黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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聖園ミカと百合園セイア

「久しぶりだね、ミカ」

 近づきながら、そう話す百合園セイアに、聖園ミカの目線が釘付けになる。

 

「少し痩せたかい? 私が言えた事じゃないが、食事はきちんととらないといけないよ」

 私から手を放した少女のもとへ、そう話しながら到達する。聖園ミカは体も声も震わせて、言葉を絞り出すように口を開いた。

 

「……おばけ?」

 

 百合園セイアが脱力する。

「……現実を見たまえ、このように実体のある幽霊が存在したとしたら、シスターフッドが大騒ぎだよ。全く、君は変わっていないようだね。本物だよ、私は」

 感動の再会を演出するつもりだったのか、百合園セイアが少し不服そうにまくし立てる。聖園ミカはその姿を見て、恐る恐る彼女に手を伸ばし、身体に触れる。

「嘘……だって、セイアちゃんは私が……本当に? 双子の妹とかじゃない?」

「本物だよ、いいだろう、どうやったら証明できる? ()()()()()()()でも先生に披露してみせようか?」

「……ほんものだぁ。セイアちゃん、セイアちゃん──!!」

 

 百合園セイアの言い回しで本物だと確信したらしい聖園ミカが、彼女に抱き着く。

 その際、抱き着かれた少女が声にならない悲鳴、あるいは呻き声あげていたような気がしたが、ともかく、恐らく感動の再会という事でいいだろう。 先ほど突き倒された力を思い出しながら、私はその光景を眺めていた。

「はぁっ、はぁっ。懐かしい感じだよ。この破壊的なパワーは」

「あはは……、ごめんね、セイアちゃん」

 数分後、漸く衝動が収まったらしい聖園ミカが百合園セイアを解き放つと、彼女は荒い息を吐きながら抗議した。聖園ミカはそれに対して謝る。そしてそれ以外にも謝りたい様々なことを思い出し、繰り返し謝った。

「ごめんね、ごめんなさい……セイアちゃん」

 友人が生きていたという喜びから、そもそもその友人を殺しかけたのは自分だという罪悪感に感情が変わってきたのか、聖園ミカは泣きながら謝罪の言葉を繰り返す。 彼女の心理状態は想像でしかないが、友人が生きていたという無事をそれほどに喜べる友人を殺しかけてしまっていたという自責の念が、瞬間的に強まったのだろうか。百合園セイアが困ったように顔をこちらに向けてくるが、私には何もできない。あの『先生』であれば、泣いている少女を慰めるのが得意だったかもしれないが、苦手なものは苦手なのだ。

「はぁ……ミカ、泣き止んでくれ。私は君を責め立てたい訳じゃない。ただ……そう。私たちには話し合いが必要だと思ったんだ。きっと、私は君を沢山傷つけてしまったんだろう。謝りたい気持ちがあるのは私も同じなんだ。だから、落ち着いて、ゆっくり話そう。 この場所はそう、誰にも邪魔されない、君との話し合いにぴったりの場所だ」

 百合園セイアの言う通り、昨日浦和ハナコに依頼して、今日の午前中は私と曲直瀬リリは不在、ということにしてある。昨日のように誰かが探しに来ることは無いだろう。そして別館であるこの場所に、訪れるものは殆どいないはずだ。

 

 暫くして、今度こそ表面上落ち着いた聖園ミカを連れ、場所を移した。誰かが来る可能性を考慮して、私の部屋ではなく、蒼森ミネと百合園セイアの部屋だ。

「ミカ様……」

 部屋で待機していた蒼森ミネが入室してきた聖園ミカに気付く。弱弱しく俯いたその様子に驚いているようだった。

「あ……ミネ……団長。……そっか、最近不在にしてるって、セイアちゃんと一緒にいたんだね」

 聖園ミカもメイドに扮している彼女が誰なのかにすぐ気づいたようだ。()()()()()()()()()()そう言った。

「さて、折角だし今回は私がお茶を用意しよう。ちょっと待っていてくれ」

「セイア様……紅茶の準備なら私が」

「いや、君の事をメイドだと思っている者はこの中には一人もいないんだから、気にしないでくれ」

「その言い方だと私が趣味でメイドの格好をしている変人みたいじゃないですか」

 いついかなる時でも話し合いの場には紅茶が必要、というのがトリニティの流儀なのだろう。誰もすぐに話し始めようとはしない。どこか場にそぐわない会話をしているトリニティの幹部たちを眺めなら、私はそう考えた。

