「それで、先生。私を残した理由は何でしょう……?」
阿慈谷ヒフミが去った室内で、浦和ハナコが私に尋ねる。
「すぐにわかると思いますが……あえて言うならハナコさんがこの合宿で一番気にされているであろうことの答え合わせをしておこうと思いまして。」
先ほど、浦和ハナコが室内にいることは百合園セイアには連絡済だ。
「それってもしかしなくても……曲直瀬リリちゃんの事、ですよね」
流石に思い当たる節があったのか、すぐに答えにたどり着く。そして私が答える間もなく、三度部屋がノックされる。相変わらず丁度良いタイミングだ。
「先生、お邪魔するよ。」
「失礼いたします。」
入室を許可すると百合園セイアと蒼森ミネの2人が入室する。
「やっぱり……」
2人が部屋に入ってきたのを見て、浦和ハナコがつぶやく。彼女が今気になっているだろうことなど、この二人のことしかない。
「何が『やっぱり』なんだい? ハナコ」
曲直瀬リリに扮している百合園セイアが面白そうに尋ねる。聞かれた方は私の顔や周囲を見て、本当に言っていいのか疑うように逡巡しながら口を開く
「……セイアちゃんと、ミネさんですよね? 救護騎士団長の……」
「はい、そうですね」
「うむ、よく気付いたね。流石はハナコだ。」
指摘された二人の内、蒼森ミネは端的に返事をし、百合園セイアは帽子を取り、スカートの中に丁寧に隠していた尻尾も見せる。
「これ、上手く隠れていただろう? 毎朝頑張って隠していたんだよ。何せ、一人じゃできないからミネに手伝ってもらっていた位だ」
百合園セイアが何故か自慢げに尻尾の隠し方を披露する。
「セイア様?」
同じく正体を明かされた蒼森ミネが赤面して百合園セイアを睨む。
「あら、それは……すごく気になりますね! 今度私も手伝わせてもらってもいいですか?」
浦和ハナコは先ほどまでの緊張した表情を崩して、通常運行の状態に戻る。アレはまるっきり演技という訳ではないらしい。
「まあ、機会があればね。それより、私たちに聞きたいことがあるんじゃないかい? 折角正体を明かしたんだ、何でも答えようじゃないか。」
百合園セイアのその言葉に、浦和ハナコは表情を真剣な顔に戻す。そして少し考えて口を開き、その表情のまま次の質問を始めた。
「では……ミネさんとセイアちゃんの
「ハナコさん?」
「あら?」
しかし、蒼森ミネが皆まで言わすまいと静止に入る。
「ハナコ……何でもと言ったがそういうプライベートなことを質問するのは野暮というものだよ」
百合園セイアは、そういって意味深にほほ笑んだ。浦和ハナコの方がより明け透けだが、どうも百合園セイアもこういう悪ふざけを好む傾向にある。
「まあ!」
当然、浦和ハナコが目を輝かせるが、そこで蒼森ミネが強引に割って入った。
「セイア様!? ち、違いますよ先生! ハナコさん! 何もありません!! 私は救護活動と警備を行っていただけです!」
「あら、そうなんですか? 残念です」
「私は何も言っていませんが」
浦和ハナコのからかいの対象が蒼森ミネに定められた、ということは理解しているが、それは私には関係のない話だ。ところでそろそろ話を進めてくれないだろうか。
「さて、そろそろミネが暴れ始めかねないので、良い塩梅の質問をお願いできるかな?」
「そうですね……では」
浦和ハナコは改めて姿勢を正す。蒼森ミネは至極不服そうな表情をしていたが、黙って聞くことにしたようだ。
「……そもそも、入院していると言われていたセイアちゃんと、不在にしているという噂があったミネ団長が2人して一緒にいるのはどういうことなんですか?」
今度こそ、今回の話し合いの核となる部分についての質問だ。蒼森ミネは胸をなでおろしているだろう。
「それはだね……まず、入院しているというのは嘘だ。まあ、こうしてここにいることから言わなくても分かるだろうけどね。」
「はい、なのでその理由を聞いているのですが……」
浦和ハナコの催促に頷き、百合園セイアが続きを話す。
「それで、その入院しているという嘘をついている理由だがね、実際のところは先日私は何者かに襲撃されて死亡した。それを隠蔽するためにそのようなカバーストーリーを敷いているというわけだね。」
「はい?」
浦和ハナコの表情が固まる。予想の斜め上の回答が出されたのだろう。本人から自分が死亡しているなどという真実が明かされることなど普通は無い。
「まあ、今こうして私が生きている以上、それも嘘だ。これはトリニティの上層部のみで使われているカバーストーリーということになる。もっと言うと、私の死体を持ち去って行方を眩ませているという設定なのがそこのミネだ。勿論私は死んでなどおらず、何なら意識不明ですらなく、自分の意志で隠れているというのが今の状況だね。これらを全て知っているのは現状私たちと、そしてナギサしかいない。所謂トップシークレットというやつだ」
「ちょっ、ちょっとまってくださいセイアちゃん。一体何が何だか」
話し続ける百合園セイアを浦和ハナコが制止する。
「すみません、少し整理させてください。……セイアちゃんが誰かに襲撃されたというのも嘘ですか?」
「いや、それは本当だよ。」
「……」
浦和ハナコが口を開き、そして口を閉じた。二の句が継げないとはまさにこのことだろう。改めて今の状況が余りにも奇妙なことに気付かされる。
「……誰に、というのは分かっているのですか?」
「勿論だとも。実際にその実行犯とも会話している。私が首尾よく死を偽装できたのもその人物の協力あってこそだ。」
「……その人は、今どうされているんですか?」
その質問を聞いた百合園セイアの表情が険しくなり、浦和ハナコが息を飲む。
「ふむ……。今どうしているかと言われれば、補習授業部で合宿しているね。」
「……」
「ここまで言えば分かると思うが、私のところにきた実行犯はアズサだよ。因みに、昨日正式に和解済みだからこれについてはあまり気にしなくても良い」
蒼森ミネが少し険しい顔をするが、特に発言することは無かった。浦和ハナコは頭を抱えている。先ほどまで阿慈谷ヒフミや蒼森ミネを翻弄していた様子とはまるで正反対だ。そして、百合園セイアは当然のように更なる秘密を浦和ハナコに明かす。
「この際だから全て言ってしまうが、私たちがここに来たのはもう一人トリニティ内における犯人ともいえるミカと明日話をするつもりだから、その打ち合わせの為だね。」
百合園セイアはこの際洗いざらい話してしまうことに決めたようだ。聞きたかったこと以上の話を聞かされた浦和ハナコは脳内で整理するためと思われる時間をたっぷりと用意した後、不意に笑顔になり
「全部聞かなかったことにして、お部屋に戻っても良いでしょうか、リリちゃん」
と、
「まあ、別に秘密を聞かせたからと言って、特別何をしてほしいというわけではないからね。安心してほしい。多少意見を聞いたり、口裏を合わせてくれるようお願いすることはあるかもしれないが」
今更ながら百合園セイアがそう言ってフォローをするが、浦和ハナコは無言でわずかにうなずいたような動作をするだけだった。
「因みに、私が補習授業部の合宿に強引に入り込んだのは、先生の傍にいたかったから、という理由であって実のところ襲撃とはそこまで関係ないのだよ。」
「……その話だけ詳しくお願いします」
突っ伏した状態の浦和ハナコの本音が室内に虚しく響いた。