合宿は早くも2日目の夜を迎えていた。本日は模擬試験の後、
「少し気になることがあってね、一緒に来てくれないか?」
就寝時間となった後、私は百合園セイアにそういって連れ出され、別館の外へと来ていた。蒼森ミネは恐らく遠くで監視をしてはいるが、百合園セイアの行動に関しては身体的に無茶をしない限り黙認するという契約を交わしているらしく、サンクトゥス派生徒会長は実に自由にふるまっている。自分なりの考えがあるというのは理解できるため、口出しはあまりしたくないが。
「それで、こんな場所へ来て何があるというのですか?」
とはいえ、用件も聞かされていない私は、このくらい百合園セイアに苦言する権利位はあるだろう。
「まあ、もう少し待っていようじゃないか。何せここに来てこの方……噂をすれば、というやつだな」
「はあ、噂というか何も話していませんが……」
そう言って百合園セイアが手で指示した方向に顔を向ける。丁度、何者かがこちらの存在に気付いて立ち止まったことが確認できた。
「先生……リリも」
そこに来ていたのは、白洲アズサだった。彼女はこちらに気付き、呆然としている。
「やあ、アズサ。こんな夜更けに散歩とは、風情があるね」
曲直瀬リリに扮していた少女は、そう言いながら帽子を取る。
「ご一緒させてもらっても構わないかい?」
彼女はそう言って、戸惑っている白洲アズサに微笑んだ。
「……やっぱり、リリは百合園セイアだったんだ」
暫く押し黙っていた白洲アズサが静かに話し始める。無表情に近いが感情の感じられる、複雑な表情だ。
「やはり、気づいていたんだね。まあ、初対面の反応から想像は出来ていたよ。にもかかわらず、黙っていてくれたのは?」
「……ほぼ間違いないとはおもってたけど、確定じゃなかったから。それに、隠しているなら明かさない方が良いのかと思って」
「良い子だね、君は」
百合園セイアと白洲アズサが静かにやり取りする。襲撃の犯人と被害者とはとても思えない光景だ。少なくとも、『いい子』と言われた少女はきまずそうにしていた。
「それで、どうして2人はここに? いや、未来予知ができる人に聞く意味が無かったな」
「そんなことは無いさ。丁度先生にも言おうと思っていたのだが、私がここに来てからというもの、私が見たことのある光景になったことは一度もないのだから」
「そんなことを言おうとしていたのですね」
私は特に何も聞いていない。しかしそもそもこの時期の百合園セイアは以前の時間軸では意識不明、消息不明の状態であったはずだ。仮に未来予知が別の時間軸の光景をみているものだとすれば、この時期のことを見ていないのは道理だった。
「え? じゃあどうやって」
「ただの張り込みだよ。昨日君が外に出て行ったという目撃情報があったから今日も出てくるかな、と思ってね」
「……はは、そんなことで。すごいなぁ」
白洲アズサは感心したように笑うが、私としては聞き捨てならない内容だった。
「それにもかかわらず私に何も言わず連れ出したわけですか。無駄骨になったらどうするつもりだったんですか?」
百合園セイアに問い質す。用件を言わない意味は分からなかった。
「まあ、そんなことは良いじゃないか。結局アズサは来てくれたのだし」
「というか、そもそも私がこの場に呼ばれた意味はあるのでしょうか。まさか護衛という訳でもないでしょうし」
護衛なら優秀な人物が既にいるし、そもそも私では盾にもならない。かといって無意味に連れてくるような真似をする人物ではないだろう。
「もちろん、大いに意味があるとも。こうして、アズサと話す機会に先生を連れてきたのは……」
昨日と同様に大きく勿体をつけて、百合園セイアが言葉を切る。白洲アズサは固唾を飲んで見守っている。
「先生は私たちの味方であるとともに『君たち』の味方でもある、という話をしたいと思っていたからだよ」
またそういう話か。体よくつかわれているような気がするが、こういったことに拒否反応を示すことが無いのも『先生』の仕業だろうか。相手が生徒であれば利用されるのもやむなし、という事だろうか。久しぶりに今の自分の状況に腹が立った。
