補習授業部の合宿2日目の早朝。補習授業を行う教室に資料を持っていくと、そこには既に阿慈谷ヒフミがいた。
起床時間までにはかなりの時間があるが、熱心に何かを読んでいる。また、何故持ってきたのか分からない謎のグッズ類が傍らに置かれている。
「おはようございます。ヒフミさん。早いですね」
「あ、おはようございます! 先生! 昨日あの後、寝る前にちょっと考えたことがあって……」
話しかけると、阿慈谷ヒフミはそう言って、自らの考えを私に伝える。模擬試験の実施と、授業の進め方についてだ。
「成程、そういう事であれば、私の作っていた教材も活かせそうですね。丁度、1年生から3年生向けの過去問がありますから」
模擬試験に関しては過去問から私でピックアップして解いてもらえばいいだろう。阿慈谷ヒフミの案は効率がよさそうではあった。
「本当ですか? あれ? 3年生……の先輩はいないですよね?」
「それもそうですね。……まあ、念のため」
実のところ、試験問題を作っている最中に百合園セイアが1年生として参加してきていることを思い出したのであるが、一応完成はさせておいたのだ。
「そうですね……? あ、それと、ハナコちゃんのことなんですけど……ナギサ様からもらっていた資料を見ていたら、去年の成績上位者リストに名前が載っていて」
「ほう……気になりますね。より詳細なデータを調べてみましょう」
阿慈谷ヒフミが自分でそれに気づいたのなら、もう隠す必要はないだろう。事前に権限を与えられていたトリニティのデータベースへアクセスし、詳細な成績情報を彼女と確認する。
成績上位者などというレベルではない、圧倒的な結果がすぐに確認できた。そもそも全教科高水準の点数が出せる生徒が、翌年は赤点を連発などというのは、余程のことが無い限り意図的なもので間違いない。なお、阿慈谷ヒフミは平均的には中の下といったところであった。歴史などの社会系学問は得意なようだが。
ともかく、実際の授業の進め方について、部長としてのやる気に目覚めた阿慈谷ヒフミと共に詰めていく。そして準備が整った頃、残りの補習授業部の部員たちも集まり始めた。
「おはよう、ヒフミはもう起きてたんだな。先生も」
白洲アズサが溌溂とした様子で挨拶をする。
「むむむむ……」
下江コハルは何故かその白洲アズサを睨んでいる。顔が赤くなっている気がするが、いつもの事なので放っておいて大丈夫だろう。
「せ……リリちゃんはまだ来ていないみたいですね?」
浦和ハナコはやはり百合園セイアのことが気になっているようだ。そしてその相手もすぐに教室に入ってくる。
「やあ、お待たせしてしまったね」
朝の集合時間丁度に、そう言って
「皆さん、おはようございます。今日から本格的な勉強合宿になるということで、まずは、模擬試験を行います」
阿慈谷ヒフミが、打ち合わせ通りに本日の予定を口にする。
学年ごとに、試験が配られる。白洲アズサと下江コハルは1年生用、阿慈谷ヒフミと浦和ハナコは2年生用、曲直瀬リリは当然、阿慈谷ヒフミから渡された1年生用を見てにやりと笑う。そして、使用されていない3年生用の問題は
「どうぞ」
「え? 私もやるのですか……?」
蒼森ミネに渡した。折角作った試験なのだから、誰かにやってもらった方が良いだろう。そう思い、彼女にも試験を受けてもらうことにしたのだ。別に本当にメイドという訳ではないのだから、問題は無いだろう。
「こうしている間、貴女も勉強する時間がなかなかとれないでしょう。もちろん、何かあればご自分のお仕事を優先して問題ありませんよ」
「……お気遣い、ありがとうございます」
少し私を睨んだような気がしたが、彼女も受け取って席に着く。
そして6人で臨んだ最初の模擬試験の結果は以下の通りとなった。
下江コハル―15点 (不合格)
白洲アズサ―33点 (不合格)
曲直瀬リリ―96点 (合格)
浦和ハナコ―4点 (不合格)
阿慈谷ヒフミ― 72点(合格)
曲直瀬リリのメイド(記名欄にそう書かれていた)―91点 (合格)
「リリ、あんた何でこんなところにいるのよ!? 後メイドさんは何なの!?」
結果発表を受け、まずは下江コハルが大仰なリアクションを取る。
「まあ、こんなものだろうね。そもそも私は元々試験を受けていないからここに来たわけだし」
しれっと語る百合園セイアに、3年生の問題を受けさせられた蒼森ミネが冷たい視線を送っている。
「私も、救護、いえ、文武両道を心がけておりますので、当然です。そもそも補習授業部ではありませんが」
その蒼森ミネは胸を張ってそういうが、結果を聞いたときはあからさまに安堵していた。ここ最近はまともに勉強をする時間が持てなかったため、不安があったのだろう。
さて、百合園セイアの失点の4点分は明らかにわざと間違えた内容だった。その上、浦和ハナコの得点した点数と同じ点数だ。元々知り合いであるということだが、百合園セイアから浦和ハナコへのメッセージ、あるいは挑発なのかもしれない。
「皆さん、聞いてください!」
少し雑談が始まっていた教室内で、阿慈谷ヒフミが再び教壇に立ち、予定していた今後の方針を語る。曲直瀬リリと、メイド(蒼森ミネ)に関しては、もともと結果を見て判断するという話だったが、教師役として十分な能力があることが分かったため、阿慈谷ヒフミがそれをお願いする。
百合園セイアは当然だが、蒼森ミネもその真剣な眼差しに感化されたのか、部外者ながら、教師役を請け負うことを了承した。
そして、浦和ハナコについては、後程面談を行うことになった。
「それと……ご褒美も用意しました」
方針決定後、阿慈谷ヒフミが私との打ち合わせでは特に決めていなかったことを言い出した。そして机の上に広げたのは、朝教室に持ってきていた謎のキャラクターグッズ類だ。その中には、確かブラックマーケットで求めていたという鳥(?)のキャラクターもいる。
これらが、彼女が学校の試験よりも重要視するキャラクター達であるということは、私にはまだ理解できなかった。
「良い成績を出せた方には、この『モモフレンズ』のグッズをプレゼントしちゃいます!」
自信満々に言った阿慈谷ヒフミに対し、部員たちの反応は比較的微妙なものだった。ただし、2人の生徒を除いて。
「か、可愛すぎる……!!」
一人目の白洲アズサが興味津々でグッズが並べられた机に駆け寄る。初めて見るものらしく、目を輝かせながら阿慈谷ヒフミの説明を聞いている。
「こ……この子ももらえるんですか!?」
そして
「いや、君はそもそも補習授業部じゃないからもらえないんじゃないか?」
「そんな!?」
そして、百合園セイアの冷静な指摘に、相当なショックを受けた表情を浮かべている。意外な一面もあるものだ。
「い、いえ! もちろんメイドさんにも協力してもらうので、差し上げます! ウェーブキャットさんも可愛いですよね!!」
阿慈谷ヒフミは同好の士を見つけたことに喜んでいる様子だ。そういえば、蒼森ミネは自己紹介もせずにこのままただメイドとして通していくのだろうか。
何にせよ、一部の生徒のみとはいえモチベーションが生まれたことは悪いことではないだろう。温度感がくっきり分かれた教室で、私はそう思った。