補習授業部、始動
ミレニアムにおけるゲーム開発部との仕事が終わり、その間たまっていた仕事をようやく片付け終わるまで、数日の時間を要した。その間、直前に別れの挨拶を告げたはずの早瀬ユウカは毎日手伝いに来ていた。完全に返しきれない恩を抱えつつあるような気がするが、それは後日考えることにするとしよう。
丁度そのころの事、以前会談し、連絡先を交わした桐藤ナギサから連絡を受けた。端的に言うと「やってもらいたい仕事がある」というシンプルな内容だ。
彼女と会談を行った日から、本日まで連絡があったことは無く、突然の連絡である。しかし、何かがあったことは容易に想像でき、自分が以前行ったことに果たして意味があったのか、それを確かめる事ができるかもしれない。私はすぐにトリニティへ行く準備を進めた。
トリニティの生徒会長との連携は私にとって最優先事項の一つである。
「へー、あなたが先生? 何だか……ちょっと変わってるね? 何というか……黒いね!」
案内された室内に入るとすぐに、不躾な言葉が飛び込んできた。前回は不在であり直接会っていなかったトリニティの生徒会長の最後の一人、聖園ミカ。最も、不審者扱いされたことも多々あれば、死体どころか不法投棄物扱いされたこともあるので、それに比べれば遥かに思いやりのある発言ではあるが、
「ミカさん、いきなり失礼ですよ」
「えー、いいじゃん。ナギちゃん初対面じゃないんでしょ?」
桐藤ナギサが彼女の振る舞いを嗜めるが、気にした様子もない。悪気が無いことには悪びれないタイプだろう。
「私が初対面じゃなくてもミカさんは初対面でしょう」
このように体裁を保つ桐藤ナギサとは、対照的に感じられた。そして最後の一人の生徒会長、百合園セイアはやはり不在のようだ。
「すみません、先生。こうしてお会いするのは2度目ですね」
「そう、ナギちゃんだけずるいよねー。私も会ってみたいって言ってたのに」
「……ミカさん?」
「はーい、ごめんなさーい」
桐藤ナギサの声が少し低くなり、聖園ミカは肩をすくめて一応の謝罪をする。
「前回は、急な訪問でしたからね。その節は申し訳ありませんでした」
その件については、こちらの落ち度ではあるので、謝罪しておく。とはいえ、前回は聖園ミカがいなかった方が都合がよかったというのもある。
「あはっ、先生が謝るんだ? もしかして、見た目によらず良い人?」
「さて、どうでしょうか」
止まらない聖園ミカに桐藤ナギサの目が鋭くなる。睨まれた少女が大げさに口を抑えて黙っているアピールをすると、睨んでいた側はため息をついて話し始める。
「本当にすみません。慣れない人が来て興奮しているみたいですが、こう見えてこちらも私と同じ生徒会長、聖園ミカです」
「ペットみたいな扱いだぁ」
本当に黙っているつもりは特にないようだ。
「……どうも、よろしくお願いいたします」
これ以上話題が逸れても困る、私は特に彼女の言動にコメントすることはなく、紹介を受け入れた。
初対面の相手に、聖園ミカは明るくふるまっている。初対面で部外者である私にどういう人物であるか印象付けたいのだろうか。しかし、以前の時間軸と同じことが今回も起きていたとすれば、彼女は百合園セイアをその手にかけた、と思い込んでいるはずである。
それを考えると、この振る舞いが本心からの行いであるとは到底思えなかった。
以前の会談では少ししか触れなかったトリニティの組織体制のことを桐藤ナギサが説明している間も、聖園ミカは落ち着くことなく隣で延々と話し続けており、大声で怒られるまでそれを続けていた。
その光景は、アビドスの対策委員会による対策会議を思い起こさせた。それはつまり、これが彼女たちの日常なのだろう。そして、そこには本来、もう一人いたということは、容易に想像できた。
「……そろそろ本題に入りましょうか」
「ええ、何でも、私に頼みたい仕事があるとか」
「はい、実は先生には『補習授業部』の顧問になっていただきたいのです」
補習授業部。
桐藤ナギサが百合園セイア襲撃の犯人イコール『トリニティの裏切り者』を見つける箱として用意した組織があることは知っていた。しかし、それがそのような名前であったことは初めて知ったが、表向きは大切な時期に試験の成績が著しく悪い、あるいはそもそもテストを放棄するような。
進級が危ぶまれる生徒たちが4人もおり、その生徒らを一つにまとめて、落第への救済措置をとることとして生まれた組織、とのことだ。
「成程……そういうことでしたら、お受けしましょう」
内容はどうあれ、元より断るつもりのなかった私は悩むことなく返事をする。
「先生なら、そう言っていただけると信じておりました。では、こちらを」
そうして渡された名簿には、
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数日後、補習授業部の生徒たちとの顔合わせの日。
「お……お久しぶりです。先生」
「こちらこそ先日は大変お世話になりました。ヒフミさん。まさか、貴女が落第の危機に直面するような生徒だとは思っていませんでしたが」
「ち、違うんです先生!!」
アビドスで知り合い、桐藤ナギサとの面通しにも協力してくれた阿慈谷ヒフミもまた、補習授業部のメンバーとして名簿に載っていた。
大方、ブラックマーケットへの出入りがバレでもしたのだろう。
そして、補習が必要なのも成績不良という訳ではなく、そもそも私用で試験を受けなかったということらしい。そちらの方が余程悪質だと思うが。
「まあ、一応事情は分かりました。つまり学校から温情をもらったわけですから、補習は確り受けて、合格するようにお願いします」
「……はい、すみません」
まるで普通の教職員のようなことを諭す。
