黒崎コユキがゲーム開発部に入部した翌朝の事。
早瀬ユウカはセミナーの仕事をどうしてもやらなくてはいけないということで午前中は付き合えないという話だった。護衛として誰か別の者を用意しようかという話は丁重に断った。彼女が思いのほか護衛として優秀だっただけで、一緒に来てもらっていたのはその方が都合が良いと予測していたからだ。
予定時刻になっても待ち合わせ場所である部室棟の前に誰も現れなかったので、ゲーム開発部の部室へと足を運ぶ。ノックをしても返事が無かったため、ドアを開くとなかなかの有様であった、
一心不乱にゲームをしている天童アリスと、横たわる3人の少女。恐らくあの後ずっと遊んでいたのだろう。
「あ! 突然先生が現れました! 何用ですか?」
ゲームの影響か、私の入室に気付いた天童アリスが妙な言い回しでこちらを出迎えた。
「何用ですか、ではありません。時間になっても来ないからこちらから来ただけです。まさか、ずっとゲームをしていたのですか?」
「はい、アリスはずっとゲームをしていました」
天童アリスに、何も悪びれることなくそう返される。確かに彼女の身体能力からすると夜通しゲームをし続けることに殆ど問題は無いだろうし、常識を説いても仕方のない側面はある。わざわざ止めることはないかと思っていると、室内のロッカーががたがたと震え始める。
「あ……先生。た、多分ずっとやっていたのはアリスちゃんだけで、私はさっき起きました」
またしてもロッカーから出てきた花岡ユズだけは起きていたらしい。恐らくノックの音に驚いてロッカーに隠れていたのだろう。しかし、彼女も今日の予定では留守番するという話だったので、彼女が起きていても仕方ない。
「待ち合わせの時間だったんですよね。ごめんなさい、気づかなくて。みんなを起こして、それと、準備もあると思うから、2、30分くらい外で待っていてもらえますか?」
「私は構いませんよ。折角ですしこの辺りを見学させてもらいますよ」
「ほ、本当にすみません……」
特に彼女自身には責任がない花岡ユズに頭を下げられ、一旦部室を後にする。実際のところ、同伴者がいない状態で落ち着いて見学するのも悪くないだろう。ミレニアムに関しては、以前から興味はあったのだ。
「おい、お前」
周辺を散策していると、突然声をかけられた。この学園にはあまり似つかわしくない、柄の悪い言い方だ。振り向くと、着崩したメイド服の上にスカジャンという、少々個性的なファッションをした少女がいた。
この生徒は知っている。美甘ネル、ミレニアムの最高戦力の一人だ。
「あんま見ねぇ顔だな? 迷ってんなら案内してやろうか。ってかお前でけぇな……」
大小以前に見た目に気になるところは無いのだろうか。恐らく大きさにコンプレックスがあって人を大小で区別してしまう癖があるのだろう。
「いえ、案内は遠慮しておきます。人を待っているだけですので」
「待ち合わせだぁ? 誰かの客か? 入校許可証出してみろよ」
恐喝としか思えない雰囲気で詰め寄られる。堅気の者では出せない迫力がある。素直に許可証を出す。早瀬ユウカに渡されたもので、彼女の名前が入っている。
「早瀬ユウカぁ? セミナーの会計だろ? ああ、確かカリンが何か言ってたな、ユウカの代わりに先生の護衛がどうとか……先生?」
「はい、恐らくその話題の人物は私のことでしょうね。今待ち合わせしているのはゲーム開発部の生徒たちですが」
こちらを問い詰めていた美甘ネルの顔色が変わる。誤解が解けたようだ。
「わ、悪い、例の先生だったのか。てっきり不審者か何かかと」
「大丈夫ですよ。よくあることです。あなたは保安部の方ですか?」
「いや、別にそういう訳じゃない。 保安部がこんな格好してたら変だろ?」
誰がそんな恰好をしていても変だと思うが、美甘ネルのその言葉に私は曖昧にうなずいた。
「ゲーム開発部を待ってるんだっけ? 何かあまり良いうわさは聞かねえが……そもそも先生は何でミレニアムに来たのか聞いても良いか?」
単に暇だったからかもしれないが、彼女は私に興味を示し、暫く会話をすることになった。単に暇だったからかもしれないが。私としても美甘ネルには興味がある、話に乗ることにした。
「……と、まあそういう状況です」
「成程な。それで人数の壁は越えられたけど、今度は成果を出さなきゃいけないと。あたし好みのアツい展開じゃねえか」
待ち合わせ場所に戻りながら、天童アリスについての話は最小限に抑え概要を話すと、その内容が美甘ネルの琴線に触れたらしく彼女は上機嫌になった。
