あれから数日。特に何事もなくミレアニムプライスの発表当日の日がやってきた。
ここに至っては、私にできることは特になく、たまっていた仕事をこなしつつゲーム開発部やミレニアムの他の部活動の見学等も行った。その際の話は別でするとして、特に大きな事件もなく、平和に過ぎ去っていったと言えるだろう。
勿論ゲーム開発の当事者にとっては非常に忙しい日々だっただろう。また、早瀬ユウカは自分の仕事の合間を縫って毎日ゲーム開発部に顔を出していた。最初は来るたびに言い訳を考えていたらしいが、その内その言い訳もしなくなったと、黒崎コユキから聞いた。
あるいは他の学生から贔屓だと言われないのかと思ったが、それは無いようだった。
「疲れすぎたセミナーの会計が毎日仲のいい後輩に癒されに行っている」
という強ち間違いでもない話は耳にしたが、大した問題ではないだろう。
また、ゲーム開発部の新メンバーである、天童アリスと黒崎コユキの2人はというと、ゲーム開発が修羅場でも何か可能な役割を、ということでテストプレイ係とSNS運用の担当を兼任しているようだ。全てをゲームに例えるキャラクター性を持つ天童アリスと、それに対しオーバーなリアクションを取る黒崎コユキの相性が嚙み合って、ゲームの内容はともかく、徐々に人気を博しているようだ。
勿論、今回のミレニアムプライスでの結果に大きく貢献するとは限らないのは承知の上で、
そして、ミレニアムプライスの受賞作品の発表が始まった。
「い、いよいよね……」
当然の顔をして早瀬ユウカもいる。
「にはっ、何でユウカ先輩が一番緊張してるんですか?」
「だ、だって……」
そう指摘する黒崎コユキも、早瀬ユウカがいることに関しては特に何も思うところは無いようだ。
―
次々と発表されていく作品の中に、ゲーム開発部のゲームは無い。
「続きは、CMの後で!」
「ひどい!!?」
「お、お、お落ち着きなさい!!?」
1位発表を焦らす司会に対し、才羽モモイが吠え、早瀬ユウカが止めようとするが動揺でうまくいっていない。先ほどまで余裕がありそうに見えた黒崎コユキも口を噤み、モニターを見つめていた。
その中で、天童アリスだけは落ち着いた様子で何かを考えていた。CMが流れる中、私は既にゲーム開発部の作品が一位ではないことを確信していた。
というのも、ミレニアムを視察する中で、それぞれの生徒にミレニアムプライスについて聞きとるなどをして、予め受賞する可能性が高いだろうものをピックアップしていたのだ。そして、あくまで個人的な評価だが、その最有力候補である新素材開発部の作品が未だ受賞していなかった。
故に、十中八九優勝作品はそちらになるだろうと考えていた。しかし、そのまま終わるわけがないという予感も同時にしていた。
「1位は、新素材開発部の……」
「うわあああ!?」
才羽モモイがモニタの電源を引き抜いた。銃を乱射する可能性を感じた早瀬ユウカが没収していたので、モニタに当たる方法がそれしかなかったのだろう。
「お、終わっちゃった……」
才羽ミドリも呆然と呟く。
「駄目だったってことですか? せっかく入ったのにみんなと離れ離れになっちゃうんですか?」
「ううん、コユキちゃん、ミドリも。終わってないよ。私が寮に戻っても、ゲーム開発はできる」
花岡ユズは残念そうにしているが、結果を受けてめているようにも見えるが、体は震えている。
「え……でも、ユズ……大丈夫なの?」
早瀬ユウカはそんな彼女を心配している。
部室内を重苦しい空気が流れる中、天童アリスが一人動き、モニタの電源を入れなおす。
「……その受賞作品は、ゲーム開発部の「テイルズ・サガ・クロニクル」です」
再起動したモニタから、奇跡の言葉が飛び込んできた。
―
翌日
ミレニアムの視察とゲーム開発部の支援が終わりを迎えた。ゲーム開発部の「ミレニアムプライス『特別賞』」の受賞は正式に成果として認められ。部員数4名の部活動として正式に活動可能となった。