彼女であればたとえトリニティを退学になっても何とでもなりそうな性格をしているが、本人にその自覚は無さそうで、少なくとも表面上は反省しているようだった。
「では、残りの3名にも会いに行きましょうか。ご案内お願いできますか?」
「は、はい! あれ、でも名簿は5人分ありませんでしたっけ」
「ああ、一人はちょっと事情があって、すぐには参加できないようです。事情が事情なので、補習授業部への参加も『可能なら』ということのようです」
「そうなんですか?」
やはり、桐藤ナギサにとって、阿慈谷ヒフミは特別のようだ。私と同じ資料が彼女にも渡されているらしい。
「それと……その生徒については、残りの部員には言わないようお願いします。どうなるか分からないのもあります。よって、あくまで4人がメンバー、ということで」
「え……? は、はい。分かりました。では、最初は正義実現委員会に行きましょう。こっちですね」
先導する阿慈谷ヒフミについて歩いていく。正義実現委員会には下江コハルという生徒がいるはずだった。
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アリウスのスパイであり、十分な学校教育を受けておらず、武力によって物事の解決を図ろうとする戦闘狂、白洲アズサ。
昨年度は稀に見る才女として頭角を現していたが、今年になって露出に目覚め、何度も正義実現委員会の世話になっている浦和ハナコ。衣服と共に学力をも脱ぎ捨ててしまったのか、直近までの数回のテストで赤点を連発している。
正義実現委員会の一員であるというエリート意識だけは備わっているが、純粋に成績の悪い下江コハル。最も恐ろしいのは彼女にその自覚が無いように見えることだ。
正義実現委員会に赴いた際、奇しくも残りの補習授業部の部員全員に合流することが出来た。というのも、委員会のメンバーではない2人は、それぞれ別件で拘留されていたからだ。
ミレニアムでも、黒崎コユキも拘留状態にあったことを思い出す。しかし逮捕されていないだけの阿慈谷ヒフミも反体制側であることを考えると、ミレニアムのゲーム開発部が可愛く見えてくるレベルの問題児集団といっても過言ではないだろう。問題児3人と成績不良が1人。ここに陸八魔アルや早瀬ユウカがいないことが無性に不安になった。
委員会の目のあるところで話を続けるわけにはいかないので、補習授業部用に宛がわれた空き教室へ移動する。悶着はあったが、どうにか全員大人しくついてきた。そして、その室内に入るなり、いきなり不躾な言葉にさらされる。
「それで、一体どんな補習をしてくださるのですか? 黒くて大きくて硬そうな先生?」
私に向けられた失礼な発言ランキングがあるとすれば、いきなりトップに躍り出たと言える浦和ハナコの発言だ。とりあえず落ち着いて補習授業部について説明をしたところでこれだった。
「んな!? いきなりエッチなことを言うなアンタ! 死刑よ!」
一瞬で何を想像したのか下江コハルが吠える。
「どういう意味だ?」
白洲アズサがぽかんとしていきなり喧嘩を始めた二人を眺める。
「み、皆さん落ちついて……」
常識人ぶって、おろおろとしている阿慈谷ヒフミ。しかしこんな部に呼ばれてしまった時点で同じ穴の貉だろう。
とりあえず、浦和ハナコからの質問に答えることにする。容姿に関する言及は無視だ。
「どんな、と言われるとこの学校の試験に出る内容でよければ何でもお教えしますよ。出題範囲については把握していますので。ですが、これは補習ですので、とりあえず皆さんが分からない部分を都度解説していくことになるでしょうか」
下江コハルとやりあっていて聞いているか分からないと思ったが、彼女は「なるほど、そのような感じなのですね」と納得していた。
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そして、第一回の追試験までは、瞬く間に過ぎていった。
当初の思惑としては、そもそも最初からすぐに合格を目指すつもりはなかった。というのも、桐藤ナギサから、第一回目の追試験に不合格者が出た場合、合宿をするようにという指示が来ているのだ。これは暗に、最初の追試験には不合格者を出す必要があると言われているようであり、全員が合格しそうな様子であれば逆の手段も考える必要があるとさえ思っていたのだ。
しかし実際に会ってみると、補習授業部に選ばれただけあり、普通の復習程度では試験に合格できそうにないレベルの者や、そもそも真面目に試験を受けるつもりがあるか怪しいものまで、わざわざこちらが工作するまでもなく、最初の追試を全員合格で終わるのはほとんど無理なようだった。
となると、最低限残りの追試験で突破できるよう、実力の足りない者を少しでもフォローしていく方針に変更した。
幸いにして、浦和ハナコは自分の試験はともかく、周りの生徒を助けようとする意志はあるらしく、自主的に白洲アズサの質問に積極的に答えるなど、協力してくれていた。
阿慈谷ヒフミは学力に関しては平凡で、特に言うべき点は無かった。趣味に走らなければ問題ないだろう。白洲アズサは今回の試験では間に合わないかもしれないが、勉強に対する姿勢は比較的真面目であるので、いずれは何とかなるだろう。
問題となるのは、わざと点数を落としていると思われるその浦和ハナコ本人と、自分の頭の悪さに自覚が無い下江コハルの2人に絞られるだろうと思われた。
そして行われた第一回の追試験。結果は以下の通りとなった。
阿慈谷ヒフミ 72点
白洲アズサ 32点
下江コハル 14点
浦和ハナコ 2点
合格者は、阿慈谷ヒフミのみ。白洲アズサの点数が予想を少し下回ったが、大方私の予想通りであった。補習授業部の合宿が行われることが確定した。
第一回の追試までザクっと終わらせました。