「待ってくれ」
初めてのトリニティ訪問、桐藤ナギサとの会談を終え、外に出て歩いていると、背後から声をかけられた。
その声に振り向くと、一人の女生徒がそこにいた。小柄、金髪の長髪で、特徴的な狐耳。体調不良であると聞いていた百合園セイアだ。
「……貴女は?」
こうやって直接会ったのは私の記憶では初めてだ。桐藤ナギサと会談した部屋と声をかけられたこの場所の位置関係を考えると、彼女は会談の様子を隠れて確認していたとも考えられる。
そこに、どういった意味があるのか。
「君は……何者だ?」
百合園セイアが青ざめた顔で私に問いかける。私からの言葉に答えるつもりも無さそうだ。
今まで、初対面で異形である私を警戒したり、恐怖したりすることはあったが、そういうものとも異なる反応。彼女の
「私が何者か、ですか。一応、
彼女の聞きたい内容がそれであっているのかは不明だが、現在の立場を伝える。
「……シャーレの……先生……本当に?」
「ええ、まあ、怪しい容姿をしているのは自覚していますが、そこまで怪しまれるモノでしょうか……大丈夫ですか?」
百合園セイアは私の返事も聞こえていないのか、虚ろな目でこちらをみていたが、電源が落ちるかのようにその場にへたり込んでしまった。倒れはしなかったが貧血の症状のような様子だ。恐らく体調不良というのも事実だったのだろう。
すぐに近づいて状態を確認する。幸いにして意識はあるようで、こちらのことを黙ってみていた。
近くのベンチへと座らせる。こう言った場合、横になってもらった方が良かったのだったか。
「誰か呼んできましょうか?」
トリニティは医療救護を専門にしている集団、救護騎士団があるはずだ。
しかし、百合園セイアが小さく首を振った。無理を押しても私に話しかけてきたのだ。何らかの事情があるのだろう。
「……すまないね。急に変なことを言ってきたかと思えば、その場に倒れるなんて」
暫く待っていると、体調が少し戻ったのか、百合園セイアが小さな声で話し始めた。私への警戒心も、私の様子から多少は薄らいだのかもしれない。
「いえ、こちらは大丈夫ですが……本当に大丈夫ですか? 無理はなさらない方が良いかといますが」
「問題ない……ただ、少し寝不足でね。自分の身体のことは自分が一番よく知っている」
よく知っているが、良好であるとは言わず、彼女はそう話す。
「そういえば、自己紹介もまだしていなかったね。私は百合園セイア、ナギサから聞いているかもしれないが
「ああ、やはり貴女がそうだったのですね」
今まで一方的に話しかけられているだけだった彼女からようやく自己紹介を受ける。それだけ、彼女も冷静ではなかったということだ。
「それでやはり、君がシャーレの先生であるというのは事実なのだろうか」
「ええ、その通りです。連邦生徒会に確認いただいても問題ありません。というより、何故そこまで気にするのです?」
同じ質問を繰り返す意味など、ほとんどない。そのようなことを行うのは、その事実を信じることができないか、それが誤りであることを知っているかのどちらかだ。そしてこの場合、私がシャーレの先生に
「それは……すまない。確認も必要ないだろう。変なことは承知で言うんだが、私の知っている姿とあまりにかけ離れていたんだ」
明言こそしなかったが、やはり百合園セイアが未来視で見た何かのせいで、私が嘘を言っていると考えたようだ。
「私の姿……ですか」
「ああ、君に……先生に言っても仕方のないことではあるだろう。ただ、夢で見た先生の姿が、今の先生の姿とあまりにかけ離れていたから、驚いてしまった。よく考えれば、それだけのことだ」
「夢で……ですか。それにしては、切羽詰まっているように思いましたが……」
夢ではなく、未来予知で見た光景なのだろう。しかし、そうだとしても興味深い。もし彼女が、例えば以前の時間軸での未来を視ていると仮定すると、それは未来予知ではない別の何かなのではないだろうか。
「……そうだね。その通りかもしれない。信じられないかもしれないが、私はよく正夢を見るのだよ。そしてそれは決まって明晰夢として現れる。その明晰夢で起こった事象は、未来で必ず起こっている、未来を変えることは、できたことがない」
彼女の未来予知の力は興味があったが、本人から実際にそのメカニズムを聞けるとは思っていなかった。言っていることが本当であれば、睡眠時に夢として未来を視る、あるいは未来視をする際に、睡眠が引き起こされるということだろうか