 

 やがて、紅茶の準備が完了して、改めて話し合いが始まる。

「ふむ……何から話そうか。まずは……そうだね。改めて、この通り、私は無事だ。何があったのか、知りたいだろう?」

「……うん」

 私に対し快活に振舞っていた様子は消え去り、聖園ミカは静かにうなずく。それを見た百合園セイアは頷き、話を進める。

「と言っても簡単な話だ。知っているだろう? 私には未来を視る力がある。それで、襲撃についても知っていた訳だ。そこで襲撃してきた……アズサを説得して、死ぬことを回避できることは知っていたんだよ。ただし、信憑性を得るために起こした爆発の余波で気を失いまではしたがね」

 百合園セイアは話を続ける。

「それで、駆け付けてくれたミネが、私の身柄を隠してくれたんだ。犯人が分からない状況で、再び襲われることの無いように。……恐らく、襲撃者である立場になってしまった君は、アリウスの勘違いと、そしてその欺瞞情報の双方の情報を受けてしまい。私が死んでしまったと確信してしまったのだろう? ……そして、目が覚めた私はミネにそのことを報告しないように頼んだ。大変な反対をされたけどね」

百合園セイアは肩を竦めながら蒼森ミネの方を見る。

「当たり前です。そもそも、『報告しない』どころか、色々なことを要求してきたじゃないですか。この格好だって……」

「なかなか似合っていると思うけどね。救護騎士団の恰好ももちろん様にはなってはいたが。先生もそうは思わないかね」

 唐突に話を振られ、視線が私に集まる。完全に聞き役に回ろうとしていた矢先だったので、コメントは遠慮しておきたかったが、仕方なく答える。

「ええ、そうですね……お似合いだと思いますよ。勿論、フォーマル、カジュアルに限らずどのような格好でもミネさんなら着こなしてしまうでしょうが」

 私は()()()()交じりの返事をした。百合園セイアは満足そうに微笑み、蒼森ミネは顔を赤くする。聖園ミカは笑うことこそなかったが、それでも意外そうな表情を隠しきれていなかった。百合園セイアが話を再開する。

 

「当初は渋っていたミネも最終的には同意してくれた。どうしてかわかるかい? ミカ」

「え……それは……事を大きくしないため、とか?」

 聞かれた聖園ミカが自信なさげに答える。

「ああ、それもあるね。だが一番の理由はそこじゃない。……私はただ、君と話をしなければならないと思ったんだ。私が君をそこまで思い詰めさせてしまったと思ったから。その邪魔をされたくなかったんだ。ミネはただ、私のその我儘を聞いてくれたんだ」

「セイアちゃん……」

 俯いていた少女が顔を上げる。話をしていた少女は立ち上がり、

「ごめんなさい、ミカ。君が悩んでいるとも……いや、私はそれを知っていたにもかかわらず、君の事を傷つける言葉を沢山言ってしまった。言い訳にもならないが、私は未来を諦めていたんだ。だから、君の気持ちを思いやる事が出来ていなかった。本当に、すまなかった」

 そう言って、深く頭を下げた。

「……ううん、セイアちゃんに謝ってもらう資格なんてないよ。我儘な私が、自分勝手に振舞っていただけ。それを窘められる立場なのはセイアちゃんやナギちゃんだけだったのに、勝手に苛ついて、危険な目に合わせようなんて考えたんだから。殺したいだなんて思ったことは無いけど、殺しちゃうところだったのも、本当、でしょ?」