「そうですか? 派手なことはあまりないと思いますが」
「今派手な戦闘が好きそうって偏見で話しただろ? まあ否定はしないけどさ。でも派手な勝利だけが良い勝利って訳じゃないからな。困難に立ち向かって何かをつかみ取るって展開、熱くなってくるだろ?」
「そういうものですか」
先ほど初めて会話したときはミレニアムよりブラックマーケットが似合いそうな柄の悪さだったが、話していくうちに、彼女は視野が広く多角的に物事を考えられる人物であることが分かった。
「今、何か失礼なこと考えたか?」
そして察しも良い。かなり優秀な人物だ。
―
気付けば当初の待ち合わせ時間からおよそ30分。花岡ユズが言っていた時間となった。
「うわー、先生がメイドさんをナンパしてる!?」
「にはっ、先生意外と手が早いですねえ」
「ええ!? っていうかあの人ってメイド部の部長さんじゃない!?」
「メイドも仲間になりますか?」
駆け寄りながら、口々に勝手なことを言い出すゲーム開発部の部員たちが現れた。
「待ち人が来たみたいだな。じゃあな先生、ゲーム開発部の連中にも応援してるって言っといてくれ」
そう言い残し、美甘ネルは近づいてきた部員たちと会話することなくその場を去っていった。
「遅れてごめんなさい先生! 皆して寝坊しちゃった!」
「おはようございます、皆さん。寝坊したのは知ってますよ。そう思って見に行きましたから」
自分が悪ければまず謝る、という教訓を得た才羽モモイは、去っていった人物のことが気になる様子ではありながらも、すぐに謝ってきた。
「既に部長のユズさんから謝罪をいただいているので大丈夫ですよ。次から気を付けてください。それより、用事があるのに徹夜でゲームはよくありませんよ」
「はーい」
子供らしい全く響いていなさそうな返事だ。何はともあれ、全員揃ったので、私たちは移動を開始した。
―
「まずはどこへ行くのですか? アリスさんの物を買いに行くという話でしたが」
「そっか、先生には言ってなかったね! まずは生活必需品ということで、武器! エンジニア部に行くよ!」
「成程。私もエンジニア部へは行きたいと思っていたところです」
以前、アビドスへの支援を早瀬ユウカに依頼した際、銃器等を手配したのはエンジニア部経由と聞いていた。感謝を直接伝えることと、単純に興味はあったのだ。
「先生は武器持ってないんですね?」
「銃を持っているかという意味では持っていますよ。使ったことはありませんが」
黒崎コユキの質問に答える。携帯もしていないが、所持品として持ってはいる。しかし私が使わざるを得ない状況では大抵使ってもどうにもならないだろう。であれば丸腰の方がまだ撃たれる可能性は低いとも考えられる。
「変わってますね。外の世界では銃は持ってる人が少ないって聞いたことありますけど……」
隣で聞いていた才羽ミドリが呟く。子供時代に培ってきた偏見が常識となるとはよく言ったものだ。
「聞く話と実際に見てみるのとでは大違いです。ミドリさんも外の世界に行く機会があればすぐに銃の無い生活に慣れますよ」
「そういうものなんですか? ……少し、行ってみたいですね。外の世界」
半信半疑といった様子ではあるが、外の世界に思いをはせているようだ。
「外の世界……異世界ですね! 勇者はよく異世界に召喚されています」
「それでいう世界とここでいう世界とは違いますが……、まあ、似たようなものでもありますね」
天童アリスは相変わらずゲームに毒された反応を示すが、そこまで遠い話でもない。それを説明するのは彼女がもう少し成長してからで良いだろう。教育者視点での考え方が頭に浮かんでしまう。そもそも、私自体が外の世界での標準という訳ではないというのに。
流石はミレニアムの生徒といったところだろうかエンジニア部へ向かうまでの短い間ではあるが、好奇心旺盛な生徒たちの質問が尽きることは無かった。
エンジニア部の所有する製造室に到着した。入室すると、中では生徒たちが大小様々な機械や制作物に向き合っている。4人か5人かで争っていたゲーム開発部と比べるとすさまじい規模と言えるだろう。
薄い紫髪の少女がこちらに気付き、近づいてくる。あれがエンジニア部の部長、白石ウタハだろう。
「やあ、ゲーム開発部。どうしたんだい? それに……おや、コユキじゃないか。君も一緒だったのか」
「当然だよー! コユキもゲーム開発部の一員だからね! それで、もう一人の新入部員のアリスの武器を探し来たの」
白石ウタハの言葉に才羽モモイが新入部員である二人を紹介しつつ要件を伝える。
