才羽ミドリからの報を受け、すぐにゲーム開発部へと戻る。そこには彼女が一人で待っていた。いつの間にか、既に夕方近くの時刻だ。
「あ、みんな! お帰りなさい」
「ミドリ! コユキが誘拐されたって本当!?」
もっとも焦っていた早瀬ユウカが前のめりで問いただす。一方、才羽ミドリはというと、想像よりも普通、というよりは微妙な表情をしていた。
「う、うん。多分? 最初見たときは焦って皆に連絡したんだけど……何か変というか、とりあえず状況を説明するね?」
そう言って、才羽ミドリは説明を始める。
「まず、部室でコユキちゃんに色々教えてたんだけど、とりあえず使ってるソフトとかを教えて、触ってもらっているときに、コトリちゃんから連絡が来たの。『誰かの落し物があるんだけど、ゲーム開発部のじゃないかな?』って」
「う、うん?」
思ったより落ち着いて話す妹に違和感を持ったのか、才羽モモイが疑問符をつけながら続きを促す。
「それで、エンジニア部にもう一回行って、コユキちゃんにはお留守番をしてもらってたの。結局それは私たちのものではなかったんだけど、戻ってきたらコユキちゃんがいなくなってて、代わりにこの紙が置かれていたの」
そういって、一枚の紙を見せてくる。才羽ミドリの提示した紙はコピー用紙であり、
【黒崎コユキは預かった。返してほしければゲーム開発部のメンバーで以下の場所へ来い。】
という文字が打たれていた。そして下には2つの絵があり、その絵の指し示す場所へ行けという指示だろうことがうかがえた。
「これ、どういうこと?」
「アリス、知ってます! これは謎解きミッションです! 今までに13回経験済みです」
訳が分からないといった様子の早瀬ユウカに、慣れているといわんばかりの天童アリス。ゲームでないことをゲームに例えることの多い彼女だが、今回は非常に的を射ていた。首謀者はゲームをやらせようとしているとしか思えない。
「そうだよね、これ謎解きゲームの始まりみたいな感じで、でも実際にコユキちゃんはいなくなってるし、どうしたらいいか分からなくて……」
才羽ミドリが微妙な表情をしていた理由が分かった。この犯行声明を読んで本気で心配するべきなのか分からなかったのだろう。
「う、うん……でも、放っておくわけにはいかないよね。もし本当に攫われたなら大変だし」
「っていうか、これってさ!? ゲーム開発部への挑戦ってことじゃない!? ゲーム開発部にゲームで挑戦しようなんて言い度胸じゃん!」
花岡ユズは悪い想像をしたのか目を瞑り、才羽モモイは鼻息を荒くする。
「皆さん、このようなことをする人物に心当たりは? 例えば、ゲーム開発部に恨みを持っているとか、悪戯だとすると、そういう謎解きなどが好きな人物は」
念のため、まずはそれを確認する。生徒たちは顔を見合わせる。
「う、うーん? 恨みを買うようなことは」
「結構いるんじゃない? ほら、襲撃事件とか起こしてたじゃない」
「それは誤解なんだってば」
否定に対し指摘した早瀬ユウカに、才羽モモイが冷や汗をかいている。どうやら、心当たりが無いわけではないようだ。
「でも、悪戯好きっていうのはちょっと多すぎて絞り切れないわ。コユキ本人もそうだし、この子たちも……、謎解きが好きな子も多分多いと思う」
ぱっと思いつくのは何人かいるけど……、と早瀬ユウカは頭の中で具体的に誰かを思い浮かべながら言っていた。
「つまり、絞り切れないと」
「はい」
紙をまだ見ている天童アリスを除く他の部員たちも頷く。
「そういうことであれば、結局のところ、この紙に従うしかないのでしょうね」
犯人が特定できるのであれば、わざわざ相手の思惑に乗る必要はなかったが、一方でここでは乗った方が良いという思惑もないではなかった。
黒崎コユキがゲーム開発部に加入したこのタイミングで、何故彼女が狙われたのだろうか。偶々にしてはタイミングが丁度良すぎる。そもそも彼女がゲーム開発部に入ったことを知る人間は非常に限られているはずだ。例えば、エンジニア部や、書類が提出されたセミナーの部員たち。
または、我々を監視している何者か。
その線から洗っても良かっただろうが、生徒たちが既にやる気になっていること。そして今のところ犯人の思惑が分からない現状では、黒崎コユキの身の安全のために、従った方が良いだろう。