天童アリスについては、ゲーム開発部にゲストとして参加し、ミレニアムプライスでの受賞という成果を上げたこと、現在どこの学校にも所属していないことを根拠に、ミレニアムへの編入に向け、手続きを進めると早瀬ユウカは語っていた。もっとも、結局のところ生徒会長の調月リオの承認が必要とのことで、私との面会も含め、どうにか引きずり出すとのことである。
「では、私はシャーレへと戻ります。これからも何かあれば気軽にご相談ください」
先に忙しそうなセミナーへの挨拶を済ませ、最後に立ち寄ったゲーム開発部の部室でも別れの挨拶を告げる。なお、入室した際には天童アリス以外寝落ちしている状態といういつかの光景とほぼ同じであり、しかし今回は急いでいるわけではないので、天童アリスのゲームプレイを眺めながら起きるのを待っていた。
「先生、本当に、ありがとうございました。おかげで、私はまたここでみんなといられることができます」
初めに花岡ユズに挨拶を返される。
「いえ、私がやったことは本当に些細なことで、今回の受賞は皆さんの努力の成果ですよ」
それに対し、正直な本音を返す。私は今回特に何かやった覚えがない。そもそもゲーム開発部の存続という問題は当初私にとってそれほど価値のある問題ではなかったのだ。
しかしゲーム開発とはいえ、何かの研究に情熱を傾ける生徒たちの姿に共感を覚えたのもまた事実であり、特別賞を受賞したと分かった時には嬉しく思ってしまったのもまた事実だ。
「ううん、ユウカと仲直りするきっかけを作ってくれたのも先生だし、私たちのやることを止めずに助けてくれたのも先生だもん。とっても感謝してるよ! ありがと、先生。今度はそっちに遊びに行くね!」
才羽モモイが朗らかな笑みで続く。
「それこそ、皆さんとユウカさんの願いの結果だと思いますが……感謝については受け取っておきます。シャーレにはいつでもいらっしゃってください」
早瀬ユウカがゲーム開発部の事を気にかけていたからこそ、その想いを早瀬ユウカを味方につけるために利用したのがその原因だ。本来、ありがたがられるようなことではない。
「先生、私からもお礼を言いますね。ありがとうございます、私たちの味方になってくれて、それに、アリスちゃんのいたところで、助けてくれて。正直、最初はちょっと怖い人だなと思ってましたけど、今は、信頼できる先生だと思ってます。先生のお仕事にも興味が出ました」
才羽ミドリが照れ笑いをしながら私に話しかける。
「そういっていただけると嬉しいです。味方になる価値をみなさんに示していただいたからこそ、そうしたにすぎません。そして、何事も鵜呑みにせず、警戒することは悪いことではありません。これからも頑張ってください」
そういえば当初、才羽ミドリは私に対し、詐欺師だのと言っていた。否定できない面もある以上、彼女の観察力は優れているという事だろう。デザイン、イラスト制作を担当する彼女にとって持っていて困ることは無いスキルだ。
「ちょっと、寂しくなりますね。先生と会えなくなるのは。私、まだ外出のお許しは出ていませんから。でも、折角ゲーム開発部に入れたんですから、これからも頑張りますよ!」
黒崎コユキは表情をころころと変えながら私に宣言する。
「ミレニアムにも定期的に訪問するつもりですよ。それに、外出許可がとりづらいならユウカさんに相談してみるのも良いでしょう。目的がシャーレで、彼女と一緒であれば許可も得られるかもしれません」
その手があったか、と黒崎コユキが笑う。脱走と拘束を繰り返していた彼女は、新たな居場所を見つけ、今のところ再犯の予定は無いようだった。詳しい内容は不明だが、早瀬ユウカやセミナーの生徒たちと本音で語り合ったことも彼女の心情の変化に繋がっていることだろう。この調子であれば、兼部という形であれセミナーに復帰することも直に現実的になるだろう。
そして室内のゲーム開発部たちは残る一人の少女へと顔を向ける。
「先生、感謝です。先生のおかげで、私はまたみんなと会うことが出来ました。先生とした冒険もとても楽しかったです」
天童アリスが礼儀正しく頭を下げて挨拶をする。すっかり人間的な所作が見についたようだ。
