白洲アズサ曰く侵入者のいるという食堂へ、部員たちと向かう。
「先生、5人目の子がここにきているのでしょうか。聞いてますか?」
阿慈谷ヒフミから、また小声で質問される。秘密にしておくようにと言ったことを忠実に守っているようだ。
「直接すでに来ている、とは聞いていませんが、その可能性は高いでしょうね」
私がそう答えたとき、すぐ後ろから別の声が聞こえてきた。
「先生、ヒフミちゃん。内緒のお話ですか?」
「ひゃぁっ、は、ハナコちゃん!?」
阿慈谷ヒフミが妙な悲鳴をあげる。いつの間にか、浦和ハナコがすぐ後ろで話を聞いていたようだ。 阿慈谷ヒフミからどうしようという視線を感じたので頷いて説明する。
「秘密という訳ではないのですが、この補習授業部には一応5人目の生徒がいるので、その生徒かもしれないという話をしていただけです」
「5人目?」
当然、初耳であったらしく、首をかしげている浦和ハナコに、説明を続ける。
「部長のヒフミさんと私は元々名簿を持っていたので、知っていたのですが、参加できるか分からないとのことで黙っていてもらったんです。なので、その生徒かもしれない、という話です。ですが、こればかりは直接会ってみた方が早いでしょうね」
隠していたことを追及するつもりは無いらしく、浦和ハナコはそれもそうですね、と引っ込む。
「先生。トラップなどは仕掛けられていないようだ」
食堂の扉の前につき、念入りにチェックしていた白洲アズサがこちらに振り向いて話しながら頷く。その言葉に従い、私は扉を開いた。
そして、扉の先には一人の少女が待ち構えていた。
「やあ、待っていたよ、先生。それに補習授業部の皆も」
その体形は小柄、金髪のショートヘアで大きめの帽子を被っている。病弱だからか、車いすに座っている。
「私は、曲直瀬(まなせ)リリ。今年入学した1年生だけど体調の関係で試験を受けることが出来なくて、補習授業部に入れてもらうことになった次第でね。今日から一緒に参加させてもらうことになった。よろしく頼むよ」
入室した私たちを見て、彼女はそう名乗った。
曲直瀬リリと名乗った少女への反応はまちまちだった。
「アズサが変なこと言うから緊張しちゃったじゃない! おんなじ1年生の下江コハル。同じ一年生だけど初めましてよね?」
あからさまに安堵の表情を浮かべる下江コハル。同じ1年生が現れたこともうれしく思っているようだ。
「初めまして、一応部長の阿慈谷ヒフミです。体調不良と聞いて心配していたんですけど、参加できそうでよかったです! 一緒に頑張りましょう」
真面目に挨拶をする阿慈谷ヒフミ。予測できていたこともあり、落ち着いている。
「……」
浦和ハナコは、目を見開いて口を押さえている。何かが口から飛び出そうで、それを飲み込んだような表情だ。曲直瀬リリが何者か分かったのなら、無理もない。
そして、白洲アズサは無言で、曲直瀬リリと名乗った少女に近づき、不安そうな表情で彼女を見つめ、体に触れる。
「ちょっ、何してるのよアズサ!? えっtむぐ」
空気の読めないことを言いそうになった下江コハルの口を浦和ハナコが塞ぐ。いつもとは真逆の光景だ。白洲アズサはしばらくその状態だったが、その内黙ったまま一歩引き、元の場所へと戻った。その様子を、触れられていた少女は微笑んで見ていた。
「さて、挨拶も済んだことだし、早速勉強……の前に、トリニティらしく、お茶でもどうだい? 丁度用意してもらっていたところなんだ」
気品を感じさせる様子で、少女は部員たちを席に案内する。部員たちはおずおずと言った様子で逆らうことなく席に着く。流石は、トリニティの生徒会長、と言ったところだろうか。
つまるところ、曲直瀬リリとは、変装した百合園セイアに他ならなかった。
「ところで、……リリさん。用意してもらって、と仰っていましたが、他にどなたかいらっしゃるんですか?」
こちらについてもある程度の予想はついていたが、確認のため質問する。
「ああ、何分体調が悪くなることがあるので、面倒を見てくれている人がいるのだよ」
と、百合園セイアが言った時、タイミングよく「失礼します」と別の人物が入ってきた。
青髪に眼鏡をかけたメイド服の少女だ。浦和ハナコがのけぞった。彼女には誰か分かるらしい。
「リリ、あんた何者なの? さすがのトリニティといえど学校にメイドを持ち込んでる生徒はそうそう聞いたことないわよ」
「こ、コハルちゃん?」
妙に慣れた手つきで給仕をする青髪の少女の様子に、下江コハルが歯に衣着せぬ言い方で話しかける。浦和ハナコが冷や汗をかいている。いつも彼女がしていることを思えば下江コハルの行動は大したことが無いように思えるが、後輩が自覚なく地雷原を練り歩いているのは流石に怖いのだろうか。
阿慈谷ヒフミは新しく入ってきた人物をまじまじと見つめ、首を傾げている。どこかで見たが思い出せない、という様子だ。白洲アズサはこちらの生徒のことはよく知らないようで、黙って自分のカップに紅茶が注がれるのを見つめていた。