「はい、ゲーム開発部の天童アリスです! 旅立ちの前には武器を装備することが重要です!」
「……成程?」
天童アリスが行う個性的な自己紹介に白石ウタハ一瞬困惑していたようだが、すぐに受け流すことにしたようだ。
「コユキちゃん、ウタハ先輩のこと知ってたの?」
「そりゃあ勿論! 私のコレをメンテナンスしてくれたのウタハ先輩ですから!」
彼女の持つ銃を示しながら説明する。ピンク色の少々珍しいカラーリングだ。
「塗装に関してはヒビキのセンスだがね。大体話は分かったよ。確かに武器は必要で、ここに来たことは大正解だ。存分に探していってくれ。ヒビキ、適当に見繕ってやってくれ」
黒崎コユキの銃を手に取り、状態の確認をしながらエンジニア部の部長が言う。
「はーい、一年生の猫塚ヒビキだよ。じゃあこっち来て」
「はい! よろしくお願いします」
呼ばれて現れた猫塚ヒビキと名乗った少女が、天童アリスを案内する。他の部員たちも彼女たちについていくか、自分の興味がありそうなものがないか物色するようだ。
「それで……あなたがもしかして例の先生かな? 最近ユウカがお熱になってるって話題になってるよ」
「ええ、その通り、シャーレの先生をやっている者です。ユウカさんには大変お世話になっています。そして、ウタハさん、貴女にもお会いしたかった」
「どういう意味かな?」
白石ウタハには心当たりがないと首を傾げる。
「先日のアビドスへの支援の件で、実際に手配されたのはエンジニア部の方々だと聞いたので、お礼を伝えたくて」
「ああ、その件か。こちらとしても臨時収入になったし、それ以外にも色々メリットのある話だった。凄い形相のユウカがエンジニア部に来たときはまた怒られるのかと思ったけどね」
よく問題を起こしているのだろう。白石ウタハが溜息をつく。但し、早瀬ユウカがついている溜息よりは遥かに少ないだろう。
「それと、こちらをお渡ししたくて」
懐から小型のストレージを取り出して渡す。白石ウタハが怪訝な顔をしてそのストレージを受け取る。
「これは?」
「あの支援で送っていただいた兵器類についてのレビューです。実際に間近で使用されたり味方として戦ったりした兵器についての感想を中心にデータに残しました」
「……いいのかい? こちらとしてはお金と戦闘データで報酬としては十分だったんだけど……」
やはり戦闘データはログとして取っていたようだ。しかし、新商品のレビューには価値があるようで、彼女は大事そうにストレージをしまった。
「さて、あちらはどうなっているかな……ふむ、あれは」
私への質問という目的を果たした白石ウタハが天童アリスの方を見て、何かに気付いたように近づいていく。どうやら、ゲーム開発部の面々はそこにある巨大なレールガンについて話しているらしかった。
「どうしてこのレールガン、完成まで持って行っちゃったのさ!?」
才羽モモイの叫び声が聞こえる。
「ビーム砲は、ロマンだからね」
近づいていきなり会話に参加した白石ウタハの言葉に部員たちが同調している。ビーム砲がロマンであるかは分からないが、ロマンを追及する気持ちは理解できると心中で頷いていると、才羽モモイが何かを叫んでいた。
【光の剣:スーパーノヴァ】という名称に天童アリスが心惹かれたのか、これが欲しいと言い出した。エンジニア部のメンバーは難色を示すが、それ自体は理解できる。明らかに人間が持って取りまわすような武器ではないが、人間離れどころか人間から逸脱している彼女なら持ち上げることくらいは問題ないだろう。
そして、私の想定通り、彼女はそのレールガンを持ち上げ、エンジニア部の部員が止める間もなくその武器で天井を貫き破壊した。今度こそ怒りの形相で早瀬ユウカが襲撃するだろう。
ともかく、天童アリスはそのレールガンを所有する資格を得たようだ。
「ふっふっふ。その武器が欲しければ実力を示してもらおう」
話がまとまりかけた矢先豊見コトリという1年生の生徒がゲーム開発部に模擬戦を申し込んでくる。他の部員たちも慣れたように場所を開け始めたので、これを行うのが常となっているらしい。生徒たちや武器の戦闘データをとるためだろう。
ゲーム開発部の部員たちも面白そうに、あるいは仕方なく戦闘態勢に移る。
「コユキちゃん、一緒に戦うのは初めてだけど、何が得意?」
「えー……陽動と逃走?」
突然聞かれた黒崎コユキが自信なさげに答える。才羽ミドリが微妙な表情を浮かべた。
「えー……じゃ、じゃあお姉ちゃんと一緒に最前線で!」
「何で──!?」
武器種からすると明らかに後衛向きな黒崎コユキの叫び声を皮切りに、模擬戦が始まった。