浦和ハナコ、百合園セイア、そして蒼森ミネとの打ち合わせの翌朝。
約束通りの時間に昨朝と同じ時刻で聖園ミカを待つ。
シッテムの箱を確認する。通話状態になっており、その相手はもちろん、百合園セイアのものだ。
蒼森ミネと百合園セイアが聞いている。浦和ハナコは最終的に、意見だけ伝えこの作戦には直接参加しないことになった。聞かれたくない話も聞きたくない話もあるだろう、とのことだ。これから行うことを考える。あまり良い気分ではない。
「先生、お待たせっ」
聖園ミカが現れた。表面上は昨日と変わらない。しかしこの一日で私が何を考えていたかは気にはなっているだろう。
「いえ、私も丁度待ち始めたところです」
「あはは、何だかデートみたいだね」
そう言って笑った彼女は、やはり一見そこに重苦しい背景を抱えているようには見えない。
「それじゃ、早速始めよっか。先生も何か考えて来てくれてるんだっけ?」
「ええ、あるにはありますが、先にミカさんのお話を聞かせていただけますか? 私の考えは、その後お話しします」
「えぇー楽しみにしてたのになあ。まいっか、じゃあ話すね」
私が頷くと、聖園ミカが本題に移る。
「トリニティの裏切り者の正体……それは、白洲アズサ。アズサちゃんのことだよ。それで、先生にはあの子を守ってほしいの」
彼女は世間話でもするかのように軽やかに、そう話し始めた。
トリニティの成り立ちと追放されたアリウスの話から始まるそれは、虚実入り乱れる内容であった。
話の要点は大きく3つ
・白洲アズサはアリウス出身であり、聖園ミカはアリウスとの話し合いによる和解を願っていたが、桐藤ナギサと百合園セイアは応じなかった
・エデン条約は平和条約に見せかけた軍事同盟であり、桐藤ナギサはそれを利用しようとしている
・百合園セイアの入院は嘘で、実際には襲撃され、ヘイローを破壊されている。桐藤ナギサは補習授業部の中に裏切り者=犯人がいると確信しており、選出されたメンバーにも理由がある。実際には聖園ミカが引き入れた白洲アズサが裏切り者ではあるが、それは桐藤ナギサが探している人物とは無関係
という話だ。
私のような
些かも気持ちが乗らない。時間遡行を経験しており、かつアリウスの黒幕とすら一時期協力関係にあった私と、踊らされていた聖園ミカとの間に存在する情報格差はあまりにも大きすぎて、戦いとも呼べないものだ。それを利用して聖園ミカの言い分を潰していく必要がある。
百合園セイアとの再会はそうして、彼女の本心を引きずり出した上で果たされなければならない。そうしなければ聖園ミカと百合園セイアが真に和解することはできない、というのが昨日の打ち合わせの結論だった。その立場を承った以上、気乗りせずともやり切るしかなかった。
「……成程、ミカさんの話は分かりました」
「長々と聞いてくれてありがと。それで、先生はどう思った? 先生の考えって言うのも教えてくれるんだよね?」
「ええ、そうですね。……ミカさんの言っていた話への意見を交えながら話しましょうか」
「まず、アリウスについてですが。私の知っている話と概ね一致しています。間違いないでしょう、そしてアズサさんがそこの出身であるというのも……彼女が時期外れの転校生であるということを鑑みて、矛盾は無いと思います」
「うんうん。あれ、なんか言い方が気になるけど」
そちらの話を信じていないとあからさまにしすぎただろうか。聖園ミカが首を傾げる。
「エデン条約については、全文を確認したうえで言いますがミカさんは少なくとも一つ勘違いをしています。まず、エデン条約機構は確かに紛争について武力介入できる力を持っていますが……それはあくまで境界線周囲での紛争解決や犯罪者たちへの取り締まりを目的としており、自由に使用できるものではありません」
私の指摘に、聖園ミカの表情はまだ変わらない。
「でも、それって解釈次第でどうにもならないかな? 気に入らないものを、犯罪に仕立て上げるっていうの、よく聞く話じゃない?」
「確かに、そういう話はありますね。しかしナギサさんがそのように自由に使える、とするにはゲヘナ側の立場が抜けています。ゲヘナの意向を無視してその力を濫用するほどの力は、少なくとも現在のトリニティには無い。違いますか?」
「すごい。流石『先生』だね。良く調べてる」
聖園ミカが笑う。動揺は見られないが、このくらいのことをこちらが調べていることは想定の範囲内だろう。
「でも、ナギちゃんがそう思ってない可能性もあるんじゃないかな」
「そうですね。なので、この話は平行線ということにしましょう。まだありますから」
この次が、話の核心だ。百合園セイアの襲撃を計画したのは誰なのか。という点。
「さて、セイアさんの襲撃の話です。恐ろしい話ですが……疑問があります」
「疑問?」