「それは何よりです。アリスさんも早くこの学校の生徒になれるといいですね」
天童アリスについては気になることが多くあった。一貫してゲーム開発部の生徒たちを旧知の仲として扱う事はその最たるものだ。しかし、そのために無理やり彼女を研究対象にするなどできるわけもなかった。
―
改めて別れを告げ、部室を出る。部室棟を出て、駅のある区画へと向かう途中。
「先生!」
背後から声がした。今しがた別れたばかりの天童アリスの声だ。
「アリスさん? どうかされましたか?」
「えっと、その、アリス、まだお話したいことがあって」
天童アリスには珍しく弱弱しい語り始める。
「……あの部室では言いにくい話でしたか?」
「……はい。アリスにも原因は不明ですが、先生にだけ話した方が良いと思って」
どういうことだろうか。彼女の言葉を待つ。天童アリスは頭の中で情報を整理しつつ言うべきことを考えているように見えた。
「アリスが目覚めたとき、私はみんなの顔を見て、名前を思い出しました。自分の名前と、ゲーム開発部の仲間やユウカの名前をです」
「……そうでしたね」
「でも……先生だけは違いました。先生だけはアリスには名前が分からなかったんです。『先生』という名前もです」
「……成程。そういうこともあるかもしれませんね」
もし天童アリスに起こったことが私に起こったことと同様の過去への時間遡行であれば、それ自体はおかしいことではない。何故なら以前の時間軸で先生だったものは、私とは似ても似つかない者だったのだから。
「はい。アリスもそれ自体は問題ではないと思います。ですが、不思議です。何故、私は皆のことを覚えていて、皆は私のことを覚えていないのか」
「……」
「廃工場にいた機械……ケイが問いかけたことも気になります。アリスに覚えてますか、と聞きました」
天童アリスが不安そうな顔で私を見上げている。そしてこう続けた。
「先生。先生は知っていますか? 私は一体何者でしょう」
その問いは、私が答えるべき問いではないように感じられた。当然、答えは知っている。知っているが、説明はできない。
「……それを、何故私に?」
「……ごめんなさい。それも分からないんです。先生なら、何かを知っているような、気がしただけで」
何を言えばいいのだろうか。私の知っている情報をそのまま話すわけにはいかない。時間遡行のことなど以ての外だ。しかし、感情的には何も言わないでいるということは出来なかった。
「アリスさん」
「……はい」
「アリスさんが何者か、それに答えられる内容を私は持っていません」
「……そうですよね、ごめんなさい、先生」
天童アリスが悲しみを隠すように微笑む。そのような表情ができるようになるまで情緒が成長していることにも改めて驚かされるが、私は話を続ける。
「ですが、それはアリスさんが何者であったか、という部分だけです」
「え?」
天童アリスがきょとんとする。そのはずだ、私も今、思い付きで話しているに過ぎない。
「これからの話はそうではありません。過去何者であったとしても。それは過去の話です。アリスさんにはこの先何者にもなれる可能性があります。今はそれで良いのではないでしょうか」
「……アリスは、何者にもなれる……」
私の言葉を天童アリスは噛み締めるようにつぶやく。
「はい。もちろん、過去についても何かお話できることが見つかれば、共有しますよ」
「……はい! アリスは先生の言葉を胸に刻みました!」
天童アリスはそう言っていつも通りの活力ある微笑みに戻った。これでよかったのかは分からないが、今できることはこれくらいしかなかった。
「では、電車の時間もありますので、私はこれで。アリスさん、お見送りありがとうございます」
「……はい、先生も、お元気で」
今度こそ別れを告げ、駅へと向かう。
アビドスでの小鳥遊ホシノ、そしてミレニアムでの天童アリス。形は違うが、時間遡行に影響されたと思われる生徒と私は関わることとなった。この先も増えるのだろうか。そう考えながら、私はミレニアムを後にした。
続く
ミレニアム編あと少しだけ続きます。