補習授業部の合宿、その3日目の早朝。当日のスケジュールを確認し、資料の準備をしていると私の端末に突然連絡があった。相手は聖園ミカ。すぐ近くまで来ているとのことで、別館の外で話をすることになった。念のためすぐに百合園セイアに連絡したものの、案の定反応は無かったため、彼女の現在の状況を知らせず、聖園ミカの目的を探ることをこちらの主眼とするべきか。
「来てくれてありがとう先生、朝早くごめんね? 別館って初めてきたけど、意外と綺麗なんだねっ」
聖園ミカは口頭では謝りつつそう言った。やはり、明るくふるまっており、百合園セイアのことについて知られたという訳でもないようだ。
「定期的に整備されているようですが、その感想は清掃の賜物でしょうね」
「へー、掃除したんだ? 何か合宿みたいで楽しそうだね」
とりあえず、こちらも多少は話に乗っておくことにする。このような雑談をしてきたわけではあるまいが。
「合宿みたい、ではなく補習授業部の合宿そのものですよ」
「あはっ、そうだったね、ごめんね」
聖園ミカがそう言い、会話が途切れる。いい加減本題に進んでも良いだろう。
「それで、本日はどうされたのです? ミカさんもお忙しい身でしょうし、まさか世間話をしにいらっしゃった訳ではないでしょう?」
私のその言葉に、聖園ミカは少し不満げな顔をして
「む、先生も本題の前の前置きを楽しめないタイプかぁ。まあでも、世間話というのも間違ってはいないかな?」
と言った。何か話すときに勿体をつけるのは、いつもそうなのだろうか。それとも彼女自身話しにくい内容なのか。
「どういうことですか?」
「うん。先生の調子はどうかなーって思って。つまり……先生がナギちゃんに何か言われたんじゃないかなって」
ようやく、聖園ミカの口から本題と思われるワードが出てきた。牽制か、あるいはかく乱か。何にせよ、こちらに何らかの情報を伝えに来たのだろう。
「それは……補習授業部の顧問になってほしい、という話以外にということですか」
「うん。例えば「トリニティの裏切り者を探してほしい」って言われた。とか」
聖園ミカはそう言って微笑んだ、何やら確信を持っているようだが、実際にはそのようなことは言われていない。桐藤ナギサと聖園ミカの間で情報の更新ができていないという証拠だ。やはり桐藤ナギサは、少なくとも聖園ミカが何かを隠している可能性を検討している証拠だ。
「……成程、その件ですか」
であれば、それを知られるわけにはいかない。私は思い当たる節があるようにふるまい、続きを促した。
「やっぱり、そうなんだ? で、どう? 何か分かった?」
「そうですね。今のところ、全員証拠不十分といったところでしょうか」
私の返事に、聖園ミカは怪訝な顔をした。返事に納得がいっていないようだ。
「何それ、適当じゃない?」
「ご明察ですね。あまり捜査には本気ではないもので」
何かを言われているがそれに協力的ではない。という姿勢を見せる。聖園ミカの意図は未だ確定していないが、桐藤ナギサと完全な協力体制にあると思われるより、ある程度不審に思っていると捉えられた方が良い。
「どうしてか、聞いても良いかな?」
聖園ミカから、そう聞かれる。そもそも言われてもいない捜査をしない理由などあるはずもないが、答えないわけにもいかない。
「そうですね。まず、いただいている情報が少なすぎますね。試験をサボったり、成績不良、あるいはわざと成績を落とす。それだけでテロまがいのことをした犯人だと言うのは横暴ではありませんか? 補習授業部の中にいるという根拠も示されていない」
即興で考えながら理由をいくつか挙げる。それぞれに対し詳しい説明を求められるわけでもない。今この場を納得させられれば十分だろう。聖園ミカは黙ってこちらの言い訳を聞いているので、私はさらに言い訳を重ねる。
「それと、思ったより真面目に落第の危機が間近な生徒がいて、そちらを優先してしまうというのもありますね。いずれにしても、当面は試験に集中することになりますね」
「あー、先生視点からだとそうなっちゃうのかぁ」
ここまで挙げると、聖園ミカはうんうんと頷いた。とりあえずこちらの言い分は分かったと言いたいようだ。そして、それなら、とまた口を開いた。
「じゃあさ、私がトリニティの裏切り者について、教えてあげるって言ったらどうかな?」
聖園ミカにとっての本題とは、このことか。まさか自分がそうだと言って私に直接的危害を与えるつもりはないだろう。やはり、こちらをかく乱する。あるいは桐藤ナギサへ疑いの目を向けさせるための物。仮にこの時点で『先生』が桐藤ナギサのことを不審におもっているのであれば、有効な手だろう。それに対する返事としては……
「……何故ですか?」
私が何も知らないという前提で気になることを聞くのが良いだろう、しかし、私は一つ問題を抱えていた。
「何故って、進展していないみたいだから答えを教えてあげようかなって思って」
「いえ……何故というのは、何故ミカさんがそれを知っているのか、ということです」
それは、どこまで踏み込めば良いだろうか、という点だ。その点を私は決めかねていた。できれば、
「ちょっと失礼、誰かからの連絡のようです。確認しても?」
「あ、うん。いいよ」
聖園ミカに了解を取って確認をする。百合園セイアだった。私からのメッセージを確認したらしい。内容は
『明日、時間を作れないか聞いてくれないか』というものだった。無理を言う。言い訳を考えながら端末を閉じて、聖園ミカの方に向き直る。
「何だった?」
「ええ、
聖園ミカが最も会いたくないだろう補習授業部の生徒、白洲アズサの名前を出す。案の定、聖園ミカには動揺が見られた。
「え? そうなんだ。こんな朝早くに?」
「時間は出来るだけ有効活用したいですからね。早寝早起きが基本です」
「おー、なんだか先生みたいなことを言ってるね。でも、アズサちゃんかー……なら、私は帰るね? ごめんね、この話はまた今度ってことで」
目論見通り、聖園ミカは焦って帰ろうとしている。こちらが不審に思うことも気にしていられない状況のようだった。しかし、こちらとしては次の予定も組まなければならない。
「……分かりました。であれば、明日、また同じ時間でお願いできませんか?」
「え? 明日? というか、何だか急に聞く気になったみたいだけど」
少々強引すぎただろうか。しかし、いきなり百合園セイアに言われたことだ。駄目でも仕方ないが、一応は言っておくべきだろう。
「折角のミカさんのご厚意ですし、私も今日一日、考えてみることにしますよ。明日来ていただければ、私の考えもお話しましょう」
「うーん……そうだね、分かった、時間作ってみるね。じゃあまた明日、先生」
そう言って聖園ミカは手を振り、帰っていった。百合園セイアに報告する。
そうしたところで、今度は本当に阿慈谷ヒフミから連絡があった。内容も同様、私がいないことに気付いたようだった。すぐに向かうと返信をし、端末をしまう。
準備ができず綱渡りの対話だったが、どうにか準備時間が得られたようだ。今日の内に、できることはやっておくべきだろう。するべき内容を考えながら、私は教室へ向かった。