「何故ミカさんは、アズサさんを、あるいはアリウスを疑っていないのですか?」
聖園ミカが真顔になる。私が全く知らなかったはずの話について、いきなり核心を突く。そのようなことは流石に想像していなかったはずだ。だからこそ、これは茶番なのだった。
「……どういうこと?」
「話を聞く限り、アリウスにはセイアさんを襲撃する動機があります。トリニティの事を深く恨んでおり、同様に憎んでいるゲヘナとの平和条約を結ぼうとしている。トリニティの内部にいる『何者か』などを探すより余程分かりやすくはありませんか?」
「……確かに、動機はあるかもしれない。でも、セイアちゃんを襲撃するのはトリニティの生徒じゃないとできないはずでしょ? だからナギちゃんも、実行犯はトリニティの内部にいると疑ってる。スパイがいるとしても、アリウスにはその繋がりも無くない?」
「繋がりなら一つ、あるではないですか」
聖園ミカの言葉を遮るように、私は指をさす。
「ミカさん、実際にアリウスと関わっていた貴女であれば、アリウスを引き込むことが出来る。違いますか?」
「……私? あはは、面白いこと言うね先生。確かに、私なら手引きできるかもしれない、でも、何で私がそんなことをする必要があるの? それこそ、動機が無いと思うんだけど」
険しい顔をしている聖園ミカ。今更疑われていないなどと思っていることは無いだろう。
「そうですね、私はお二人の関係を存じ上げませんから分かりませんが、例えば、こんなストーリーはいかがでしょうか。ミカさん、貴女はゲヘナを憎んでいる。エデン条約の締結などと以ての外だ。しかし、同じく生徒会長を務めている百合園セイアは推進派だ。貴女は彼女が邪魔だった。何せ、貴女がホストであればエデン条約の締結は不可能になるでしょう」
「……」
聖園ミカは何も答えない。私は彼女の顔を極力見ずに話を続ける。
「そんな折、貴女は偶然にもアリウスと交流を深めることになる。そしてアリウスには、同じくトリニティの生徒会長を襲撃する動機も、実行するだけの力もあった。そして、貴女はアリウスへの協力を申し出た。全ては、百合園セイアと桐藤ナギサを排除して貴女がティーパーティーのホストになるために……!?」
突然、身体に強い圧力がかかり、地面に叩きつけられた。一瞬意識が飛びそうになるが、持ちこたえる。状況からすると聖園ミカに押し倒されたらしい。驚異的な膂力だ。
「違う!」
聖園ミカが叫ぶ。その体は震えており、目には涙が光っていた。私を殺そうという訳ではないようだ。
「……違うとは、どういう意味です? 私の言うことが出鱈目だというのであれば、そうおっしゃってください。それとも、私の口も封じますか?」
押さえつけられたままの体勢で、話し続ける。
「……ううん。やっぱり、違わないや、先生」
そして、聖園ミカの力が抜け、あきらめたように話し始めた。
「どういうことですか?」
「全部、先生の言ったとおりだよ。ゲヘナ嫌いの私には、セイアちゃんもナギちゃんも邪魔だった。だから、アリウスの子達と協力して、セイアちゃんを襲撃した。……思ったよりずっと簡単だったよ」
聖園ミカの言葉は真実味を持っていたが、それでもなお、私が敷いたレールに乗っただけの言葉に感じられる。根拠はないが、私の聞きたかった言葉はこれではない、これではまだ足りないのだ。聖園ミカの本心は。
話を続けなければならない。
「本当ですか? 自分で言ったことではありますが、……私は全くそうとは思えませんね」
「……え?」
語っていた聖園ミカの言葉が、突然意見を翻した私に驚き止まる。
「先ほどの私の推測は、所詮貴女達のことを知らない立場からの当てずっぽうです。ですが、一つ失念していたことがありまして」
「……これ以上、何が言いたいの?」
「彼女たち本人から聞いていた貴女の印象では、とてもあなたがそのようなことをするとは思えないのです。それに、私の推理には動機の面で多大な穴があります。遥か昔に追放されたアリウスの生徒たちを思いやることが出来る貴女が……ゲヘナが嫌いだというただそれだけで同輩の生徒を殺すことを計画できるなどとは思えない」
少なくとも、殺意があったとは到底考えられない。そう指摘しても、混乱している様子の聖園ミカは、それでも首を振った。
「……そんなことない。それは、私に騙されていただけで……! 意味わかんないよ先生、今更何でそんなこと言うの?」
「私は……あの時何があったのか、どうしてそうなったのか、ミカさんに思い出してもらいたいだけです」
「そんなこと……そんなこと、もうわかんないよ!! だって、分かっても、私がセイアちゃんを殺しちゃったのはもう
「遅くなってすまないね、先生。その辺で勘弁してやってくれ。私が悪かった」
彼女の本心の慟哭を聞き、漸く百合園セイアがその場に現れた。