 日頃のうっ憤を晴らすために、少し危険な目にあってもらおうとしただけ。彼女の動機は幼稚で危険なものではあったが、殺意がなかったというのは、真実と思われた。

「……そうだとしても、私が悪くないなんてことはあり得ないんだよ、ミカ。それに、私もミカも、余りにも自分勝手すぎた。君が独断で行動していたのと同じように、私は誰にも相談せずに人生を諦めようとしていた。きっかけが無ければ……」

 そこまで言って百合園セイアは私の方を見、

「私は今も絶望の中、寝たきりでいただろう」

 そう言い切った。

 

  暫く沈黙が続いた。百合園セイアは言いたいことを言い切ったようで、静かに待っているようだ。一方の聖園ミカは未だ自責の念が強いようだった。一度上げた顔も、また俯いてしまう。

 以前の、時間遡行前の私であれば、このような状態の生徒を誘導して、自分の思い通りに動かすことに躊躇しなかっただろう。小鳥遊ホシノのことを思い出す。彼女もまた、人を死なせてしまったことという自責の念が変質し、精神的に不安定だった。その時のそれを私は()()()()()だと考えていたはずだが、いつの間にかそのように思えなくなってしまっていた。

「ミカ様……少し、よろしいですか?」

 沈黙を崩したのは、意外にも蒼森ミネだった。聖園ミカが彼女の方を見る。

「私は、ミカ様が何を考えていたのかも、セイア様の考えも分かりません。ですが、救護騎士団の団長として、今この場で最も救護が必要なのは、ミカ様ではないかと思います」

「……そう? こんなんでも、身体は元気だと思うんだよね……」

聖園ミカのその返事は肉体的には問題なかったとしても、元気な人間が発する言葉には思えなかった。

「体のことではなく、心の事です。ですが……今こうして会えて良かったです。ミカ様がこうして謝れていれるのは、ミカ様がまだ……立ち止まれる位置にいたからだと思います。本当に心が壊れてしまったら、救護は非常に難しい物となるのです」

「そう……なのかな?」

「はい。そして、それに対して有効な救護とは……しっかり休息をして、よく考えることです。そして、悲しくなったり、罪悪感に押しつぶされそうになってしまったときは、誰かに吐き出すことです。それは私でも、セイア様でも、先生でも良いでしょう。私から言えることは……それだけです」

蒼森ミネはそう言って、慈しむように小さく微笑んだ。

 

「そうですね、ミカさんには考える時間が必要だというのは同意です。今日は一旦ここまでにしましょうか。ミカさんはこの後どうされますか? この場所であればあと何日間は借りていますし、勿論お帰りいただいても構いません」

「……え? 私、捕まるものだと思ってたけど、自由の身にしていいの? 本当の裏切り者の私を」

 蒼森ミネの言葉も、続く私の言葉も黙って聞いた聖園ミカが驚いてこちらを見る。

「そうですね……それは今更ですし、やはり、一人で考える時間も必要でしょう。それはミカさんに任せます」

「……2人も、それで良いの?」

「うん。ミカの好きにすれば良い。話したくなったら、まだしばらくは私はここにいるからね」

「私は今回はもうセイア様の傍につくというのは決めていますので」

 聖園ミカの質問に、2人も同意を示す。

「そっか……。うん、じゃあ今日は、少し一人にさせてもらおうかな……」

「承知しました。……すみません、一つだけ話しておきたいことがあります」

「なにかな?」

 聖園ミカがここを離れる前に、忠告すべき点を思い出して呼び止める。

「もし、アリウスの生徒たちと話すことがあれば、注意してください。あれには、裏で手を引いている『大人』がいます」

「……初めて聞いた話だけど、うん。ありがとう。気を付けるね」

 そう言って別館を出る聖園ミカを、私たちは見送った。彼女がどう考えるのかは、彼女次第でしかない。

 

 そして彼女とは、その日のうちに、意外な場所で再会することとなった。

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