1回目の追試験の後、合宿へと赴く前に、再度桐藤ナギサとの短時間の面会を行った。目的は補習授業部の5人目の生徒について、事前の確認するためである。
「補習授業部はいかがですか。」
時間的余裕がなかったため、挨拶もそこそこに、桐藤ナギサがそう尋ねてきた。
「まあ、そうですね。順調ですよ。」
補習授業部の表向きを考えると4人中3人不合格は全く順調ではないが、そう答える。
「あら、そうなんですか? 聞いた話ではほとんどの生徒が落第だったそうですが…… 」
桐藤ナギサもそういうが、表情に特に変化はない。想定解ということだろう。
「私の予定通り、ということですよ。それより、聞きたいことがありまして」
「はい、答えられる範囲でよろしければ」
今回の話し合いは非常にスムーズに進んでいく。前回との違いを感じながら問いかける。
「3回の追試のいずれかで、全員合格することが目的、でそれができなければ
私が聞くと、桐藤ナギサの表情が少し変化した。怒り、というよりも呆れが近いだろうか。
「ああ、成程。その点ですね。それは……
続く言葉を聞いて合点がいった。つまり、拗ねているのだろう。前回のことを考えると、彼女にこのような反応を取らせることのできる人物は限られるはずだ。
「な、何でしょう?」
黙っている私を見て、歯切れ悪く彼女が問う。
「いえ。ナギサさんにも年相応なところがあるのだななどと思いまして」
「な、なんですかそれは!? ……すみません、はしたない声をあげてしまいました。あまり、揶揄わないでくださいね」
思ったよりも大きな反応が返ってくる。しかし、これで5人目の生徒が誰であるかの確信が取れた。
「さて、聞きたいことは聞けましたので、これで失礼しようかと思います。」
十分な収穫が得られたので、そういって話を切り上げようとしたが、桐藤ナギサはそれが意外だったようだ。
「それだけでいいのですか?」
「そうですね。後はその5人目に聞けば分かるのでしょう?」
私の言葉にまた複雑そうな、あるいは少々不満そうな顔をしたが、すぐに表情を真面目なものに変えて、口を開く。
「先生には正直にお話しようと思います。私が補習授業部を作った理由を」
「……それは、前回ミカさんと3人でお話したときとはまた別の目的がある、ということですか? 5人目の生徒とも関係が無く?」
彼女は私の言葉に頷き、真実を明かす。
「補習授業部は元々、トリニティの裏切り者を探すために作ったものだったのです」
トリニティの裏切り者。以前の時間軸ではこの時の彼女は百合園セイア襲撃の下手人、そして立案者をやはり知らなかったということだ。私はその言葉には返事をせず、続きを促した。
「エデン条約の締結の妨害を狙う生徒がトリニティの中にいる。それを探す……というより候補者たちを監視して、退学処分にしてしまうことも想定したものです。しかし……状況が変わったのです。良い方にか、悪い方にかは、分かりませんが」
状況が変わった。それこそが5人目の生徒に関することだろう。少なくとも計画を変更する必要があった。あるいは変更する
「結局のところ、私がやるべきことは変わらないという認識でよろしいでしょうか。5人揃って、追試験に合格させれば良いと?」
そういって、桐藤ナギサを見る。彼女は微笑んで頷いた。
「ええ、私からの依頼としてはそうなります。あの子たちがこのままだと落第の危機にある生徒なのは変わりませんから。」
そして、私は彼女に礼を告げて帰路についた。思った以上の成果を得られた面会といえるだろう。
―
翌日
合宿の始まりの朝。トリニティ内で通常使われている校舎ではなく、自治区内の少しは慣れた場所にある別館、そこが補習授業部の合宿所として宛がわれた施設だった。
別館とは言え広さとしては平均的な学校ほどあり、宿泊施設も備わった十分な建物である。
「暫く使われていない施設ときいていましたから、もっと薄汚れた設備を想定していたのですが、綺麗に整っていますね。これなら裸で寝ても清潔に過ごせそうです!」
「裸になったら追い出すわよ!?」
一先ず、手元にある館内地図を確認し、生徒たちの寝室となる部屋を確認した。清掃が必要であれば勉強の前にまずそちらが必要になるからだ。
「全裸で追い出すなんて、コハルちゃん、良い趣味してますね」
「何でそうなるのよっ!?」
たった数日で定番になった光景を無視しながら、室内の様子を確認する。確かに整っている、整っているどころか……
「せ、折角みんなで合宿に来たんですから仲良く……って先生、窓に何かついてますか?」
「ああ、いえ整理されているどころか、つい最近、丁寧に清掃でもされたのかな、と思いまして。このように、窓枠にも埃一つない。」
今も現役で使われているような、そういった清潔さがこの建物にはあった。
「あら? 確かに、そうですね。まずはお掃除でも、と思っていたのですが、どなたかが事前に片づけてくれていたのでしょうか?」
「わざわざ、補習授業部の合宿何かのために?」
浦和ハナコの考えに、下江コハルが勉強ではあまり発揮されない鋭さで返す。確かに、部外者が掃除をしたというのは補習授業部の成り立ちを考えると考えにくい。ただ、それは部外者であった場合の話だ。
「あれ、そういえばアズサちゃんはどこ?」
阿慈谷ヒフミが周囲を見渡すが確かに、白洲アズサの姿が見えない。
「あら、建物に入るまでは一緒だったのですが……」
浦和ハナコがそう言って後ろを振り向く。タイミングよく、部屋の扉が開いた。
「みんな。聞いてくれ。この建物を偵察していたんだが……」
「て、偵察?」
室内に入ってきた白洲アズサが真面目な表情で語る。
「うん。出入り口数とか部屋の構造とかを調べるために偵察は不可欠だから」
言っていることは一理あるが、学内施設すべてにそれを行うのは相当に危機管理意識が徹底しているといえるだろう。
「そ、そうなのかな……? それで、何か見つけたの?」
「ああ、この建物には、既に侵入者がいる。」
大真面目な顔で、白洲アズサはそう言った。心のあたりの無い3人が顔を見合わせている。
「侵入者って、アズサ、誰かと会ったの?」
下江コハルの確認に当人は首を振る。
「いや、まだ顔は見ていない。だが、確実に私たち以外の誰かがいる。向こうの、奥まった場所にある部屋だ。」
白洲アズサの言っている部屋というのは食堂のことだ。そこに人の気配がしたので戻ってきた、と彼女は言う。
「先生、それってもしかして……」
阿慈谷ヒフミが小声で話しかけてくる。彼女も持っている情報から誰のことを言っているのか察しがついたようだ。
「なるほど。では、その侵入者さんが掃除してくださったんですね!」
「何のんきなこと言ってるのよ! 不審者だったら大変じゃない!?」
一見、危機感のない様子の浦和ハナコの発言で、また二人が言い争い、というよりおちょくりが始まっているが、いまするべきことは明らかだった。
「まあ、何にせよ行ってみましょうか。アズサさん、案内をお願いできますか?」
「ああ、任せてくれ。」
頷いた白洲アズサが先導し、続き私と阿慈谷ヒフミ。そして言い合いを継続しながら二人が後を続く、という形で侵入者がいるという部屋へと向かった。