「私たち……? 補習授業部のこと?」
その上、言い方が間接的過ぎて本人には伝わっていない。仕方なく補足する。
「セイアさんの言っているのは、アリウスのことでしょう。もっとも、どの学校の生徒であるかは問題ないというだけで、アリウスやトリニティが特別ではないというのは理解してほしいところではありますが」
「……え?」
白洲アズサが再び呆然とした表情をする。百合園セイアも少し驚いた様子でこちらを見た。
「……やはり、先生はそのことまで知っていたのだね」
「試すようなことをするのはやめてください、セイアさん。頼っていただけること自体に文句はありませんが」
つい、咎めるように言ってしまう。そのようなことは事前に確認しておけば済む話なのだ。こういう断りにくい状況に追い込まなくても、既に彼女のやることに基本的には協力するつもりではあるのだから。
「……そうだね、悪かった。どうも少し調子に乗りすぎていたようだ」
そう言って謝った百合園セイアは本当に反省しているようだった。途端に冷静になる。交渉は好きだが説教は好きではないのだ。好きではないというより、善人でもない私は、説教などすべき人間ではないという自覚があるというべきか。
「ど、どうしてそこまで知っていて、私を放置しているの? セイアを襲撃して、意識を失わせたのは私なのに」
動揺の残ったままの表情で、白洲アズサが問いかける。その辺りはトリニティ側の人間の範疇だろう。
「それはアズサ。君が足掻こうとしていたからだよ。丁度、私もその決意を決めたところだったんだ、何というか奇妙な巡りあわせだね」
「……難しい。そうだとしても、私にそれを言う意味が分からない。私がこれを話したらどうするつもりなんだ?」
白洲アズサはもはや怒りに近い表情を浮かべている。
「話してもいいですよ?」
とりあえず聞かれたことに率直に返事をした。誰かに伝わると困る話は確かにしているが、困るというだけだ。協力すると決めた相手にはある程度の情報を明かす必要はあるだろう。
「え?」
しかし、私の言ったことはあまり伝わっていないようだ。
「ああ、すみません。私はアズサさんの行動を縛るつもりはありません。というか諸事情でそういったことは出来ないので、基本的に自由意志でやってもらっています。ただ、事前に言っておいてもらった方が助かりはしますね」
私の発言に白洲アズサは目を瞬かせている。まだよくわかっていないようで、言われた内容を吟味しているようだ。
「私が言うのも何だが、先生の発言は傍で聞いていると善意で言っているとは到底思えないね。それに分かりやすくもない」
「そういうクレームはいささか言われ慣れてきましたね。最早何の感情もわきませんよ」
百合園セイアは人の発言に茶々を入れるのが癖になっているのだろうか? 言っていることが伝わりにくいのはお互い様だろう。
「は、はは、あはははっ」
不意に、白洲アズサが笑い出した。
「どうかしましたか?」
こちらの言っていることを理解したというのは何となくわかったが、何が可笑しかったのかはわからない。
「あはははっ、何というか、かなわないなって思ったんだ。うん、私もどうすればいいか、自分で考えてみる。2人が、味方になってくれるってことは分かったから」
どのあたりで納得したかは分からないが、どうやら彼女自身で折り合いをつけることが出来たようだ。であれば、私も引っ張り出された甲斐もあるというものだ。
「そろそろ、私たちは戻ろうか、先生。アズサも、夜の散歩はほどほどにしておくんだよ。結局勉強はしなければならないのだから」
百合園セイアが満足したと言いたげな様子で言う。
「うん、わかった、ありがとう、先生、セイア」
「あ、先生はアズサの行動を縛らないと言っていたが、私のことは皆の前ではリリと呼んでおくんだよ。サプライズは計画的にやるべきだからね」
「ああ、気を付ける。こう見えて隠し事は得意だ」
その言葉を最後に、白洲アズサと別れる。そして百合園セイアを部屋まで送り届け、補習授業部2日目の夜が終わった。