もっとも、状況から言ってほぼミレニアムの生徒の仕業であろうし、そこにエンジニア部が1枚嚙んでいる可能性も高そうであり、可能性として危険であることを排除しない、と言ってレベルではあるが。
「それで、これ、何の絵だろう」
花岡ユズが改めて紙を覗き、呟く。イラストは大きく2つに分かれており、間に
「スーパーか何かで売ってるお肉と、これは手裏剣と苦無かな?」
才羽ミドリの言う通り、容器に入りパック詰めされた肉と、暗器のイラストが描かれている。また、1つ目のイラストは肉ではなく容器に矢印が付いている。
「お肉と忍者グッズですね!? スーパーの忍者グッズ売り場でしょうか?」
「アリスちゃん、スーパーには忍者グッズ売り場無いと思う」
「残念です……」
謎解きを始めた生徒たち、口出しするつもりはないが、そこまでレベルが高い内容とは思えないが。
「分かったわ。簡単じゃない、これって……」
「ちょっと待ってユウカ! 自分で考えるから!」
「コユキが攫われたかもしれないってのに随分余裕ね……」
どうやら早瀬ユウカはすぐに分かったらしいが、才羽モモイに答えを言うのを止められる。
「いやほら……これ一応ゲーム開発部への挑戦みたいだからさ、セミナーのユウカが答えたらマズイかもだし!」
「はいはい、分かったわよ……」
回答を止められた少女は不満げに黙り込んだ。
「わかったよ! 1つ目はお肉の入った『トレー』で2つ目は忍者のアイテムだから『忍具』で、トレーと忍具でトレーニングだね!」
暫くして、才羽モモイも分かったらしく答えを叫んだ。尚、恐らく忍具という語彙が無い天童アリスを除けば、他の生徒たちは全員分かっていたようで彼女の言葉に頷いている。
「凄いです! モモイ!」
「ふっふっふ。トレーニング……ってことはトレーニング部だね! じゃあ、皆行くよ!」
才羽モモイの号令で、私たちはトレーニング部の部室へと向かった。そのころには、生徒たちに僅かに残っていた緊張感は霧散していた。
―
早瀬ユウカの案内により、トレーニング部の部室、ということになっているというトレーニングルームに向かう。
「ここがトレーニング部だね。ここにコユキがいるのかな?」
「だといいんだけど……」
トレーニング部の部長が主犯でもあればその可能性はあるが、それは考えにくいだろう。
「お邪魔しまーす」
「おや、いらっしゃい。あなた達は……ユウカさんもいるんですね。セミナーの関係ですか? それと……そちらの方は」
トレーニング部の部長と目される人物に怪訝な様子で迎えられる。突然生徒会の会計が現れれば警戒するのも道理ではある。
「突然の訪問すみません。私はこの学園を見学中の『シャーレの先生』をやっている者です。そしてセミナーではなく」
「げ、ゲーム開発部の部長の花岡ユズ……です」
私に続き、ゲーム開発部の代表として花岡ユズが挨拶をする。
「成程、あなたがあの……、そしてゲーム開発部ですか。あ、申し遅れましたトレーニング部部長の乙花スミレです」
乙花スミレと名乗った生徒は、礼儀正しくお辞儀をした。
「私は先生の案内役兼護衛です。こちらに用があったのはこの子たちで……」
早瀬ユウカは自分が付き添いであることを語りながら傍らに立つ生徒を示す。
「あの、黒崎コユキっていう生徒がここに来ませんでしたか? ピンク髪のツインテールで背は私と同じくらいの……」
「黒崎コユキ? そういいましたか?」
「何か知ってるの!?」
名前を聞いて即座に反応した乙花スミレに、才羽モモイが反応する。
「いえ、私はその生徒は知らないのですが、先ほど別の生徒から「黒崎コユキを探している生徒がいたら読んでほしい」と言って渡された手紙が2枚あるんです。
これですね。では読んでみましょう。1枚目ですね……」
トレーニング部部長はそう言って取り出した2枚の紙の内、一枚を開く。そこには……
【よくぞ最初の謎を解き明かした。次の目的地は2枚目の紙に書かれている。2枚目の紙を開く条件は、トレーニング部の部長のトレーニングに挑戦し、完走することである】
と最初の怪文書と同じ書式で書かれている。
「成程……」
乙花スミレが頷いている。何が成程なのだろうか。
「トレーニング? あ、あの、私たちちょっと急いでるんです。2枚目の紙を見せてもらったりは……」
才羽ミドリが恐る恐るといった様子で尋ねる。乙花スミレが頷き、
「いいですよ。では、トレーニングを行いましょうか。皆さん参加されるということでよろしいですか?」