「明晰夢……つまり、それを見ていると自覚していると?」
「そうだね。だから先生のこともそう思ったのかもしれない。しかし、現実にそうではなかったのだから、それはただの夢だったのだろうね」
そう呟いて、彼女は一度口を閉じる。自分の発言に納得しているようにはあまり見えない。未来視であるという確信があったにも関わらず、それとは異なる存在が現れた、というようなことだろう。
「しかし、正夢を見る、ですか……もしかして、寝不足なのもそれが関係しているのですか?」
「……そうかもしれない。見たくないものを見てしまうのが、怖いんだ。健常な状態であればある程度見るか見ないかの制御は出来ていたんだが……」
寝不足や精神的な疲労によって制御が利かなくなっている。ということだろうか。そしてその原因が恐らく彼女の言う見たくないものを見てしまったことが原因。悪循環に陥っているとしか思えなかった。
「……すまない。こんな奇異荒唐なことを初対面でいきなり聞かせて、困らせてしまっただろう。私のよくない癖なんだ」
自嘲するように続ける彼女は、本当に精神的に参っているようだ。この状態で襲撃に対処した結果、以前の時間軸では死に瀕してしまったのだろう。未来予知など、そもそも身に余る能力ではあると思うが、気休めでも彼女の救いになることは無いだろうか。私の中の何者かが私に働きかける。
「それについては、一向にかまいませんよ。私も似たようなことを言われることはあります。それより、正夢についてですが、……きっとセイアさんのおっしゃっていることは事実なんでしょう」
彼女がすべて本当のことを言っているとは限らないが。未来視をしているということ自体は事実だ。肯定しなければ話は進まない。
「ふむ?」
「そして、私ではない別の者が先生をやっていたとすれば……つまりそれは私は本来の未来には存在しない……つまり、イレギュラーな存在なのかもしれません」
百合園セイアが目を見開く。私が何かを知っている可能性に思い当たったのかもしれない。
「セイアさんの未来予知のような正夢は、これから起こる避けられない未来を映しているかもしれません。しかし、絶対ではない。イレギュラーの私が存在するということは、その根拠になりえないでしょうか。」
「……」
狐耳の少女は、黙って私の言葉を待っている。どこまで言っていいのか、言葉を選びながら続ける。
「ナギサさんにも話しましたが、近いうちに何かきな臭い事件が起きるかもしれない、そのとき私はここにはいないかもしれません。ですがもし、その先に見たくない未来があるとしたら」
一度言葉を切って手を差し出す。
「イレギュラーである、私を頼っていただいて構いません。何せ……私には実績がある。違いますか?」
「……何故か怪しい勧誘を受けているような気になってきたが、そうだね。少し、考えてみようじゃないか」
百合園セイアは私の手を取り、小さく微笑んだように見えた。
―
「それと、ナギサさんが大変心配されてましたよ」
握っていた手を離し、先ほどの桐藤ナギサとの会話を思い出す。
「ああ、実は会談の様子はこっそりうかがっていたからね。それは知っている。心配をかけてしまっているのはいつものことだ。本当に心苦しいことだよ」
百合園セイアの体調がある程度回復するまで、その後もそこにいることにした私は、彼女と雑談を交わすことにした。
「この後のことを考えると、余計に苦しい気分になるんだ」
この後の事、恐らくアリウスの襲撃のことだろう。それについて、自らの死を偽装していた。この時点で思いついているかは不明だが、その未来も既に見ていたのかもしれない。
「未来のことについて、直接伝えるのが難しいのであれば、別の方法を考えてみるのはどうでしょうか」
「別の方法?」
勿論、その内容について私が知っていると明かすことは出来ない。だが、助言が全くできないわけではない。
「例えば、何かが起こる前に、ナギサさんにだけ伝わるメッセージを残しておく、とか」
「……成程、それについても何か考えておこう」
その後、歩けるほどには回復した彼女を、私室だという部屋まで送り届け、シャーレ事務所へと戻った。
その日の夜には、ゲーム開発部の才羽モモイからメールが届き、私はトリニティより前にミレニアムで仕事を行うことになった。
次回よりエデン条約編の時間軸に入っていきます。
なお、この時点でセイアが起きているのは独自解釈・あるいは独自設定とお考え下さい。