私自身はこの人物が誰なのかまだわかってはいないが、状況から言って百合園セイアの護衛に抜擢された人物。恐らく救護騎士団の、それも幹部以上の人物だろうということは推測できた。
「百合園セイアが体調不良で入院している」と偽装された襲撃事件は、いくつかの工作を経て「身分を偽装して百合園セイアが補習授業部に加わる」という状況を生み出した。私が行った些細な助言は、私の予想をも超えた大きな変化を与えてしまったようだ。
―
何人かの心中はさておき、
もっとも、外部要因もかなりのウェイトを占めているだろう。
下江コハルの虚栄心は病弱で自分と同じか、より華奢に見える唯一の同級生には余り発揮されないらしい。彼女にしては珍しく積極的に話しかけていた。恐らく彼女なりの気遣いでもあるのだろう。
そして、問題行動、問題発言のプロフェッショナルである浦和ハナコは、明らかに曲直瀬リリの正体に気付いていた。それ故に動き方を考えあぐねているのか、この場では極めて大人しくしていた。最初こそ、下江コハルの言動にうろたえている様子はあったが、その内それもなくなった。彼女の心境については後程、確認しておいた方が良いだろうか。
同じく百合園セイアのことを知っているだろう白洲アズサは、複雑な感情を抱いていることは確実だろうが、それでも席を立つようなことは無く、阿慈谷ヒフミと話をしたり、主催による紅茶の講釈に耳を傾けたりしていた。
阿慈谷ヒフミは素直にその場を楽しんでいる様子で、一息つける場を最も享受しているのは彼女かもしれなかった。
そして一方、給仕役を行っていたメイド姿の生徒は、警戒しているという様子を見せることはなく、しかし視界を広くとれるようにしており、やはり護衛を兼ねているだろうことがうかがえた。
―
茶会が終わり、勉強が始まるのかと思いきや、施設の見学がしたいという話になり、メイド生徒の案内に従って、
「先生は、行かなくてよかったのかな?」
「いえ、貴女にお聞きしたいことがありましたから、セイアさん」
二人になったところでわざとらしく聞いてくる質問に、あえて名前を付けて返事をする。
「リリ、と呼んでくれてもいいのだよ。折角考えて作った名前なのだから」
「その名前の由来も聞きたいところではありますが、まずはそうですね……聞きたいことが色々あります」
勿論名前と来歴を確認した時点で、5人目の生徒が彼女であることは予想していたが、それでも彼女の行動自体は、不思議に思うところではあった。桐藤ナギサや聖園ミカの言動から、彼女が襲撃を受けたのは確実であり、容態どころか生死すら偽装している状況のはずだ。正体や、その偽装自体がバレるリスクを負ってまで私たちに近づいた理由は何なのだろうか。
「皆が戻ってくるまでの時間までであれば、何でも」
「では、ありがたく……まず、そもそも貴女は、どうして補習授業部に参加しようと?」
私の最初の質問に、百合園セイアはすこし顔を顰める。
「本気で言っているのかい?」
彼女は明らかに機嫌を損ねていたが、何が気に入らなかったのかはすぐには分からなかった。
「だとすると、少し、寂しいね。きっかけは先生の言葉からだよ。初めて会った時に、言っていただろう?」
初めて会った時、私がトリニティへ初めて訪問した時のことだ。確か、『正夢』の話を聞いた、それに対し、私は……
「もしかして、私を頼ってくれた、という事でしょうか。悲劇の未来を避けるために。すみません、確かに私はそう言いましたね」
「……思い出してくれて、何よりだ。 少なくとも私はそれを、生きる活力にしてきたのだからね」
苦い顔をしていた百合園セイアはそういうと微笑んで、言葉を切った。
「……生きる活力、ですか」
「少し大げさに聞こえるかい? 私にとっては、人生の価値観が変わるほどの言葉だったのだよ。……眠るのが怖かった、それなのに、目覚めるのが苦痛だったんだ、この前までの私は」
私が聞き返すと、百合園セイアは静かに、当時の状況と心境について語った。
「あの子が……アズサが襲撃してくることも知っていた。そして、彼女を説得して死を回避したとしても、先の結末が大きく変わることは無いと思っていた。先生というイレギュラーが存在したことが、頼っていいって言ってくれたことが……未来を実際にこの目で確認したいという希望になった」
「私の発言が?」
「偽装により昏倒した後、意識がすぐ回復したのはそれが関係していると私は思っている。もっとも、何故か警備を強化されていた結果、直後にミネが
桐藤ナギサに警備を強化するように提言したこと、そして百合園セイアに与えた気休めが、この結果を招いた。発言した自分自身としては疑わしいものだったが、少なくとも百合園セイアはそう確信しているようだ。
「そしてこれが一番大変だったんだが、目を覚ました直後、ミネを説得して、どうにかナギサにだけ連絡をとって、この機を利用して、君たちに合流した、という訳だ。最も、彼女が直接監視するという条件付きでだがね」
彼女がそこまで言った時、再び食堂に近づいてくる足音が聞こえた。百合園セイアとしての彼女と話す機会はひとまずこれで終わりのようだ。