と言った。急ぎトレーニングをしたい、と言ったと思われたようだ。
「いえ、私と先生は付き添いなので結構です」
誰よりも早く早瀬ユウカが拒否の解答をする。私まで含んでもらったのはありがたいことだった。
「ちょっとユウカ!? なんで即答!?」
「何よ。さっき私はゲーム開発部じゃないから駄目っていったのはモモイじゃない」
「根に持ってた!? あ、あれはそういうことじゃないよ!?」
早瀬ユウカにしては珍しく子供らしい応対をし、才羽モモイが焦る。
「あ、あのそうじゃなくて、緊急事態なので今すぐ見せてもらったりは……」
「では今すぐ始めましょう。参加されるのは残りの4人で大丈夫ですか?」
「あれ、もしかしてこの人全然話聞いてない!?」
話し方や対応は真面目で理知的に感じたが、どうも乙花スミレという人物は少々変わった人物であるようだ。才羽ミドリも焦っている。ついでにトレーニングに自信が無さそうな花岡ユズも焦っているようだ。口には出していないが表情で伺える。
「アリスは参加します! みんなは参加しないのですか? これは第二の試練です!」
「しょうがないよ、ミドリ、ユズ。誰か一人でもクリアすればいいみたいだから参加しよ」
「それしかないのかぁ」
「わ、私、体力は全然これっぽっちも自身が無いんだけど……」
ゲーム開発部のメンバーは全員諦めて潔く参加することにしたようだ。話が通じない以上、正直なところそれしかないと思うが、傍観に回った早瀬ユウカが隣で溜息をついている。
「これは……不味いかもしれないわね」
何か知っているようだが、であれば止めれば良かったのではないだろうか。
それから暫く。
「はあっ、はぁっ、もうダメだあ──」
才羽モモイが倒れこむ。ランニングや筋力トレーニングなど、科学的見地に基づいたトレーニングの方法自体は興味深いものではあったが、その量が尋常ではなかった。まず初めに花岡ユズが極めて速やかに脱落し、その後、才羽ミドリが少し前に脱落。
そして明らかに無理をしていた才羽モモイもついに脱落した。
「うう……犯人め……絶対に許さない……」
才羽モモイが地に伏せながら相当な憎しみを込めて、誘拐犯へ恨み言を呟く。横たわっている残り2人も頷いている。先ほどは霧散しかけていた犯人への敵対心がここにきてかなり増しているが、まあ、悪いことではないだろう。
一方、残りの一人、天童アリスはというと。
「次は何ですか? スミレ先輩!?」
未だ楽しそうにトレーニングを続けていた。
彼女に筋力トレーニングなど意味があるのかは不明だが、走り方のフォームや力の入れ方のコツなど、乙花スミレから教わりながらすぐにそれを吸収していく様はトレーニング部の部長のやる気に火をつけたらしく、倒れた者たちに目を向けず、トレーニングを続けている。
少なくとも体力という面においてはこの学園で天童アリスを超えるものは到底いるはずもない。
そして、才羽モモイが脱落してからさらに倍ほどの時間の後、天童アリスは全てのトレーニングメニューを達成した。
「ふぅ、少しやりすぎてしまいましたね」
「少しじゃないよー!!」
「そうですか? まあ、おひとり達成されたので、2枚目を開けましょう」
ある程度体力が回復した才羽モモイの抗議はどこ吹く風といった様子で2枚目の紙を開く。そこには
【よくぞ体力の試練を突破した。次は4番倉庫へ行け】
とだけ書かれていた。
「4番倉庫とは何ですか?」
「ミレニアムの倉庫区画のNo.4の倉庫のことだと思うわよ、アリスちゃん……って4番ってウチの管轄じゃない」
読み上げた天童アリスが疑問を口にすると、早瀬ユウカがそれに回答する。
「ウチのってセミナーの倉庫ってこと?」
「いいえ、そういう訳じゃないわ。結構大きい倉庫なんだけど、ちょっと色々あって今は使われてないからセミナーが管轄してるってだけ」
つまり、倉庫に無断侵入しているか、もっと短絡的な考えだとセミナーの誰かが犯人、ということになるのだろうか。
「まあ、行ってみれば分かることでしょう。皆さん、お疲れのところだと思いますが、大丈夫ですか?」
「はい! いよいよボスとの対決でしょうか!? アリス、わくわくしてきました!」
疲れを一切感じさせる様子の無い天童アリスと、黙ってうなずく疲れ切った様子の残り3人とともに、我々は次の目的地であるミレニアムの倉庫区画へと向かった。