が入室してきた段階で、その可能性を考えてはいた。
「それなんだけど、うん、そうね。それが3つ目の話なの。戻ってくるまで時間がかかった一番の理由はこの子とお話していたのもあったの。ノアも含めて、3人でね。ちょっと誤解されちゃったりして、大変だったけど」
そう言って、彼女は入室して挨拶した以来であった少女の方に笑いかける。
「え……まさか?」
早瀬ユウカは微笑んで、黒崎コユキの背中を押す。緊張した面持ちの少女が一歩前に出て、話し始める。
「えと、く、黒崎コユキです! ゲームが好きです! 特に好きなのは運要素が強いやつとかアナログゲームなんですけど、テイルズ・サガ・クロニクルもやりました! ちょっとくs……ヤバいゲームだったですけど、作ってる人たちはゲーム好きなんだなって興味がありました! 」
ヤバいゲームという言葉に一瞬花岡ユズの体が震えるが、その後に続いた言葉を聞いて、現行ゲーム開発部の3人が頷きあう。同時に3人の口が開きかけ
「ぱんぱかぱーん! コユキが仲間になりました! ということですか?」
黙って様子を見ていた天童アリスに、最初に話しかけるポジションを奪われていた。
「合ってるよアリス! よろしくね、コユキ!」
「アナログゲーム好きなんだ。一応デジタルゲーム開発が目的の部活だけど、ボドゲもたくさんあるよ!」
「わ、私たちに興味を持ってくれて、ありがとう。とっても嬉しい」
一瞬呆けていた3人も、黒崎コユキに近づいて歓迎の言葉を言っている。
「良いのですか、コユキさんは謹慎中の身だったはずですが」
盛り上がっているゲーム開発部を見て、安堵の表情を浮かべていた早瀬ユウカに話を振る。悪戯がばれた子供のようにばつの悪そうな笑みを浮かべて、彼女が返事をする。
「今日の脱走が無ければそろそろ解ける頃でしたし、開発部の子たちと一緒に行動することを条件として、反省部屋からは出すことにしました。外出とかは当分許可制にする必要があるでしょうけど」
「成程、コユキさんの安全のためにもその方が良いでしょうね」
そもそも、今日もロックを解除して脱走されるところだった以上、反省部屋に入れていても更生が促せるとは思えない。一方で、環境を変えるという試みは効果をもたらす可能性もあると考えたのだろう。
「もともと、コユキはその能力が認められてセミナーに入ってもらったんですけど、本人的にはつまらないのかな、って思っていたんです。それでイタズラをするんだと思うんですけど、ちょっと能力が高すぎて大きな問題になることがあったんです」
早瀬ユウカは、眼前で新入部員として交流を深めている黒崎コユキを見ながら、小声でそういった。
―
次にやるゲームを物色したり、好きなゲームについて話したりしている5人を残し、早瀬ユウカと外に出る。本人のいるところではやりにくい話だろう。
「ゲームや運試しが好きっていうのは、知っていたんです。前にあの子たちのゲームをやった感想が、私とは少し違ったのも。さっきも言ったように、会長の不在はセミナーの責任もあるわけで、何とかしてあげたいって思って……思いついたんです」
「コユキさんを紹介することをですか」
恐らく、生徒会長の不在に関しては助けるための言い訳に過ぎないだろう。結局、蟠りが解けて素直に頼ってくれるようになった才羽モモイやゲーム開発部に、協力してあげたかったというのが本音だろう。
「はい。それで、コユキのところに行って話をしたんですけど……。最初、セミナー……になのか私になのかはちょっとわからないんですけど、たぶん見限られたんだと思って泣かれてしまったんです。ノアにも参加してもらって、コユキ自身がやりたいのであれば、という提案であること。悪いことをしなければセミナーに戻ってくることもいずれ可能になること。遊びに来ることはいつでも構わないって伝えたんです。そのほかにもいろんな話をして、最終的に入部してみたいってあの子が言ったんです」
なので、無理に入らせたとかじゃないので誤解しないでください、と早瀬ユウカは念を押すように言った。勿論、彼女のこの性格では、そのような無理ができるわけがないことは承知していたが。
早瀬ユウカが気づいているかどうかはわからないが、黒崎コユキという危険な能力を持った人物を保護する、という観点で見たとしても、脱出可能な部屋に閉じ込めておくより余程良い方法であると考えられる。
仮に黒崎コユキが勝手にミレニアムから脱走してしまった場合、ミレニアムどころかキヴォトスに大きな未曾有の損害をもたらす可能性がある。無理やり監禁することができないのであれば、「
そして、室内に戻り、その日はもう遅いので一旦解散ということになった。
明日は天童アリスの武器や身の回りの物をそろえたりするとのことで、私も再度来ることになった。
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部員数の問題は片付いた。早瀬ユウカの顔も立てられただろう。後は、ミレニアムプライスで彼女たちが結果を残すことだ。一見順調そうに進んでいるが、一方で私の胸中には疑問が浮かんでいた。
「天童アリスがゲーム開発部に所属していると名乗ったこと」「天童アリスのミレニアムへの入学が保留となること」「黒崎コユキがゲーム開発部の一員になること」
これらはなぜ起こったのか。天童アリスがゲーム開発部だと主張したのは以前の時間軸とは明確に異なる点であることはほぼ間違いないと思われるが、しかしこの2つは以前通りなのか、そうでないのか判断する術すら私にはない。
今更ながら、私は自分の歩いている道が正しい道ではない可能性を強く感じている。が、今のところ、それを知る方法は無い。メールの件もそうだ。
そして何より、以前の私ならそれらの疑問点が生まれたら、その解明に心血を注いでいただろうが、最近その情動すらも失いつつあるように感じられるのだ。
とはいえ、結局今はそれらをどうすることもできはしない。まずは目の前のことに集中するべきだろう。私はその疑問について棚に上げて置く他無かった。